14. 恋する乙女
【キャラクター整理】
【リリカブラ・フォン・ファルマン】…騎士を排出するファルマン領の領主。
【アリシア・フォン・ファルマン】…ファルマン家の長女。戦闘狂女騎士。
【クロエ・フォン・ファルマン】…ファルマン家の次女。プライドが高い。
【キューン】…ファルマン家に仕えるメイド騎士。常に謝っている苦労人。
謁見の間での出来事はキューンが丸く収めてくれた。
「これからは家族になるかもしれません……!ですから、争いは…!争いはぁ!ああ一介のメイドがすみません!すみません!」
こんな調子でキューンの謝罪ラッシュで怒るクロエを根負けさせた。
立場が強い存在でもないだろうに……俺は彼女に感謝しなくてはならない。
領主のリリカブラとクロエは俺らを認めることなく、自室へ戻ってしまった。
とにかく俺はアリシアとの決闘で勝たなければならなくなった。
強そうとは言っても、まぁどうにかなるのではないかと思っていた。
そんな自分を殴りたい。
事態は全然甘くなかったのであった。
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俺らはキューンに付いていく。
ファルマン領の館を出てしばらくの歩くと、闘技場のような場所にたどり着いた。
ミオは俺の腕を抱いてこそこそと話しかけてくる。相変わらず恋人のフリが慣れない。
「ねぇ、リュックくん……本当に戦うの?」
「もちろん、俺たちは【御守り作り】の強さを皆に知ってもらおうとしている、だったらここで逃げるわけにいかないだろ」
「……勝ったら結婚とか言ってるけど、リュックくんはああいう身体が大きくておっとりとした顔の人が好きなの?おっぱいも大きそうだしね」
アリシアのことか。
ミオはジト目で見ながら、胸を押し付けるようにより強く抱いてきた。
確かに顔自体はおっとりしてて可愛いとは思うけど……。
「殺し合いとか言ってる人、好み以前の問題だろ」
ミオはそれもそうだねと言わんばかりと、腕を緩めた。
少し機嫌が良い。
キューンはおどおどしながらも、しっかりとこれからの説明をしてくれた。
「リ、リュック様は一対一でアリシア様に挑んでもらいます、武器倉庫から好きな武器を選んでください、リュック様はアリシア様から三撃をもらう前に一撃でも与えたら勝ちです」
全然殺し合いじゃないじゃないか。
剣を交えるが、競技のカテゴリーだ。
「少し安心した、いいのかなハンデもらっちゃって」
キューンは首をかしげる。
「あ…あのちょっと楽観的すぎると思われます!ああ!すみません!出過ぎたことを言ってしまって!!すみませんすみません」
逆にこの子は悲観的な印象を受ける。心配しすぎじゃないか?
収納武器が豊富な武器庫に招待してもらうと、俺は武器を決めた。
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「そ、そ、その小斧でいいのですね」
「うん、アリシアは長い斧槍……ハルバートを背負っていた。長柄で来るなら、刃先を切り落として戦力を下げようと思うんだ」
俺も冒険者になりたてのころは色々な武器をとりあえず触ってみた。
わかったことは武器の長さは熟練者になるまでの難しさと比例するということだ。
背伸びはしない。これが俺の考え方だ。
「わかりました。それでは化粧がもうすぐ済むようなので、アリシア様に入場していただきます」
化粧……? 確か彼女はそういったものに興味はないって。
ゴゴゴ
俺はある異変に気づく。
闘技場の檻になっている、対面の部屋がゴゴゴと開く。
よく猛獣とかが入っている空間だ。
なんと中にはアリシアと象くらいの大きさのAランク魔物のキマイラがいた。
「あれは、キマイラじゃないか…!獰猛なモンスターだ、アリシアが襲われてしまう!!」
この家では実戦を想定してこういう魔物まで飼育しているのか!?
「い…いえ、きっと大丈夫です……」
「そんなこと言ってる場合じゃない」
俺はアリシアの下へ駆けつける
キシャァアアア!!
キマイラはアリシアに猛毒のブレスを吐きかける。
それをアリシアは直に受けてしまった。
「…まずい!早く治癒魔法を…!」
しかし……。
アリシアはケロっとしていた。
それどころか、毒霧を顔へペタペタと刷り込んでいた。
「うん……保湿…保湿……」
「え」
猛毒が効いてない……!?
コカトリス、ライオン、羊の3つは恐怖を感じてかそれぞれの顔が叫ぶ。
象ほどの大きさのモンスターはこちらへ逃げてくる。
ドドドドドド
「来る!」
俺は小斧を構える。しかし。
ゴキャ…。
そのとき、アリシアは馬車の速度で走るキマイラに飛び乗って首をへし折った。
勢い余って、持っていたハルバードで3つの首を切断する。
アリシアは返り血を浴びた。落ちた首はベチャベチャと大きな不快音を奏でた。
「うん………これでいい……化粧完了……」
「……は?」
アリシアの顔と武器は血まみれだ。銀のハルバードは付着した鮮血のせいで輝いて見えた。
アリシアはキマイラの死体から降りるとこちらへドスドスやってきた…。
「……おまたせ……待った…?」
アリシアは恥ずかしそうに出てきた。
まるでデートに待ち合わせした少女のような表情をしていた。
顔に化粧など施されてなかった。
その代わりにめいっぱいの血化粧が施されていた。
「……おめかししちゃった……」
怖ぇエ!!!!
なんだこの女の人は!敵を倒すだけじゃなくて、血まみれのことを化粧と言ってみたり、俺の想像を遥かに超える戦闘狂だった。
「あ…キューン……アレを……片付けて……スキルで……」
アリシアはキマイラを指差す。
「とほほ、あれも私のお仕事なんですね
ところでリュックさん!アリシア様はなぜか今日はやる気です!キマイラの血化粧はアリシア様の最高のルーティーンなんですよぉ!!」
そんな物騒なルーティーンがあるか!!
「あ…あ…アリシア様が本気を出されたらここにいる皆、ついでに殺されちゃいますぅぅ!!」
ついでで殺されるなら、メインで殺される俺はどうなっちまうんだよ!!
「大丈夫………彼強そう……だから……」
アリシアは落ち着いた口調で答えた。
「それなら大丈夫ですね……ってそんなわけありません!!死にます!!!」
俺は正直弱気になっていた。
「リュックくん頑張って!」
ミオの声援だ。そうだ…ミオが傍にいてくれれば!
ミオは館の3階から応援してくれていた。
避難している!!
「そ、それでは僭越ながらこのキューンが、私ごときが進行を務めさせていただきます……!!」
頑張れ俺。頭をフルスロットルさせろ。
相手をよく見ろ、相手にはなにか特徴がある、特徴があるってことはどこかに弱点があるってことだ!
キューンが上げた手を振り下ろすとあっけなく開戦の火蓋が落とされた。
ダッ
アリシアは懐いたペットのように速攻で俺の元へやってきた。
「でかいし速い!!!」
シンプルイズベスト。
身体がデカイ奴がパワーがあって、技術があって、速いなら強い!
彼女の強さは全てここに詰まっていた。
彼女は斧槍を振りかぶっている。こんなの受けきれるか…!!
俺は【攻撃祈願】を25枚。【防御祈願】を15枚持っている。ならば得意技を押し付けた方が分があるってもんだ!!
シュッ
俺は重心を最低まで低くして、アリシアの懐に潜り込んだ。
しかし大きな手が俺の頭を抑え込んで地面にたたきつけた。
ズシイイイイイイイ!!!
「グッゥゥ!!」
痛い!
ミオの【防御祈願】が15枚あってもダメージが貫通している。
この前の土竜蜘蛛の洞窟にいた賊とはまるで比べ物にならなかった。
「リュックくん!!」
「まず一本ですぅぅ!!」
御守りがなければ死んでた…!
絶対死んでた!
アリシアはうつぶせで伏せる俺に乗っかり、マウントポジションを取っている。斧槍を振り下ろすつもりだ。
しめた!
アリシアの体重は鎧を含めて130kgくらいだろう。不利な体勢ではあるが、攻撃の威力と比べてこちらはまだ常識の範囲内の重さだった。
俺は両手に力をこめ、腕立てのポーズをするとググ…と持ち上げてみせた。
「ぐっ……ぐ…うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
グググ……
「な…なんですかアレは!!ありえません!!アリシア様の身体が持ち上げられています!!!」
金髪メイド騎士のキューンは状況を理解するのでやっとな様子だ。
「!!」
アリシアも、想像もしていなかったというような顔をしていた。
俺の身体はアリシアごと持ち上がり、立ち上がった。
ガシッ
アリシアも対抗してか、俺の頭を掴んで、地面に押し込もうとする。
しかし身体が持ち上がってるから、それほど力が入らないだろう。
「ぐっぐぐ…!!うおおおおおおおおおお!!」
俺はアリシアを持ち上げた状態で立ち上がりきった。
「あ…ありえません!もしかして彼も化け物では……!?」
アリシアがあっけに取られたこの瞬間を狙ってなんとか振りほどいた。
そして
「今だ!!」
俺はマウントポジションを脱するだけに飽き足らず、攻撃に転じて斧を振り回したが、すんでのところで斧槍の柄の部分でガードされてしまった。
ギギギギ!
刃と柄から火花が飛び散る。
「今ので間に合うのかよ!」
アリシアは強い。
しかし…持っていた武器はアリシアの強さについていけなかったのだ。
パキィ!
アリシアの持つ斧槍はパックリと割れて壊れてしまった。
「!」
アリシアは刃のついていない方をポイと捨てると、残った刃の部分を斧のように持ち替えて、横に振り回した。
「避けろ!」
【俊敏祈願】3枚分の力で全力で逃げると、なんとか間合いの距離を取ることができた。
ザザザ!!
しかし、その振りかぶった斧槍によって生じた真空波は俺を的確に追いかけて、俺の腕に切り傷を与えた。
「嘘だろ!?攻撃が通るのか!」
「アリシア様!!2本目です!」
くそ…考えろ…アリシアの弱点…!
どうすれば勝てる…。
…ん?
アリシアは武器を構えていない……呆然と見ている。
なんだ?そんなに持ち上げられることが意外だったか?まぁいい息を整える時間が確保できる。
俺は息を吸う。吐く。アリシアは襲ってこない。
どうした?
アリシアはキューンの元へドスドスと駆けつけていく。
「ヒィ!?どうしました!?」
棄権か…?なら願ったり叶ったりだ。
キューンは耳打ちでアリシアの話を聞いている。アリシアの身体にまだ残っていたキマイラの返り血がポタポタとキューンにも付着していく。
「ひょええええ~!!まず血を拭いてくださいいいい!!」
キューンは苦労人だ。血なら俺にも付着してるけど。
アリシアの耳打ちのために屈んでいる姿がかわいらし…くない。めちゃくちゃ怖い。
捕食する前の熊のようだ。
何かを伝えられたキューンはえらく驚いていた。
「……リュック様……あなたにとってこれが悲報か朗報かわかりませんが、伝えなければなりません……」
「ん…?」
「アリシア様は今までその体格から女の子として扱われたことがありません」
扱えるわけないだろ。あんな戦闘狂。
「ですので、さきほどの"おんぶ"にとてもトキメキのようなものを覚えたようです」
「え……さっきの持ち上げたやつのこと……!?」
「ええ…はい…つまりですね……」
アリシア様は…
リュック様に……
恋をしてしまったようです。
俺は咳き込んだ。整えていた息が台無しだ。
「ゲホゲホ……ちょっと……
えええええ!?」
今のだけで!?チョロすぎるだろ!!
アリシアはキューンの後ろに隠れてもじもじとしている。
全然隠れてない!!
身体が大きすぎて全然隠れられてなかった。
全て見えているアリシアの顔はこちらを向いている……。
確かに…めちゃくちゃ乙女の顔だった……。
殺そうとしてこなかったらすごく可愛いと思う。
ミオは軽く脳が停止しているのか遠くの方を見ている。
「だ…だ…だ…」
だ?何のことだ。アリシアが何を言おうとしているかわからなかった。
しかし俺のことを呼ぼうとしていることはなんとなく理解した。
「な…ナンデスカ……」
「私……私……旦那様……の…………子ども……産む……!」
アリシアはにっこりとこちらを向いている。
血の気が引いた。
確信する。
俺は今日死ぬと。
「面白かった!」
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