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たかが誰がための世界  作者: 二階幸樹
『世界は鏡だ。誰でもに、自らの顔を映し出す。』
4/13

一人天井を見つめ

 両手に手のひらより少し大きい銀食器を抱え、その上には伊勢海老のような躍動感のある料理が乗っている。テーブルに座る守家に左手の皿を置き、もう一皿は守家の正面に置いた。


 豪華な料理に目をやる守家。伊勢海老かロブスターか大きなはさみが特徴的な料理だった。

とても美味しそうな料理であるが、守家は食べようとしない。じっとその料理を見つめるだけである。


 「お料理が冷めてしまいますよ」


 にっこりと守家を見つめる少女はこの別荘の使用人のようだった。アインスが雇っているのだろう。


 「どうされました?毒は入っていませんよ?」


 「で、ですよね。せっかく作っていただいたのに、失礼ですよね」


 そう言いつつも守家は食べようとしない。ナイフもフォークも持とうとはしない。なぜなら目の前の未知の食べ物に躊躇しているからである。伊勢海老のようである、が伊勢海老では無い。もちろんロブスターのようであって、ロブスターであると言う訳でもない。毒、自分では考えもしなかったが異世界で何が起こるか分からない状況で確実に毒を盛られない保証もない。使用人に言われて初めて意識した。


 守家がナイフとフォークに手をかけ、目の前の料理を食べようとしたその瞬間


 ガチャンッ


 銀食器が鳴る。


 「え、」


 「別に構いませんよ」


 使用人はにっこりと守家を見ながら、自身の皿と守家の皿を取り換えた。そしてすぐに自身の皿の料理を口に頬張る。二つとも同じ料理であるためわざわざ取り違えなくても良かったのだが。


 「うふっ、おいしいっ!」


 守家は取り換えられた料理に手を付ける。


 「、お、おいしい」


 思わず口に出てしまうほどのおいしさ、毒を盛られたなんて考えた自分が恥ずかしいと守家は思った。


 「毒は入っていませんよ」


 やはりにっこりと守家のほうを見る。この行動が余計に守家に警戒心を与えることを使用人は気づいていない。


 二人は食事をしながら互いに自己紹介をした。


 「守家様はおいくつなんですか?」


 「高校二年生の17歳です」


 「高校、高等学校のことでしょうか?」


 「ええ、そうですよ」


 「うわぁ!すごーい!では将来はアインス様のような将軍に?」


 なぜそうなるとツッコミたくなった守家はここが自分の知っている世界ではないことを思い出す。


 「ま、まあただの高校生ですが。守家様は?」


 「私は15歳、三年前からここで使用人をさせていただいています。ツヅキです」


 守家よりも背が少しばかり高く細身の彼女が二つも年が若いとは第三者からは推測できないだろう。大人びていて、全体的に緊張感があり、気が締まっている。ただの高校生とは随分と違う。


 「ツヅキさんは学校などには」


 「行っていませんよ。使用人のお仕事できなくなるじゃないですか」


 確かに、学校へ行っている使用人は珍しい。


 「どうです?そのお料理は?」


 見た目は伊勢海老のようだが味は初めて食べる触感だった。


 「はい!とてもおいしいです」


 「それは良かったです」


 こんなおいしい料理に毒を盛るなんて誰が考えるだろう。それくらい守家の食べた料理はおいしかった。ところで、

 

 「この料理、何て言うんですか?」


 「あら、知らないんですか」


 「はい」


 この世界では当たり前に食べているものなのだろうか。守家はわずかに残った目の前の料理を眺める。


 「サソリですよ」


 「はい?」


 「それ、サソリです」


 「はいぃ!?」


 「おいしいんですよねサソリ!肉肉しくて、癖になちゃいます!どうです?まだ調理場に生きのいいのがありますよ?」


 もしかすると守家は毒を盛られたのかもしれない。守家の表情が青ざめる。


 「な、なんか急に気分が悪く、お腹が痛い、」


 「も、守家様?」


 守家の脳内には鋭い針を尾に備える凶暴なサソリが浮かんだ。


 「いや、な、サソリは毒がある生き物なんじゃないですか?食べても、大丈夫なんですか」


 ツヅキはにっこりと笑う。


 「ふふっ、守家様って天然ですね。食用のサソリに毒なんてある訳ないじゃないですか」


 その言葉を聞いて腹痛が良くなり始める。病は気からというのは案外間違っていないのかもしれない。


 質素な別邸は非常に心地が良かった。広すぎない空間に近すぎない使用人ツヅキとの距離。守家は危うく自分がこの世界を変える存在であることを忘れてしまいそうになった。


 「守家様は高等学校で何を専攻されたんですか」


 ツヅキの高校の認識と守家の高校の認識が少し違うのは言うまでもないが、守家はツヅキに合わせることにした。


 「俺の通っていた高校は特定の何かを専門的に勉強するという訳ではなくて、万遍なく少しずつ勉強するようなところでしたので専攻は、まああえて言うなら全部ですかね」


 守家の伝えたいことはツヅキには伝わらない。


 「え、それって」


 「別に普通の事ですよ。俺の高校は全生徒200人くらいでしたが全員俺と同じ感じです」


 守家の発言が余計に話を盛ってしまう。


 「それって、親衛隊士養成高等学校じゃないですか!」


 「シンヨウ隊高学校?」


 初めて聞き、聞き慣れない続きの発した言葉を守家は一度で聞き取れなかった。


 「ふふっ、違いますよ。親衛隊養成大学校です」


 「親衛隊の養成学校、ですか?」


 「まあそんな感じです」


 「俺はそんな大層な名前の高校なんかに通っていませんよ、普通のどこにでもある高校です」


 「そうなんですか。そうか、そうですよね。自分の通う学校の名前くらいさすがに覚えてますもんね。失礼いたしました」


 にっこりと楽しそうに話すツヅキに守家は質問した。


 「そういえば、この別邸はアインスさんのもののようですが、アインスさんはいつもここで寝泊まりしているんですか」


 アインスに明日重要な任務の説明があると言われて気持ちが張っている守家は今夜アインスがここへ来るのかが気になった。


 「そうですね、アインス様はお忙しい方ですからこの別邸へはめったにお越しになりません。もともとこの別邸ももっと広くてそれはそれは、将軍様の別邸に相応しい造りだったんですよ」


 「そうなんですか」


 現状を見る限りその相応しい別邸というものが守家には想像もつかなかった。


 「詳しくは教えられていませんが、アインス様が、戦争中に私だけ贅沢をすることなどできん。とおっしゃってこのような質素な別邸になったらしいです。使用人の私ごときが知る必要もないので正確な情報ではありませんが」


 「アインスさん、この戦争に賭けてるんですね」


 この戦争に勝つためにアインスは戦い、守家はこの世界を選んだ。この戦争の全貌も何も知らぬたかが高校生が、果たして戦争終結、戦争勝利の終止符となるかどうかは守家本人の力量とアインスの統率力にかかっているだろう。


 食事を終えた二人はそれぞれ割り当てられている部屋に入った。守家は怒涛の一日を再び振り返る。焦りか緊張か、守家の精神状態は一人になると格段に不安定になっていく。


 「大丈夫だ、落ち着け、何も間違ってない。第二の人生だ、最悪死んだってなにも失う訳じゃない。どうせ失敗した人生だったんだ、何も残らない半生だったんだ、少し無茶をするくらいが丁度いい。大丈夫、俺にはアインスさんが付いてる。あの人は俺を裏切ったりしない、むしろ俺の方がまだしようがないくらいだ。覚悟を決めたって、そういうのは誰でもどこでもできる。明日、その任務でしっかり信用を貰おう」


 一人天井を見つめ、ベッドに身を預ける。どこか以前を思い出す。守家にとっては終わった世界の天井が脳裏を過る。


 コンッコンッ


 「守家様、お風呂はどうされますか、貴重な水を沸かしたので是非入浴していただきたいのですが」


 ツヅキはドア越しに守家に話しかける。


 「あ、はい!入ります」


 半分驚きのような返事にはなったが守家は風呂に入る。


 「もしも、狙撃などがあれば大変ですので防弾チョッキを着てください。ドアに立てかけておきます。あと分からないことがあれば、これまたベルを鳴らしていただければすぐに向かいますので。ベルもここに置いておきます」


 「え、ええはい」


 不確かな返事にツヅキはドアの向こうでふふっ、と笑う。


 しばらくして、守家は部屋を出る。ドアには防弾チョッキと砂時計のような形のベル、それに風呂場までの手書きの案内図が書かれて置いてあった。


 「これ着て、ねえ、」


 手に取った防弾チョッキは守家の想像と違い思いのほか軽かった。


 「こんなもので銃弾が、」


 心配になる気持ちを抑え、そもそも狙撃されるかもしれないという恐怖が勝ってくる。震えだした手に取った案内図は別邸の規模が規模なだけに無くても良いような気がしたが使用人の務めなのかと思うとありがたく感じた。


 「ここか」


 まさかの露天風呂に驚く守家。


 「普通の風呂場にして防弾チョッキ無くせばいいのに」


 全くその通りであるが、浴槽は外にしかなく文句を言える立場でもない。ぐっと恐怖心を抑え脱衣所で服を脱ぎ、外に出た。


 「寒っ」


 ただただ全身を砂漠の夜風が襲う。昼は熱く感じた気温もいつの間にか極寒に代わっていた。


 夜風が襲う中、体を洗う。わざわざ用意してくれた風呂もこの寒さを知っていれば断っていたかもしれない。そう思うほど守家は寒がっていた。


 浴槽に入り、全身が温まる。余計なものを着ているせいでリラックスできる訳もなく緊張した状態の中、体を温める。


 仕切りがあり、簡単には外から浴槽は見えないがやはり狙撃という言葉が守家に恐怖心を植え付ける。守家の心臓はこの恐怖心かそれとも寒暖差の影響か激しく脈を打つ。


 十分ほど浸かり、気持ちも落ち着いた頃、ふと顔を上げる。何のことは無かった。


 ただ、見慣れた満天の星空が、いや見慣れた以上にきれいな星空が天一杯にあった。

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