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たかが誰がための世界  作者: 二階幸樹
『世界は鏡だ。誰でもに、自らの顔を映し出す。』
3/13

十分と言えるだろうか

 自ら選択したと言えば聞こえは良いが、その真実はそうきれいなものでは無かった。


 「アインスさん、俺、付いて行きます。アインスさんに付いて行って、この戦争を終わらせます」


 そう、言うしかなかったのかもしれない。常識が通用しない世界に放り込まれ、戦争に巻き込まれ、頼るすべも人もいない中、手を差し伸べたアインスに(すが)るほかなかったのかもしれない。守家にどれだけの器量と気力があるのか誰も知らない。守家自身ですら分からない。そんな心配もせずに、戦争を終わらせる終止符になろうとした。


 彼は、すべてをこの世界に置く決断をしたのだった。


 「本当か、本当に守家、君がこの戦争を終わらせてくれるのか」


 アインスは驚く。


 「俺が変えなきゃ、俺が、俺だけがこの戦争を終わらせることができるんです。俺にこの戦争の終止符を打たせてください」


 覚悟はしたのかもしれない。それがどれほどのものか。覚悟も所詮は実体のないものであり、行動を起こすことでしか証明できない不完全なものである。守家はどれほど覚悟したのだろうか、誰もまだ分からない。


 アインスはその覚悟を値踏みするように守家と目を合わせる。


 長い時間、静かに推し量る。それほど、アインスにとってこの世界というのは大切なのかもしれない。


 「覚悟は、したんだな。私が半ば強制的に君を引き込んだのではないかと心配しているが、その覚悟は、本物なんだな」


 「俺はアインスさんしか頼れない。他に行く当てもない。だったらアインスさんのために、アインスさんのいるこの世界のために全力を尽くすしかないでしょう」


 アインスは頬を少し上げ、一度目線を足元に落としてから守家を見つめなおす。


 「ありがとう。これからこの世界のために、共に全力を尽くそうではないか」


 薄暗い地下書庫はアインスの顔をよく映し出さない。守家もまたその表情をさらけ出さずに向かい合っている。


 「こんな閉塞感もストレスだろう、書庫を出て私の部屋に行こう。付いて来てくれ」


 アインスは守家を連れて書庫を出た。階段を上り正面に元いた客間が見える。入口より奥に行ったところの突き当りを右に曲がると長い廊下があった。その廊下の一番奥、「将軍室」と書かれた部屋がアインスの部屋だった。守家はそこに入る。


 「すごい迷路みたいな建物なんですね。客間や書庫の他にこんなに部屋があるなんて思いもしませんでした」


 感心したように守家はアインスに話しかける。アインスは聞いていないのかそれに対する返事はない。


 「ここが私の部屋だ、入ってくれ」


 アインスはドアノブに付いた鍵を開け扉を開ける。先ほどの客間とは段違いのセキュリティで、アインスの重要性というものがよくわかる。


 二人は部屋を入ってすぐの背の高いテーブルに向き合って座った。テーブルには地図が広げられている。


 「これは、この世界の地図ですか」


 守家は見慣れないその地図に目を凝らす。そこには事細かに線が引かれ、地図の上には数字を書いたメモが置いてあった。


 「そうだ、ここが我々のいるオースカンだ。この線までがオースカンの領土ということになる」


 地図の中央を指差しながらアインスは説明を始める。


 「オースカンの西、この細長い壁のようなところがセリングスだ、細かくは認識しなくていい。この戦争とも関係のない勢力だ。そのセリングスの西、大陸の大部分を領土としているこの巨大な勢力が内陸王国だ。内陸王国は長年に渡り我々オースカンに圧政を敷いてきた。もともと緩やかに王国の統治下にあったが、徐々に独立の機運が高まってな、独立戦争の末に自治を手に入れたというわけだ。独立を表明したものの現状は王国に頼っている部分も多くてな、まだ王国には真に牙を向けられない」


 守家が来る前にすでにオースカンで戦争は起こっていた。その上また戦争。守家には驚きしかなかった。


 「その、独立戦争はどんな感じだったんですか」


 聞きづらそうにアインスに聞く。


 「さあ、10年も前のことだ。私は生まれて間もない。記憶にもないな。独立戦争、そうだな、老練のオクムに聞くのが一番かもしれんな、今度会ったときに聞くといい。もっとも独立戦争を経験した者たちは、セリングス大戦と呼んでいるがな」


 アインスは独立戦争の事よりも現在進行形で戦っている今この戦争の方が大事だった。


 「独立戦争はいったん忘れてくれ、それよりもここだ」


 アインスは目の前の地図を指差し、それからしばらくの間戦局について守家に説明した。説明した内容は大まかに二つ。一つは、内陸王国とオースカンの戦力差について。もう一つは、南北の主戦場の優勢と劣勢について。守家は集中してアインスの話に耳を傾け、しっかりと理解した。


 「戦力差は5倍でオースカンが不利。南の主戦場は一進一退の攻防が続き、北の主戦場は圧倒的戦力差で劣勢に立たされている」


 「ああそうだ、正直言って勝てる確率はかなり低いと言える現状だが策はある」


 「策、それが俺というわけですか」


 「ま、まあそう捉えてもらって構わないがあまり張り切りすぎるのも良くない。戦場で大切なのは仲間を思う気持ちと冷静さだぞ」


 世界を変える覚悟は、十分と言えるだろうか。


 「北の主戦場だが、現在600の兵がガルバレット作戦術長の下戦っている。報告によれば劣勢であるものの何とか持ちこたえているようだ。内陸王国は北に兵を集めている可能性が高い、よって時が来次第我々オースカンは南主戦場に残りの全兵力を投入し、一気にセリングスを抜けて内陸王国に入る」


 アインスは終始地図を使用して守家に熱弁を振るった。その言葉は決して冷静さを欠いているわけでも、ダメ元の作戦でもなかった。どんな現状も低い確率もそれ自体が敗北を表しているわけではない。第一に勝利を考え、第一の勝利は自らの手で掴むその意志は、果たして覚悟と言えるだろうか。


 「アインスさん、アインスさんは南主戦場で兵を率いて戦うでしょうが俺は何をすればいいんですか」


 「守家、君には直接戦う以上に重要な任務を行ってもらわなければならない」


 「重要な任務、」


 「明日、その場所に行く。そこで任務を行ってもらう。まだ話せないが明日になればわかる」


 「そう言えば、今日は俺どこに泊まればいいんですか。土地勘全然ないんでホテルとかわかんないです」


 「ああそれなら私の別邸がある。問題ない」


 「べ、別邸」


 守家はアインスが将軍であることを感じる。


 「難しい話を続けてしまった。伝えたいことは伝えたはずだ、もう今日はゆっくり休んでくれ。明日もある」


 アインスは地図を広げているのとは違く小さい机の上の無線機を手に取り迎えを寄こすように言った。数分後、守家は将軍室を後にし来た道を戻る。前には迎えに来た体格の良い男が守家をアインスの別邸まで案内している。


 「この車両に乗ってください」


 エントランスの前に一台の軍用車両が止まっている。窓は小さく暗くて運転手をはっきりと映さない。


 「ありがとうございます」


 そうお礼を言いながら二列目の開けられたドアから乗車する。運転手は女性だった。


 「少し飛ばしますね、気分が悪くなったら早めに言っていただけると助かります」


 守家から見えるのは運転席から斜め後ろの小さな背中と横顔だけだったが、その容姿は非常に幼く、彼女の発した言葉はそれに似合わない声だった。


 「アインス様のお客人と聞いていますので本来ならば丁重にお迎えしなければならないのですが、」


 「い、いえ別に特別に扱う必要はないですよ」


 守家がそう答えるなりすぐに車は発進した。


 「アインス様から無線が届いたのがちょうど夕食を作っている最中でして、鮮度が落ちないうちにお料理したくて、本当に申し訳ありません」


 まっすぐと前だけを見てハンドルを握る少女は徐々にスピードを上げる。小さな窓から外を見る守家は荒廃にも似た活気のない町中を一台の車だけが動いている違和感に眉が下りる。


 それから特に会話もないまま小一時間車は猛スピードで走り続けた。


 「ここでございます。ベルトを外して降車、べ、ベルト、忘れてました。すみません、この車に乗るときは本当はベルトをしていただかないといけないんです。すっかり忘れてました。あんな猛スピードでもし事故にあったら、ああああどうしようどうしよう」


 こうも簡単に狼狽える人を守家は初めて見たかもしれない。守家の心配というより自分が怒られてしまうという焦りの方が強い気がした。


 「大丈夫ですよ。事故は無かったですし次、気を付ければ問題ないです」


 「ありがとうございます」


 少女の目は輝いた。


 「こちらです」


 少女は二列目のドアを開け、守家を別邸に案内する。日干し煉瓦を基調とした別邸は守家の思う別邸とは少し異なり、質素だった。


 「玄関を入って右が守家様のお部屋になります。特に説明することはないですし、私はこの先の台所に立っていますので分からないことはそこで遠慮なく聞いてくださいそれでは」


 「はい、」


 雑と言えば雑な扱いだったが少女には今晩の夕食がある。仕方ないと思いながら部屋に入る。ビジネスホテルの一室ほどの広さ、ベッドと少しのスペースだけのシンプルな部屋だった。


 守家は怒涛の一日を振り返る。疲れからかまともに頭が働かないが今日の一日が異常であったことはよくわかっていた。お腹が鳴る。

 守家は部屋を出て奥の台所へと向かう。部屋を出てから海鮮のようないい匂いがしている。


 「あ、守家様、ちょうどお料理が出来上がりましたので伺おうと思っていたんです。夕食をお食べになりますか」


 断るはずが無い。


 「はい、お願いします」

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