28. 決着、3人の女騎士編終了
闘技場は熱狂していた。
零騎士と囃し立てられた俺と、ファルマン家次女の女騎士クロエの戦いは、皆が想像していた以上の盛り上がりを見せていたからだ。
空中には俺とクロエが舞っている。そして俺はバッグを脱ぎ去った。
「な……」
今、俺は荷物持ちであることを放棄した。今の載積量は0だ。そして御守りも持っていない。
それに伴って、【亀の祝福】も発動しない。
そして、クロエの【敏感】もその恩恵を受けることはない。
つまり今、俺とクロエはスキルに全く依存しない強さになった。
もちろんそうとなれば俺に勝ち目などない。
だけどこれでいい。
「くそ!」
調子の狂ったクロエは剣先が狂い、攻撃がハズレた。
俺たちは体制を整えながら落下をする。
着地をすると俺はクロエに距離を近づけられる前にバッグからとっさに一枚の御守りを取り出した。
――【俊敏祈願】
これは俺が求めていたものだった。唯一の勝ち目。
俺はたった一つの御守りを持って、クロエ。君と戦う。
「……お互い弱くなってしまったな…観客の熱気も下がるというものだろう」
「だが…これで終わりだ!!」
クロエは俺に飛びかかるように、刺突を食らわせてきた。
シュン!
俺が眼目に刃が迫る。避けなければ!
「させるか!リュック=ストレイジ!」
経験の差からして俺が剣術でクロエに勝つことはない。
だけど
俺の目は少しづつ慣れていた。
なんと。
成功したのだ。
クロエの刺突を避けることに。
「な……御守り一つで…我の攻撃を避けただと…!?」
厳密に言うと避けた…わけではない。
俺の上着には大穴が空いていた。間一髪だった。
「はぁ…はぁ…目だけは慣れたみたいだ…持ってる御守りもミオ特製の【俊敏祈願】だしな……」
でもそれだけじゃない。
「俺はキューンに稽古をしてもらった、君と同じファルマン流を修練している【十選騎士】とも戦った、そしてアリシアには強さというものを垣間見させてくれたし、恐怖に立ち向かう勇気をもらった」
俺は短いながらもこのファルマン領で大切なことを学んだ。
格上の一筋を避けられても…バチは当たらないのだろう。
「フン…素人に避けられては……他の騎士に示しがつかないな……」
「大丈夫。示しはついてるよ」
そのとき。
ワァアと歓声が上がった。
クロエは驚いた様子で周りを見渡した。
「どうして!?……私達はさきほどに比べ弱くなっているはず…なぜこのような歓声が…!?」
「見たか!?今の太刀筋の速さ!」
「さっきまでは全然意味わかんなかったけど、今のはスキルとか使ってねえんだろ?」
「俺らもファルマン流を研鑽したらあの速さになんのかな!?」
「あれを避ける零騎士もさすがだよな」
観衆は口々にクロエを褒め称える。
「ど…どうしてだ? わけがわからないぞ!」
クロエは俺に問いただす。
「アリシア、キューン、【十選騎士】、それぞれと戦って思ったことがあるんだ…」
「なんだ…!?」
「クロエ、君の太刀筋が一番綺麗で、そして速い」
騎士歴は二週間だけど、それくらいは俺にだってわかる。
「確かに君にはアリシアという偉大すぎる姉がいて、影に隠れてしまったかもしれない、そしてスキル【敏感】のせいで、周りに注目されなかったかもしれない、でもそれは、たまたま注目される機会がなかっただけだ、注目されたら……君もちゃんと憧れの的になるだけの強さを最初から持っていたんだ」
才能もなく、努力をするための身体も用意されなかった彼女は、きっと教科書を読み更けたり、人の動きをよく見て、立派な騎士になろうとしたのだろう。
一日に振れる剣の数は他の人より遥かに少ない。
だからこそ一筋一筋の軌跡がとても綺麗なのだろう。
「クロエ……」
「君は強い、俺で良ければ保証する」
これは誰かの言葉の引用だった。
誰の言葉かは忘れてしまったが、俺自身が言われて嬉しかったのを覚えている。
その言葉を聞いたクロエは下を向いて、顔を決して見せなかった。
「これを伝えたくて…?素の我の能力を皆に見て欲しくて貴様はバッグを降ろしたのか!?」
これはとっさに思いついたアイデアだった。俺はこの短い戦いの中でクロエはスキルに頼らずとも強いと気付いた。
それを多くの人に知って欲しい。
勝敗がよりもそんな気持ちが勝ってしまっていたのだ。
「な……なぜだ……なぜ我に対して…ここまで!貴様にここまでされる筋合いはないぞ……」
クロエの声はしゃがれていた。
「……君が病に冒されて俺が駆けつけたとき…助けてって聞こえたんだ」
「言ってないぞ、そんなこと」
「そう聞こえたんだ」
クロエは俺に背中を向けて、闘技場から出ていこうとしていた。
「…ふ、お人良しめ。ここまでされちゃ我の負けだ……」
観客はどよめく。
違う。クロエ。
俺は勝ちが欲しいんじゃないんだ。
どの実力でもクロエは必ず俺に勝つんだ。なのに勝ちを譲られても嬉しくない。
俺は賭けに出ることにした。
「ぐは!!」
俺は後ろに倒れ込んだ。
「…はぁ!?」
クロエはこちらを振り向いて、仰向きに倒れる俺を見た。
俺とクロエはヘルム越しに目があった。俺はニヤっと笑って見せた。
残念だけど、今日君には英雄になってもらう。
ワァアア
「「勝者!!クロエ・フォン・ファルマン!!」」
「なんだ!?もしかしてクロエの剣が当たっていたのか!?」
「すげぇ…避けてたと思ったけど、高レベルすぎて最後視えなかったぜ!」
「あの零騎士を倒した!?もしかしてクロエがこの領で一番強いんじゃねーの!?」
観衆は各々で感想を言い合っている。しかしそれのほとんどはクロエへの賛美だった。
クロエはこちらをずっと目を潤わして眺めている。
「リュック=ストレイジ……貴様。どれだけ我に恩を売れば気が済むんだ!!き…気に食わない男だ!本当に腹が立つ!」
クロエは涙を流すのを必死で我慢しているように見えた。
こうして俺らの闘いに決着がついた。
■
決闘後、俺はボロボロの客間に招かれた。
ユニコーンの角を持ち帰ったため、損害賠償を免除されたが、限りなく気まずい。今日にでもこの領地を出よう。
「リュックくん、わざと負けたでしょ」
「いいんだよ、俺達の夢はミオの強さを証明すること、それならバッグを背負ってない俺が勝っても意味合いは薄いんだ、そもそもわざと負けたのはクロエじゃないか、そのまま戦っていれば勝てたのにさ」
ミオは勝って欲しかったけどと言わんばかりの顔だった。
それにクロエに勝ってしまえば、アリシアと結婚することになってしまう。
それを伝えるとミオは負けてよかったね、と少し笑顔になった。
「…でも……優しいねリュックくん」
「勝ちを譲ったこと?」
「ううん、それもそうだけど、リュックくんはいつも目の前にいる相手の可能性を探ろうとしている、今回もクロエちゃんを救ってみせた、私も救われた、そういうところ、かっこいいと思う」
ミオはいつも照れくさそうに言うが、素直に俺を褒めてくれる。俺はミオのそういうところが好きだ。
しかしこの戦いを見てアリシアはどう感じたのだろう。
その瞬間
バァン!!
立て掛けてあったドアは右ストレートで粉砕された!
「!?」
アリシアはズシズシとこちらに歩み寄ってくる。キューンも付いてきていた。
「……旦那様……かっこよかった」
その感想なら、ドアを破壊しないでくれる!?
「リュック様、アリシア様と結婚を避けてわざと負けたのではありませんか?」
キューンは俺に問いただしたが、アリシアが弁解を入れてくれた。
「…………あの決闘はどう転ぼうがクロエの勝ち……わざと負けようとしたのクロエ……強いて言うなら……旦那様……戦う前に……手抜いてた」
仲間になって【亀の祝福】の恩恵をクロエに付与してた時点で手を抜いていたのだろうという指摘だった。
さすがアリシア。戦いというものに対してドライで的確だ。
アリシアは結婚の約束がなしになってしまって、がっくりと肩を落としてしまった。
「…………」
アリシアは武人だから、決闘の結果に口は出さない。こういう姿を見ると、クロエに協力しすぎたことに罪悪感を覚えてしまう。
しかしアリシアは顔をあげる。
「……クロエを………励まして……ありがとう」
アリシアはほほえんでいた。
まさか感謝の言葉を言われるとは。
戦闘以外でこれほどの笑顔を俺は初めて見た。妹想いの姉でもあるのだろう。
「私じゃ…………どうしようもできなかった………十年間以上、でも……旦那様は………二週間で、旦那様…………最強!…………また殺し合いしたい!」
アリシアはハルバートをかまえる。
あれ!?もしかして今のも戦闘での笑顔か!?
キューンは腕づくで止めようとしていたが、もちろんビクともしなかった。
ところで、俺と彼女らの関係は今後どうなっていくのだろうか。
俺はこの二人との別れを惜しんでいた。
「ねぇ、アリシア、キューン、もし良ければなんだけどさ」
「俺と一緒に旅しないか?」
俺の発言は皆にとって衝撃発言らしく、驚いている。
「実は、俺とミオは御守りを最強だと証明するために旅をしているんだ、でも前衛役職じゃないから、パーティ申請できなくて、これからパーティとして色んなクエストを受けたいから、騎士の称号を持ってる二人に是非同行して欲しいんだ」
俺は二人の目を見て話す。
「でもそれ以上にに惑わせの森で、二人はとても頼もしかった、是非一緒に来てほしいんだ」
そういえば二人は冒険者ギルドで出会った。つまり、彼女たちも何かしらのパーティに属しているということだ。
それでも俺はこの二人と共に戦いたいと思った。
ミオの意見も聞かずに申し訳ない、でもチャンスは今しかない。
「……旦那様……ずっと一緒!そしてもっと……強くなる……?」
「申し訳ございません、私はファルマン家に仕える身、旅に出るなど身分不相応でございます」
アリシアは好意的であったが、キューンには断られた。
「じゃあ…アリシア、共に来てくれるか?」
「旅って何時から……何時まで……?」
「…………」
何か話が噛み合わない。
「朝から日が沈むまで……私…訓練しないと……ここ設備いい………出たくない」
「え、旅って何日も何十日も続いてしまうのだけど…」
「……え……………」
アリシアは青ざめている。どうしても毎日のファルマン家での訓練を欠かしたくないようだ。
「旦那様といたい………でも訓練もしたい………」
「…………そうだ!」
アリシアは何かを思いついたようで、右手を皿に、左手をグーにしてポンっと叩いた。
パチィィン!
いやいやいや。そんな音は絶対に鳴らない。
■
1時間後、俺とミオは旅の支度を済ませて、門に向かった。
そこで待っていたのは
キューンだった。
「とほほ…それでは共に行きましょうか、ミオ様、リュック様」
キューンの目は死んでいた。アリシアに振り回されたときのキューンだ。
なんと俺たちはキューンと旅に出ることになった。
そう。キューンが俺達と同行すれば、いつでもどこでもキューンのユニークスキルでアリシアを呼び出せるのだ。
「便利アイテムじゃないんですから……じゃあスキル使いますよ」
<<発動成功...世の理を一時的に変更します...
【En:Portals】>>
キューンのポータルは開き、キューンとミオが入っていく。
どうやら俺らがこの前までいた、ハーゼルゾネット城下町につながっているようだ。
「じゃあ残りは俺だけだな……ん?」
後ろから足音がした。
コンコンコン。
白いサイドテールがなびいている。近づいたのはクロエだった。
「随分心もとないパーティだな、この先、貴様達は生きていけるのだろうか」
「クロエ!嫌味を言いに来たのか!?」
「心配しただけだ、貴様達だけではこれからの旅、荷が重いだろうとな」
…………
まさかこいつ。
「もしかしてクロエ……俺たちと旅がしたいんじゃ」
クロエは慌てて手をわたわたさせていた。
「おっおっおっ、愚か者!そんなわけないだろう!我はこれからはファルマン騎士の模範として、この領に残り続けなければならぬ、貴様になぜ旅に誘ってくれないのかなど微塵にも考えてないのだからな!」
何だこの畳み掛ける早口は!
「じゃあ何しに来たんだよ、腰にそんなに剣構えて、荷物もなんか多いし、旅の準備じゃないのか」
「こ…これは…これはだな!!そうだ!」
そうだ!って言っちゃてるじゃん。思いつきじゃないか!
クロエは腰の剣を抜いて、その刃をこちらに差し向けた。
「リュック=ストレイジ……我々の【十選騎士】を打ち破ったのならば、せめてマシな剣を持て、これは私が愛用している、ファルシオンだ」
その長剣の刃の根本にはファルマン家の紋章が刻まれている。
「高貴な騎士しか使うことは許されない、これを貴様にくれてやる」
矛先は俺から離れない。照れ隠しによる殺意がすごすぎる。
でも嬉しかった。
俺がクロエから欲しかったのは勝利ではなく、こういう繋がりだったのかもしれない。
「リュック=ストレイジ……その剣にふさわしい騎士に近づいてみせろ」
「ありがとう、また一緒に戦おう」
俺はクロエに笑顔を見せて、ポータルに入っていった。
・
・
・
「ど…どうしてリュック=ストレイジは我に旅の誘いをしないんだ…!!ま…まぁ付いていくかどうかは全くの別問題だが……で……でも我にしては…すごく頑張った…!うん…うん…!!!まだ…同行とか…早すぎるよな……少しづつアプローチして……!」
クロエは両手をガッツポーズしている。
その右手には一枚の御守りが握られていた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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