まだ、死んだわけじゃない
栄の言葉に全身が奮い立つ感覚。守家は大事な任務を言い渡されようとしていた。
「アインスさん、守家くんにあの話まだしてないんでしょ。時間が経てば私の言っていることが分かってくると思うけど、守家くんをここに連れて来たのは紛れもない私。いや、私たちなの。それを守家くんにちゃんと説明して」
栄は本気だった。アインスを越える目力と動じない度胸。隣の守家には持ち合わせていない、ある種の覚悟だった。どこか楽観的に捉えようとして終止符を引き受けた守家とは違い、真にこの世界と向き合っているような栄の態度は守家にも伝わった。しかし、彼女がなぜここまでするのかを守家は理解できない。
たかが二度目の人生なんだ。頑張る必要はあれどそこまでして食って掛かる必要はない。俺はただ、アインスさんに付いて行き、この世界で平和に暮らすために戦争の終止符になろうとしているだけなんだ。どうしてここまで先行きの悪くなるような態度をするんだ。それに、アインスさんが俺に言ってない事、二人だけが知っている事。それを知らなければ。
「悪いかった栄、その話は今行うつもりだった。守家、君には守家にしか出来ない任務を言い渡す」
守家に栄の言葉が引っかかる。そもそも守家の知っている栄ではない。彼女はもっと優しくて、温厚な、何でも話を聞いてくれる存在だった。それなのに今は、
「覚悟はできています」
守家は栄と似たような眼をした。
「そうか、覚悟は出来ているな。守家、お前の任務は、東の大陸『新興勢力』を栄と共に倒すことだ」
栄にさらなる覚悟が積もる。
「新興勢力を倒す、」
「そうだ。いいか、これから話すことはこの戦争を終わらせるために行う別の戦争の解決策だ」
守家の頭の中は混乱した。どうして戦争を終わらせるために戦争を行うのかと。しかしそれは運命というか必然というか、絶対に回避できない決定事項だった。
「栄、お前から預かった耐スーツを調べた結果、確かに西のどの勢力が持つ技術ではない高度な技術で作られていた。収容所に入れたのは悪かったが、他の勢力に悟られないようにするための隠蔽工作のうちの一つだと考えて大目に見てくれ」
栄は守家の手を握る。守家は混乱を鎮めていた。
「大丈夫だよ、守家くん。この任務はきっと成功する。二人で新興勢力を倒そうよ」
「栄、さん?」
この場に一人取り残された守家は繋がれた手を眺める。そして顔を上げ、アインスの方を見た。
「説明をしてください」
守家は怖がっていた。近づいたはずのアインスとの距離が、自分の知らない膨大なことをアインスが知っていると分かったからだ。これを人の裏というのであればそうだろう。守家はまだ、アインスを理解していないし栄にもまだ裏があった。
「そうしよう。ひとまずそこに座ってくれ、お茶でも飲んで気楽にいこう」
三人は客間の長いテーブルに着いた。アインスが話し出す。
「守家、昨日君と初めて会った時君はここを異世界かなんかと勘違いしていたようだった。まあ間違ってはいない、半分正解という感じだ。ここは君がいた世界とは全く別の世界。それを異世界と呼ぶんだろうが、この世界での出来事は君が元いた世界と少しづつ繋がっている。例えば君がなぜここに来たのかも君の世界とこの世界が繋がっていたからに他ならない。君はどうやら前の世界で死んだと思っていたようだが死んでいない。だから栄が教えてくれた異世界転生とは違うんだ」
異世界転生、その言葉を聞いた瞬間に守家に震撼が走った。
「死んで、なかった?」
「そうだ、君は死んでなんかいない。鼓動があるだろ。栄も同じだが君たちは未来からやって来た。未来の地球からこの世界にやって来たのだよ」
守家は昨日経験したことを思い出す。危ない橋渡をしたのは二度目の人生だったから。それが違ったとなれば、驚くしかなかった。ただ、生きていてよかったと感じた。言葉なんか出ない。
「詳細なことは栄から聞いた方が良いだろう。任務である新興勢力を倒すことさえしてくれれば何も言わない。好きな方法でやってくれ」
アインスはそう言うと栄に目配せする。
「そうね、ここからは私が説明するわ。守家くんここからが重要だからよく聞いて」
「はい、」
「守家くんは家で自分のパソコンを使っていたの。それがある日、ウイルスに感染してしまって、一日に数個タスクが課せられてクリアするとパソコンは正常に動き始めるの。タスクの内容は多岐にわたっていて、ネットで商品を購入することから学校の人に話しかけることなど、どうやってそれを確認してるのかは不明だけど比較的簡単で悪質なものは無かった。守家くんからその話を聞いた私は電子系に詳しいおじいさんがいるという友達にウイルスについて話して守家くんと私とその子でおじいさんの家に行くことになった。やっぱり原因は分からなくて、夏休みだったこともあって私たちは何日かおじいさんの家に泊まらせてもらってたの。でもある日、おじいさんの家に強盗たちが来て、未来へ行くだの過去に戻るだのおじいさんに話しかけておじいさんはパソコンを操作して、その強盗に撃たれて死んだの。私たちはどこかに連れられて次に気づいた時には水槽の中で体にたくさんの管が刺さってあって、一瞬にしてこの世界に来たの」
栄は一度も詰まることなく話し終えた。守家には到底理解できない、いや、理解したくない内容だったが以外にも冷静でいられた。
「俺は、その強盗に連れて来られたんだな」
守家の発言に栄は素早く返答する。
「そうよ、今分かってるのは強盗が新興勢力の特殊部隊だということと私たちの世界にはすでにタイムマシンがあるということ。そして、新興勢力を倒さなければ、この世界が新興勢力によって支配されてしまうということ」
「新興勢力は、東?の大陸にあるって」
「そうよ、ここ西の大陸から東の砂漠を越えると大陸があるの、それもここよりはるかに優れた文明の大陸がね。私たちは無知すぎるのよ。何もないと思っていた砂漠の向こうに、私たちと同じ人間がいるの」
「まったくだ」
アインスが話す。
「全く持って何もかも知らないことだらけ。この事実を知ったのも栄が着ていた耐スーツのデータから判明したことだ。西の大陸は、我々は、知らなさすぎる。高度な文明があるとするならば向こうはこちらに気付いているし、何らかの接触があってもおかしくない。現状まだ接触がない段階で我々が向こうを認識できたのは幸いだが、歴史を見る限り、栄えた文明が西の大陸を餌とする日は近いだろうな」
「だからその前に、私たちで新興勢力を倒すの。急がないと手遅れになっちゃう」
いくつ質問してもすべて解決できるとは思えないその情報量の多さに守家は素直に栄の言うことを聞くことにした。命を粗末にするわけじゃない、諦めるわけでもない。ただの高校生だからこそ、何もできないと自分で分かっているから、栄に付いて行くのだ。
まだ、死んだわけじゃない。