イジワル騎士は婚約者を愛でる〜そしてヴォルテナの物語は進む〜
昨日から予告しておりました受賞記念SS、2作目です!
慌てて用意したのでバタついている感は否めませんが、とにかくいちゃつかせる!をテーマになんとか書き上げました笑
思いが強すぎて、前半部分では多少ランスロットがぶっ壊れております^^;
まあ、そういうところも含めてお楽しみいただければ…!
その日のランスロットは、近年ではついぞ見ない程浮かれていた。
最愛の女性であるレティーシャとの正式な婚約が承認されたときよりも、気持ちが昂っているのかもしれない。
そんなだらけきった顔で登城してきたものだから、もう数年来の付き合いとなるアーサーもエドワードも、まるで幽霊でも見たかのような顔で出迎えることになってしまったのは、致し方ないことだっただろう。
何せ、普段は『鉄面皮の氷騎士』と称されるほど、他人に感情を見せない人間だからだ。
ここまで感情をダダ漏れにしているのは、もはや奇跡に近い。
しかし、その後の反応は性格が色濃く反映される。
薄気味悪そうに目を眇めて距離を置こうとしたエドワードとは対照的に、にんまりと唇を弓形にしてランスロットに問いかけた猛者は、やはりアーサーだった。
「どうした、朝からご機嫌じゃないか。どうやら相当良いことがあったらしい」
「ちょっと殿下…やめてくださいよ、知りませんよ」
いかにも興味津々、という様子で問いかけるアーサーを、エドワードが鬱陶しそうに制止する。
しかしその程度で止まるようなアーサーでは無論なく、書きかけの書類など放り投げて、前のめりで応接用のソファにランスロットを誘導した。
言われるがまま、アーサーの向かいの席にどさりと座り込んだランスロットは、そのまま顔を両手で覆って声にならない呻き声をあげている。
通常であれば不敬だと言われかねない行動ではあるけれど、それを最高権力者の一人であるアーサー自身が許しているのだから、もはや誰に何を咎められる訳もない。
テンションが上がりすぎてしまったのか、その場で悶えながら呻き声を上げるランスロットにお茶を出すよう命じ、そのままにやにやしながら目の前の男を観察するアーサー。
その瞳の奥が全く読めないことから『食わせ物王子』の異名をとる彼だが、ごく近しい者たち、気を許している者たちにはその奥に潜む感情を垣間見せる。
今も、揶揄う気満々の様子を見せてはいるものの、その瞳の奥には、まるで弟の成長を温かく見守るような色が滲んでいることがわかるから、ランスロットも遠慮なくこうした態度をとることができるのだ。
「………、殿下…」
「うん?どうした?」
「………レティが……」
「……レティから、初めて…愛の言葉が……!」
ランスロットがようやく捻り出した一言に、にっこりと笑ったアーサーが傍に置かれていた握り拳ほどの厚みを持つ書物を手に取る。
晴れやかな笑顔のまま、その書物を思いっきりランスロットに振り下ろした。
「………………ぐはっ……!!!!!」
今日も、第二王子執務室は通常運転だ。
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「……まったく…あんまり機嫌が良いから、とうとう一線を越えたのかと思って期待してしまっただろう」
目の前のランスロットに、綺麗に書物の角をぶつけたアーサーが、やれやれとばかりに肩をすくめてみせる。
当の自分はといえば、あまりにあけすけなアーサーの言い様にぎょっと目を見開いた後、顔を真っ赤にして動揺しまくってしまった。
「なっ……!そ、そういうことは、きちんと手順を踏んだしかるべき時に……!」
「ああ、ランスは思いの外ロマンチストなんだな。今更、婚前交渉など珍しくもないだろうに」
「〜〜〜っ、俺はレティのことを大事にしたいんです!レティだって、そんな行為は望んでない!彼女をその辺の頭も股も緩い令嬢どもと一緒にしないでください!」
「そうか?大事な女性こそ、早く自分だけのものにしたいと思うだろう」
「のらくら交わして未だに婚約者の一人もいない殿下に言われたくありません!先日も陛下が嘆いてらっしゃいましたよ!」
「それではレティーシャ嬢に打診をしてみようか。凱旋パーティーのときに初めて見たが、非常に愛らしく堂々としていて、とても好ましかった」
「……すいません殿下、そろそろ殴っていいですか?」
アーサーに完全に揶揄われているのはわかっているが、だからと言ってレティーシャのことを攫おうとする輩は例えアーサーであっても許せない。
こちらが手を出せないことをわかっていながら、のらりくらりとこちらの訴えを躱すアーサーに、そろそろ堪忍袋の緒が切をうになっていると、視界の隅に憂いを含む表情を見せるエドワードが映った。
常日頃、冷静沈着を心がけているエドワードがこんな表情を見せるようになったのは、ここ数日のこと。
もう数年の付き合いになる彼が、こんな表情を数日も続けていることなんて、ランスロットはこれまで見たことがない。
とはいえ、彼の仕事ぶりは特に変わることがなく、何か懸案事項を抱えている風でもなかったから、きっと何か個人的な悩みでもあるのだろうというのは、想像に難くなかった。
とはいえ、真っ向か尋ねたところでエドワードが正直に答えてくれるはずもないから、こうして手をこまねいているしかできないのだが。
……などとランスロットが考えを巡らせていると、そんな様子に気づいたアーサーがふと視線をエドワードに向けた。
「……?エド、どうした?」
「………いえ、なんでもありません。それよりアーサー様、そろそろランスの息の根が止まってしまいますので、その辺で勘弁してやってください」
「仕方なかろう?普段はあんなに無表情なのに、婚約者殿からの刺繍入りハンカチ一つでポンコツになっている方が悪い。いじり倒せと言っているようなものではないか」
「長年の初恋を実らせたのですから、見逃してやってください。それに、私にしてみれば凱旋後の落ち込みよりも、今の方がずっとマシです」
「あれもなあ……くくっ、まさか凱旋後早々に婚約破棄されるとは。つくづく期待を裏切らん男だ。遠征先で、あんなに熱心に花言葉を仕入れては探し回って送りつけておったのに」
巧妙に話題をずらされたことに気づいているだろうに、アーサーは特に気にすることなくゆったりとした態度で応じている。
アーサーにこれ以上深入りするつもりがないというのであれば、ランスロットも何かを無理に聞き出すつもりなどない。
ただ、すっかり相棒のようになってしまった同僚が心安らかであることを祈るばかりだ。
自分がレティーシャと正式に婚約してから、圧倒的に精神が安らいだと感じているから、なおさら。
「……そういえば、エドはまだ婚約しないのか?」
「……ん?ああ悪い、なんだって?」
そんなことを考えていたから、ふと、あの黒髪の女性のことが頭に浮かんだ。
エドワードの学園時代からの同級生で、今もまだ交流があったはずだ。
これだけ警戒心が強いエドワードの懐に唯一入っている、あの活発な印象の女性。
次期宰相とまで噂されているエドワードを、ただの怠け者としておせっかいを焼く、あの賑やかな人のことを、この男が殊更に気に入っていることを知らないものは、この城には存在しない。
「いつもお前のとこに行ってる…名前なんだっけ、アイリス嬢?お前がめちゃくちゃ大事にしてる子」
「っ……、あ、ああ………」
「あの子との婚約、そろそろなんじゃないか?年齢的にも、早く捕まえないと掻っ攫われるぞ」
きっとあの子なら、今の状態のエドワードを上手に励ましてくれるだろう。
そう思って何気なく言った一言だったのに、その言葉に当のエドワードがぴきりと表情を引き攣らせたのを、ランスロットは見逃さなかった。
だからと言って、それを指摘して良いものかどうかわからず言葉をかけあぐねていると、横から静かにアーサーが同調の言葉を連ねる。
「そうそう、大事なものだと気づいてからでは、遅いことだってあるからな。……なあ、エド?」
———殿下は、どこまで知っているのか。
思考の奥まで見透かそうとする、そのグレーの瞳に見つめられて、急激にエドワードの表情が暗くなった気がした。
しかし、絞り出すような返事に、少しだけ意志の力が宿っている。
何がエドワードをそんなに悩ませているのか、ランスロットには全くわからない。
しかしそれでも、きっとこの男ならうまくいくのだろうと、ランスロットは心の中で密かなエールを友に向けた。
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「……ってことがあってさ…全く、殿下も人が悪い……」
その日の夕方。
丸一日アーサーに揶揄われ、ぐったりした状態でハウエル子爵家の屋敷を訪ねたランスロットは、ぽろりとこぼした今朝の出来事によってレティーシャを大きく動揺させることになった。
「……あの、ちょっと待ってランス……え、何?どういうこと?」
「ん?何が」
「何が、じゃないわ!どうして殿下がハンカチのことを全部ご存知なの!?」
「俺が全部言ったから」
「はああああ!?」
「今更だろ、殿下は今回の婚約の経緯も、なんだったら俺が騎士団に入った経緯も、全部ご存知なのに」
何をそんなに慌てているのか、ランスロットには想像もつかない。
しかし、そうやってぷるぷると体を震わせている様はとても可愛い、と思いながら、当然のようにレティーシャの腰を抱きかかえて膝の上に座らせた。
まるで羽のようだ…とまではいかないが、きちんと食べているのかどうか心配なくらい華奢な体は、最近になってようやくここが定位置だというようにもぞもぞと腰を動かし、座りの良い場所に収まって額をランスロットの胸に擦り付ける。
きっと何かの抗議なのだろう、ということはわかるが、そんなことをしたってただただ愛らしいだけだ。
少し赤くなった目元でこちらを睨み上げる様は、まるで子猫のようだとも思う。
「……ばかランス。最低。無神経」
ぽつりと零された恨み言は聞き捨て鳴らなかったけれど、耳まで赤くして抗議する姿を見せられてしまったら、こちらから抗議なんてできるわけがない。
だから、代わりに両腕の中にその身体を閉じ込めて、壊さないように、逃げられないように、注意深く抱きしめた。
「悪い。自慢したかったんだよ、レティのこと」
「自慢になってないし……花言葉の意味も気づかない、教養のない女だって思われたわ、きっと」
「別にいいだろ、気づいてくれたんだから」
「よくない!恥ずかしいじゃない!」
そう言って、腕の中で身を捩ってランスロットに背を向ける。
夕刻だからなのか、ゆるくまとめられた髪は少し崩れかけていて、そこから覗く白いうなじが妙に艶かしく見えた。
吸い寄せられるようにその肌に唇を近づけ、軽く音を立てて吸ってみる。
案の定、想定していなかったであろう刺激に、腕の中の身体がぴくりと小さく跳ねた。
「っ……、ちょ…ランス、やめ……」
「やめない。レティは、そんなに殿下からの評価が気になるのか?」
自分で尋ねておいて、もし首を縦に振られてしまったらどうしようかと、急激に不安に襲われる。
そんな不安を振り払うように何度も何度も首筋へのキスを繰り返していると、そこから逃げるように身を捩りながら、レティーシャが頼りない声を上げた。
「っ、当たり前…でしょ、いつか……ランスのお嫁さんに、なるのに……」
「………え?」
「……ランスの奥さんが、全然教養がない人間だなんて……思われたく、ない」
もう首筋まで真っ赤にした状態のレティーシャから吐き出された言葉に、心臓を鷲掴みされたような気分になる。
彼女は、もうすでに結婚した後のことまで考えてくれているのだと。
レティーシャ自身ではなく、彼女と結婚することになる自分の評価を貶めることになるのではないかと。
そんなの、いくらでもこの手でねじ伏せてやるのに。
「……あの、ランス…?何……え、ひゃあっ!」
恐る恐るこちらを振り向いたその身体をソファーに押し倒し、逃げられないように両足で跨ってのしかかる。
そのまま、無防備に投げ出された彼女の両手を自分のそれで絡めとるように握り込んで、頭の上に縫い付けた。
そして、戸惑う唇に噛み付くように口付ける。
「んっ……ちょ、んぅ……っ、ラン、ス……」
「レティ……本当に、お前は……っ」
どこまで、魅了してくるのか。
もうこれ以上ないくらい、愛しているというのに。
唇を思う様堪能して、そのまま唇を首筋、鎖骨へと、触れるだけのキスを繰り返しながら滑らせていく。
そして、ドレスから見えるぎりぎりのところで、その白い肌に強く吸い付いた。
「〜〜〜〜〜……っ!」
声にならない悲鳴を上げたレティーシャに、名残惜しく唇を離して見上げると、こぼれ落ちそうなほどの涙を溜めてこちらを見つめる瞳と視線が絡まった。
少し荒い息を整えるように浅い呼吸を繰り返しているレティーシャに苦笑いを一つこぼして、その頬にちゅっと音を立ててキスをする。
「……俺の我慢強さに感謝しろよ。結婚したら、もう止まらないから」
「!!」
「覚悟しとけよ、『奥さん』?」
にやり、と余裕があるふりをして笑って見せると、ぽか、と頭を小突かれた。
全く痛みを感じない、抵抗とも呼べないそれを返事代わりに受け取って、レティーシャの背に手のひらを添えて座り直させてやる。
「……それにしても、心配ね」
「心配?」
「さっき、ランスが言ってたでしょ?エドワード様がお気に入りっていう……アイリス様。うちの学園で、院生をしてらっしゃるの。先日学園でお見かけしたのだけれど…アイリス様も、元気がない様子だったわ」
頬に手を当て、憂いを帯びた瞳で床を見つめるレティーシャの言葉に、ランスロットも少し考え込む。
今日のあの様子からしても、きっと、エドワードの憂いの原因はアイリスにあるのだろう。
しかし、それであればなおさら、自分たちがどうこうできる問題ではない。
「……大丈夫だろ、エドは」
「どうして、そう言い切れるの?」
「あいつはああ見えて、根っこの部分は俺とよく似てる。大切なものを逃すことなんて、絶対にしないさ」
そう、きっと。
本当に大切なものを見失ったり、手放したりすることなんて絶対にない。
それが、自分を自分たらしめてくれる存在なのであれば、なおさらだ。
目の前の愛しい存在をぎゅっと抱きしめながら、ランスロットは心の奥で、友の幸せを祈った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ここまでで一旦、レティーシャ&ランスロット編は終了という形になります。
とは言え、別のカップルたちを描く際にもちょこちょこ出てきますし、できれば彼らが結婚するところも描きたいし…とか色々野望はあるので、これでさようならというわけではもちろんありません。
あと、初めて短編書いたから全然知らなかったんだけど…
あれだね、後からこういうの付け足すのって、短編だとできないんだね…
次からは長編設定で書こうって決心しました。とっちらかっててすいません。
次回からは、このお話で出てきていたエドワードくんとアリシアちゃんのお話になります。
時期的には、このお話からちょっとだけ遡る感じですね。
次回の二人も、楽しみにしておいてください!
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