07. 巫女少女と酩酊
ここはボロ宿屋の一室。
気まずい。
熱い。鼓動がうるさい。
部屋は限りなく狭く、そしてベッドが1つしかなかった。
ミオは警戒したのか、ベッドに座って腕と脚をダブルで組んでいる。
「ふーん…リュックくん……
ちょっと距離感近すぎる…かな」
そう。
間違えて一人用の部屋を借りてしまった。
■
ハーゼルゾネット城下町。
ここは大勢の商売人で賑わう街。
石造りの家が立ち並び、奥には城が見える。
建築物の1階部分は、露店を商うスペースとなっており、その様子がずらっと連なっている。
ハーゼルゾネット城下町は清らかな大河と気候に恵まれ、安定した農業や酪農が発展した歴史を持つ。
そのため人口は爆発的に増加し、金持ちが商売の場として目をつけたのだろう。
俺が【獅子なる眼光】に属していたとき、この町が拠点だった。
数日間の帰路を乗り越え宿をとったはいいものの、部屋選びを間違えた。
【獅子なる眼光】を避けるために慣れない区域で宿を取ったのが運の尽き、こういうところをミスするとは男として情けない。
そもそも俺たちは街へ帰るまでの協力関係。同じ宿を取る必要はまるでなかった。
俺は頭が回らなかったことを全て疲れのせいにする他なかった。
新しい宿を取るにしても、もう夜だ。受け付けてくれる宿は限りなく少ない。
なんとか解決法を編み出さなければならない。
「んー…
んーーー………」
ミオは何かしらの考えがあるようだ。
しかし言い出せないらしい。
「聞かせてくれ、ミオ」
「……」
「お酒を飲めば妙案を思いつくかもしれない」
ミオは問題を後回しにするタイプらしい。
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たどり着いたのは町外れの酒飲み場。というより落ち着いた雰囲気のバーだった。
カウンターの奥には酒樽ではなく、グラスが並んでいる。
テーブル席は極端に少なく、基本的にカウンター席で構成されている。
人はまばらに入っている。決して騒がしくはない。
5人旅をしていたときは大衆居酒屋にばかり行っていたので、こういった落ち着いた店は新鮮だった。
俺たちはカウンター席に腰をかけ、ミオは慣れた手付きで注文する。
「前も来たことあるの?」
「好きなのここ、雰囲気良くて
それにここは密かに東洋人向けのメニューも出してるの
一人旅の私にとってはここは憩いの場……
私を癒やしてくれる唯一の場所……」
「え?ミオってずっと一人旅なの?」
生産スキルしか持たない少女が一人旅なんておかしい。
そういえば俺はミオのことを何も知らない。
ミオは自分のことは話したがらないけど、こういったムード場では口が軽くなるかもしれない。このタイミングで色々聞いておくべきだろう。
「一人旅とは言っても海を渡ってきたわけじゃないよ。私は二世
実家はマクレーン王国。同じ大陸。とは言っても遠い東の田舎のほうだけどね」
マスターが飲み物をそっと置いてくれた。
箱型になっている木製の容器に大人向けのジュースが注がれている。
どうやらこの容器は「マス」と言うらしい。
面白い容器だ。これも東洋の文化なのだろうか。
それにしても隠れた名店を知っているミオに少し魅力を感じてしまう。
――刹那。
奥の部屋から甘い匂いが漂ってくる。
なんと!巨大な三色団子が運ばれてきたのだ。
ミオの視線はおだんごにロックオンされており、完全に釘付けにされている。
全ての雰囲気をぶち壊すおだんごに俺は少し引いた。
きっとミオはおだんごを食べたくてこの店を見つけ出したのだろう。
「雰囲気が最高だからついつい来たくなるのよね、このお店」
ウソつけ!
ミオがクールなのは見た目と口調だけだ。
本来の性格は明るい。だが訳があって人との関わりを減らしている節がある。
スキルについて周りにとやかく言われた過去があるからだろうか。
「リュックくんなら言ってもいいかも……私が一人旅をしている理由」
すごく興味がある話題だった。
一人の少女がなぜ国を渡り、なぜダンジョンに挑んだのか。
「実は私のお父さんのスキルも【御守り作り】なの」
親と同じスキルというのは、しばしば見られることだ。
「お父さんはね、お母さんと駆け落ちしてこの大陸まで逃げてきた
でも、この大陸ではスキルの強さが人生を大きく左右させる
お父さんはスキルが弱かったから迫害された」
「移民は帰れ」と家に張り紙を貼られたり、
動物の死骸を置かれたり、
家の倉庫に火をつけられたこともあるらしい。
とにかく陰湿かつ凄惨な目にあったようだ。
「大陸の東の方では特に【スキル至上主義】の思想が強まっていたから」
――【スキル至上主義】。
この世は生まれ持ったときのスキルが全て。
そしてスキルは遺伝する可能性があるため、
弱いスキルを持つ者は子孫を残すべきではないという考え方。
俺の最も嫌いな考え方だ。
「だから私が6歳になった日…お父さんは絶望した」
「スキル鑑定の儀式……だね」
この大陸には全市民が6歳になる時期にスキルを鑑定しなければいけないという義務がある。
ミオはだんごを頬張る。顔はこちらに向けない。
「娘が俺と同じハズレスキル……って思ったんでしょうね
お母さんも迫害で擦り切れていた、その事実を聞いて、糸が切れたように身体を壊したの
その日、お父さんは一晩中私に謝ったわ……ごめんよごめんよって」
ミオは「マス」の中身を一気に体内に流し込んだ。
「……でも謝られた私はどうしたら良かったの? 私はお父さんを恨んでなんかない。何を許せばよかったの? それを許せばお父さんは救われたの? 一体、お父さんの何が悪かったの?」
「……」
沈黙が流れる。気のきく返事が思いつかなかった。
ミオは巨大なおだんごを平らげていた。
平らげるのかよ!!
「……私のやるせない気持ちの矛先はこの腐った風潮に向いたの
認めさせてやる、お父さんをバカにした皆を【御守り作り】はすごいスキルなんだって……」
そこからはミオの長い旅路の話だった。
14歳のときに御守りを売るために旅を始めた。
迫害を受けつつも、露店許可書をなんとか獲得し、御守りを売り続けた。
全然売れなかったが、ゼロではなかった。初心者の冒険者が買いに来てくれたのだ。
初心者の支えになればと頑張っていたが、ある日、心がポッキリと折れた。
御守りを買ってくれた冒険者の訃報を耳にしたのだ。
最後の心の支えは、強欲者の大包みの噂のみだった。
御守りは1人1枚までしか持てない。
しかしSランクのバッグならば、そのルールを打ち破ってくれるのではないかという、根拠のない一抹の希望。
そんな不確定なものに頼るしかなかった。
「ごめん。目の前でバッグ取られて」
「謝らないで、悪くないのに謝られるの嫌いだから」
「……だってダンジョンに潜るのって大変だ、無駄足なだけでも出費すごいし」
ミオは身体をこちらに向け、膝をぴちっと揃える。目もしっかり合う。
怒られるかと構えたが、予想は大きく外れる。
「ううん……無駄足じゃなかった
リュックくんに出会えたから全然無駄足じゃなかった……
本当に……出会えて良かった」
飲み物の力を借りたミオは大胆な発言を可能にしていた。
ミオは照れ隠しで飲む。もう一杯飲む。
「あ…ありがとう、ミオ」
俺の方はとにかく本気で照れてしまった。なんて返せばいいかわからない。
女の子からそんな嬉しい言葉、初めてもらったから。
ん?
ひっく。
ミオはしゃっくりをし始めていた。
顔は真っ赤。際どい巫女衣装も少しはだけ始めていた。
「マスター、もう一杯…!」
「ミオ、そろそろマズいんじゃないか!?」
「やだ!リュっクくんも酔うまでかえらない~~」
急に駄々っ子になってしまった!
「ダメだミオ!君はもう限界なんだ!」
「んー…たしかに酔ってきたかも……?」
「そうだよ!水を飲んで帰ろう!」
「んー…んーー……」
ミオは頭をフラフラと揺らしたと思えば、急に姿勢を正した。
そして両手をこちらに見せ、胸の前でフルフルと横に振り出した。
「えへへ、うそでーす♡ 酔ってません♡ ヒック」
ダメだわこいつ。
危険を察知した俺は会計を済ましてミオをおぶって店を出た。
体温が熱くなっていたからか背中にミオの胸の感触がありえないほど伝わってきた。
「えへへー…背中おっきい、特等席だー……♡」
ミオが耳元で囁いてくる。
かわいい。
うわ。うわ。うわー……。
俺は興奮を抑えながら自分に言い聞かせた。
お前は【荷物持ち】だ。
持ち物を傷つけるようなことはあってはならない。
と。
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