24. クロエの本音
【Another view:クロエ・フォン・ファルマン】
ここはファルマン家の特別訓練場。ぽつんと立つ木製のカカシは剣の痕でボロボロだ。
「はぁ…はぁ…まだだ!」
カカシに切れ目が入る。
もう何回剣を振ったかわからない。
ファルマン家の環境は最強だ。順当に育てば凡人でも強く育つ。
しかしこの環境を天才に与えてしまった方がより強く育つ。
「まだだ…!!まだだ!!」
なぜ我の周りにはこんなにも天才がいるのだ。
スキルに恵まれなくとも身体と武の才能に恵まれた姉上アリシア…と
身体に恵まれなくとも、世にも珍しいスキルを抱えて生きるキューン。
……そして
スキルに恵まれなくとも、出会いに恵まれた、あのリュックという男…!
勝つ。勝つ。勝つ!!
クロエ・フォン・ファルマンはこの誇りだけで勝つのだ!!
我は身体が動かなくなるまで剣を振った。
ん…
そのとき、屋敷外から1匹のコウモリの魔物が現れたのを確認した。
すると、その魔物は我に襲いかかったのだ。
■
【Main view:リュック・ストレイジ】
ファルマン領の闘技場の熱気は最高潮に達していた。
【十選騎士】序列第1位と謎の男【零騎士】がぶつかり合うからだ。
普段のキューンからは想像もできない、顔は闘志で溢れている。キューンは盾に大盾を構えて、こちらを覗き込んでいた。
「決闘の感覚は身につきましたでしょうか」
「ああ、身体が温まってきたところだ」
「頑張って、リュックくん」
ミオが会場にいることを確認すると、グーの手をミオに突き出した!
試合の火蓋は切られた。
キューンは早速"童謡"を口ずさむ。
来ると思った!
俺はキューンのユニークスキルを止めるべく、突進する!
「うおおおおお!」
キィィィィン
剣と剣から火花が散る。
キューンは剣で俺の剣の勢いを別の方向に流す。
「まずい!」
太刀筋を別方向に逸らされた俺は、一瞬キューンに背中を見せてしまった。彼女は既に剣を振りかぶっていた。
やらせるか!!
俺はとっさに前転をしてキューンの太刀筋を避ける。
「良い判断です…! 今普通に避けてたらバッグが破けてましたね」
「キューン……こんなに強かったのか!」
会場は一進一退の攻防に湧く。
「すごい…リュックくん…私が見てもでも戦闘の駆け引きが上手くなってる」
「随分良くなりました、しかし……私のユニークスキルは発動しました!」
タイムリミットです。
<<発動成功...世の理を一時的に変更します...
【En:Portals】>>
闘技場には菱形の緑色の空間が10個ほど現れた。
警戒はしていたが…
「じゅ…十個!?処理できるのか!?この数を」
「距離が近ければ近いほど、発動の負担は減るようです」
キューンは剣を空間に向かって振るうと、その剣先は俺の真横の空間から出てきた!
「そっちか!」
俺は逆方向にステップを踏むと、
その瞬間
俺はキューンの真隣に移動していた。
「え……」
「空間に巻き込まれてしまったようですね!」
キューンは待ち受けていたかのように剣先をこちらへ向けていた。
「くっ!!」
――【防御祈願】
ガシッ
俺はキューンの剣を白刃取りして、止める!
しかし止めきれない!
俺は手を出血しながらも、太刀筋を反らした。
「ぐはぁ……はぁ、はぁはぁ」
「やりますねリュック様!」
キューンは今まで戦った【十選騎士】の中で最も強い。
それは彼女のスキルが凶悪だからというものは承知だが、この多すぎる情報量を扱いきれる、戦闘の基礎力を感じ取った。
だったらその情報量を遮断してしまえばいい。
俺はキューンから距離を取ると
持っていたブロードソードをビスケットのように砕いた!
「なんだアイツ、勝負を諦めるのか!?」
「相手が相手だ…仕方ねえよ」
違う
「諦めたわけじゃない!」
俺はその破片を全力でキューンの出した空間に向かって投げ続けた。
「な…」
破片は思い思いの方向へ向かっていく。
すると、ポータルを通った破片が、あらゆる角度から高速で飛んでいく。
その速度で破片に当たるとひとたまりもない!
「くっ!」
キューンは盾を構えたが、それが命取りだった。
――視界が封じられる。
そのとき……
――【俊敏祈願】
俺は既に後ろに回り込んでいた。
そして俺は折れた剣をキューンの背中にちょこんと触れさせていた。
「はぁはぁ……」
静寂がしばらく流れると。
キューンは一息ついて、雨の降り始めたようにゆっくりと拍手を始めた。
「……おみごとです、一介のメイドの私ごときから教えることなどもうありません。」
ワァアアアアアア
「【十選騎士】を完全攻略しやがったぁ!」
「剣の腕はまだ未熟…なのになんだあの伸びしろは」
「すげぇ…俺も零騎士さんの弟子入りしようかな…!?」
パフォーマンスが過ぎてしまっただろうか。とにかく戦闘の感触は掴んだ…後はクロエがどう来るかだ…。
「すごい…!さすがリュックくん!キューンちゃんも倒した…!」
ミオは俺の手を握って称賛してくれた。手は汗まみれ……ミオも手に汗を握っていた様子だった。
・
・
・
俺とミオとキューンはお互いを称え合いながら自室に戻ろうとすると、アリシアがやってきた。
アリシアは珍しくとても焦っている。
「あ…皆…皆…」
アリシアはキューンの肩を揺さぶっている。
「どどどどうしたんですか?アリシア様」
「ク…クロエ……病気……重たい……!」
クロエが病気に罹ってしまったようだった。
・
・
・
アリシアは俺らを連れて、クロエの部屋に訪れた。
部屋には領主と医者。そしてベッドで苦しむクロエの姿があった。
高熱で唸っていてる…。
「ぐぐぐ……お…お姉様…なぜこの男を連れてきたのです!」
「決闘相手…見ると…アドレナリン湧く……」
発想が戦闘狂すぎるだろ!!
「我とお姉さまは……心の仕組みが違うのです……!」
医者は告げた。
「これはオオドクコウモリによる毒です。本来は弱毒性のハズですが、クロエ様のスキルだからでしょうな…ステージが大幅に進行しておる。治癒魔法だけじゃどうにもならないかもしれぬ、治せるのは…万病を治すと言われるユニコーンの角くらいだろう、しかし取りに行くまでに命が持つか…」
「先生……!我のスキルに関しては口外するなと!ゲホゲホ」
「対戦相手に…不義理……ちゃんと事情を……」
アリシアは決闘に対してかなりストイックな意見を持っていた。苦しんでいる妹にそんなことが言えるのだろうか……。
「く…くぅ……よく聞け……リュック・ストレイジ、我のスキルは【敏感】だ、姉上とは真逆の…悲しいスキルだ……」
【敏感】?…どんなスキルか全く想像ができなかった。
「どんなスキルもどんな魔法も大きな効果を得てしまうスキルだ……一見便利そうだろう?しかしな、このスキルには多くの弱点がある……」
相手の攻撃魔法はより多くのダメージが入る。
状態異常や病気にも罹りやすい。
身体を動かすことでも病気に罹りやすくなる。
だからその弱さを努力で埋めることすら許されない。
「だから我は……このファルマン家の外の世界を見たことがない……こんなスキルでは……騎士としての役目を……全うできないからだ……」
彼女の言う外の世界というものは、敷地の外に出ることではないのだろう。
人に仕えたり。クエストを受けたり。あらゆる騎士としての活動を許してもらえないということだろう。
俺は彼女の悲痛な本音に感情を動かされた。
「クロエよ……強い子にしてやれなかった、ワシ達を許しておくれ」
領主の発言の気持ちはわかる。
しかしその言葉はなんの慰めにもならないことを俺は理解していた。
俺はミオの方を向くと。ミオは全てを理解し、ただ黙って頷いてくれた。
「クロエ…これを」
俺はカバンの中からミオからもらった【病気平癒祈願】の御守りを取り出して、クロエの手に握らせた。
「リュック…ストレイジ……これは……?」
「これはミオが作ってくれた御守りだ。今はキミが握っててほしい…!」
「なに…!?そんなものは気休めじゃ!早く医療班を増員するのじゃ!」
領主のリリカブラは冗談を言う暇などないと言わんばかりに、声を荒げた。
「お父様…待ってください……」
「クロエ…?」
「少し……楽に……なった……」
「え!?なぜじゃ……【病気平癒祈願】の御守りなどただの気休めのはず!」
この御守りは装備者の病気の症状を和らげる。
俺は領主の顔を見て言った。
「ここまで効果が強いのは…クロエさんの【敏感】が強いからです。」
一同は驚く。
驚いた理由は明快。
クロエのスキルが強いなど、誰も思ってもなかったからだ。
ミオが続ける。
「領主様……もし娘がスキルに恵まれないと思っていても、絶対に謝らないでください、私達にその感情の行き場はありません」
俺はクロエに告げる。
「ミオの御守り1つだけでもこれだけ息が整った。キミのスキルは間違いなく強い、絶対に助けてやるから、絶対に生きててくれ」
なぜ俺がクロエを助けようと思ったかはわからない。
でも理由なんて目の前で人が絶望してたからで十分だったのかもしれない。
あるいは裸を見た贖罪か。
「く…屈辱だぁ」
クロエは何も言わずに大粒の涙を流していた。
その涙は屈辱の涙とは少し違うように見えた。
■
ユニコーンは【惑わせの森】に存在するらしい。
俺とミオとキューンとアリシアは旅の支度を済ませた。
俺は所持していた御守りを全てバッグに入れ、万全になった。
「さぁ、最短最速で行こう」
キューンはユニークスキルを使用した。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から作品への応援お願いいたします。
ブックマークもいただけると更新の励みになります!




