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たかが誰がための世界  作者: 二階幸樹
『世界は鏡だ。誰でもに、自らの顔を映し出す。』
6/13

ただ歩き続けるしかないんだよ

 シーハが言う普通の収容所に守衛含めた三人は入った。厳重なゲートを守衛が開けていく。階段で地下に降り、左右にいくつもの部屋がある廊下を進む。203号と書かれた部屋の前で立ち止まる。


 「ここだ」


 シーハは沈んだ声で守衛に鍵を開けさせた。


 鈍い音を出しながら扉が開く。

 

 「守家くん」


 扉の先には守家を呼ぶ声。


 「守家くん、私だよ。栄沙絵(さかえ さ え )だよ。覚えてる?」


 守家の知り合いと必死になって声を出す少女は跪きながら守家の前に崩れ落ちた。


 「栄さん?」


 守家は自分の知っている栄という人物かどうか確認するように目の前で跪いた栄の顔を覗くようにしゃがんだ。


 「そう、私だよ守家くん。ありがとう。本当にありがとう。ちゃんと覚えててくれたんだね」


 彼女の言動が気になる守家だったが、栄がこの収容所にいることや今日任務を言い渡されるという経緯から栄が重要人物であることは疑いようがなかった。


 シーハが守家に問う。


 「守家君、この栄という人物は守家君の知り合いで間違い無いんだね」


 シーハの目は鋭くしかし静かに守家を横目で捕らえていた。


 守家はしゃがんだまま栄の顔を見ながら答えた。


 「間違いないです。この人は、俺と同じ高校に通っている同じクラスの学級委員長の栄沙絵さんです」


 「そうか、じゃあ約束通りここから出してあげないとな」


 守家にとっては知るはずもないその約束も今はどうでもよく、守家の知っていた栄の姿が目の前に無い事が一番の心配事であった。


 「栄さん、どうしてこんなところに」


 栄は守家の顔を見る。無理をした笑顔で守家に答える。


 「全部君が悪いんだからね」


 守家は身に覚えのない罪を告白された。


 「俺、ですか」


 「全くしょうがないな。ここに来ても守家くんは私の手間を取らせるんだから」


 多少意味ありげな栄の言い回しに反応してかシーハは会話を遮るように話し始めた。


 「約束はあと、一つだけだな。すぐに行くから付いて来い」


 「はい」


 栄を追加し来た道を戻る守家たちは車両に乗り込んだ。二列目の右に守家が、中にシーハが、左に栄が座った。


 「では行ってくれ」


 シーハが運転手に指示を出すと勢いよく加速していった。


 程なくして到着したのは守家にとっては既知の建物である。本部と呼ばれる場所だった。


 「ありがとうございます。アインスさんに話をさせてもらえる機会をいただいて」


 栄はシーハにお礼を言うと迷いなく本部に入っていく。


 足取り良く客間に入るとそこには長いテーブルに座る男の姿があった。


 圧倒的な威圧感に守家は思わず一歩後退した。


 広く長方形の部屋の奥に白いひげの、老練と呼ぶに相応しい男が立っていた。背丈は守家とさほど変わらないが守家には大きく感じられた。完全に委縮してしまっていたのだ。

 

 「ここへ」


 と、低音の心臓を響かせる声で守家を呼ぶ。一歩下がっていた守家は歩き出すが、左横から金髪に近い茶髪の長髪が目に入った。


 栄だった。


 彼女は守家の下がった一歩分老練に近かった。見れば守家よりも堂々としている。守家は彼女の長髪を見て初めて、彼女も自分と同じ境遇であることに気が付いた。自信を取り繕い胸を張って守家は大きく一歩を踏み出した。


 老練の目の前まで来て老練は、


 「お前たちか、まだ子供ではないか」


 そう言い放ち、まったく見当違いとばかりに守家と栄を連れて来たシーハを睨んだ。


 老練は続けて言い放つ。


 「たかが子供ごときで戦争を終わらせようとするなど、舐めるなよ。貴様ら後方でお茶しとるお偉いさんとは違ってな、わしらは毎日毎時間命を懸けてオースカンのために戦っとる。その終止符がこんな子供じゃあ、死んでいった者たちに掛ける言葉が無いだろう!」


 心臓を怖がらせる低音の声は力の入った言葉だった。


 ガシャン!


 突然、豪快に扉を開けるとともに血にも似た濃く、上品な赤に光を跳ね返す白銀のラインが入った防具を着た女が現れた。


 一同は動くことを止める。


 「おおアインス様、無事の帰還なにより」


 老練はオクムと言い、先ほどの威圧感が徐々に抜けていく。


 「オクム遅くなってしまった」


 アインスがそう言うのと同時に守家はアインスと目が合った。一瞬、アインスの眉間が厳しくなる。


 「いえいえ構いません。ただいまこの子供二人の器を測っておっただけです」


 「そうか、どうだった二人の器は」


 「非常に肝が据わっております。特にそっちの女の方はわしの威圧感に負けず、むしろこっちが圧倒されておりました。良い人物をお持ちになりましたな」


 老練のオクムはアインスにそう伝えると席を立ち、客間を出た。守家の横を通り過ぎる一瞬、誰にも見えないようなところで守家をグッと睨んだ。


 「アインスさん、約束のものは、ちゃんと返してもらえるんですよね」


 栄はアインスに問う。


 「心配ない、今研究室からこちらに運んできている。すぐに来るだろう」


 焦る栄に対しアインスはなだめるように答えるが栄はそれでも何か焦っていた。


 「栄さん?」


 隣に立つ守家も栄を気に掛ける。


 「大丈夫だよ守家くん。私は大丈夫。それよりアインスさん、大事な話をしましょう。守家くんにまだ言ってないんですよね」


 見透かすような栄にアインスは深く頷いた。


 栄の言動とは対照的に守家は少し怖気づいていた。オクムの言葉が強く頭の中で繰り返されていたからだ。


 「栄さん、何か変だよ。いつもと違う。俺が栄さんと話すときと違う。一旦落ち着こう」


 守家の心配ともとれる声掛けは栄には不要だった。むしろ栄の焦りを煽る結果となってしまった。


 「ただ歩き続けるしかないんだよ」


 栄がそう言うと同時に守家の全身に電流が巡る感覚が起きる。


 守家は少しの間、聞いたことのあるような栄の言葉を必死に思い出そうとするが何一つ思い出せない。それどころか話の内容を理解するのに精一杯だった。

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