13. 3人の女騎士
馬車は揺れる。
さきほどまでいたハーゼルゾネット城下町の景色が遠くなっていく。
馬車には俺とミオ。
そして対面には巨大女騎士アリシアとメイド騎士のキューンが乗っているわけだが、
アリシアが巨体すぎて、キューンの座る場所が非常にこじんまりとしている。
ミオは恋人のフリを継続していて、顔を真っ赤にしながら俺の腕を抱いている。
恥ずかしいならよせばいいのに。
とにかく……目の前の彼女から警戒を解いてはならない。
「……俺らを馬車に乗せてどこに連れて行くつもりだ」
「あああ、すみません! すみません! アリシア様の趣味に協力して欲しくて……アリシア様はあなたに興味を示しました!もう逃れることはできません!」
ショートカットの金髪のメイド騎士は頭をブンブンとこちらに振っていた。風がそよいでいる。謝ってはいるけど、俺を解放するつもりはなさそうだ。
「趣味って殺し合いか?」
「いえいえいえいえ!!そんな物騒なものではありません!!!」
とりあえず……良かったのか?
俺とミオは顔を見合わせた。
「殺し合うはずもありません、……多分」
メイド騎士のキューンはこちらの目は見なかった。
俺はすごい勢いで血の気が引いた。
肝心のアリシアはウキウキして、新しいベッドの座り心地を楽しむように、重心を上下に動かしている。
「……こっろしあいっ、……こっろしあいっ」
「すみませんすみません!戦闘狂な節がありまして!!」
ものすごく物騒だ。そして揺れる。馬車が必要以上に揺れている。
「うええ……酔ってしまいますアリシア様!ただでさえ馬車は慣れていませんのに!」
キューンは吐き気を催したようだ。
馬車が慣れてないって……普段は街外を移動しないで過ごしているのかな。
とにかく、すごく変な二人組みだ。
ミオはこっそりと耳打ちしてきた。
「リュックくん、成り行きで付いてきたけど、逃げた方がいいんじゃない?」
「うん、俺もそうしたい、でも敵と距離が近すぎる、あのアリシアって人は強そうだし、何かしらのスキルがあったら危険だ、いずれ隙ができるはず、その間に逃げよう」
俺らの方針は決まった。目的地に着いたら隙を見て逃げることだ。
・
・
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2時間後。
馬車は広大な領地内に止まった。
聞くところによると、ここはファルマン家の領地だそうだ。
敷地内にある気品のある館と庭が俺らを歓迎していた。
「ここはファルマン家領地……騎士で由緒正しき家だ、もしかしてアリシアって」
「ええ、リュック様は勘が冴えておられます、アリシア様は現当主リリカブラ様の御長女で、かつ御自身も次期当主と決められている方です!」
アリシアは上品なおじぎをした。
ファルマン家は由緒正しい騎士の家だ。
領主のリリカブラ・フォン・ファルマンは自ら家族のみならず、外部から見習い騎士を雇っては、技術と精神を叩き込む。
そのように育てられた騎士を王国騎士として排出したりと、国にとっても欠かせない存在となっている。きっと巨額の富を手にしていることだろう。
黒い噂は聞かないが娘の人殺しの事実をもみ消す力くらいはあるのだろうな……。
俺らは館に招かれると、巨躯のアリシアは自室に戻ってしまった。
あれ?殺し合いをするはずじゃ…
「こ…こちらです」
俺らは招かれるままに付いていく。しかし機会を伺っていた。
この女の人だけなら……今が逃げ出すチャンスだろうか。
「あ…あのすみません!!」
弱気な女の子が声を荒げる
「に……逃げないでくださいね、わ…私が怒られてしまいます!!」
彼女も察しがいい。鞘に手をかけている。抜刀の用意はできていた。
「私だって、こんな荒いことしたくないです…とほほ……」
ここは彼女のためにも逃げるべきではないのかもしれない。
俺らが荘厳な装飾がされたドアの向こうに案内されると、部屋の真ん中に二人の人物が座っていた。きっとこの館の謁見の間なのだろう。
一人はきっとリリカブラ…この家の当主だ。もうひとりはまた10代ほどの娘…。この家の娘だろうか。
彼女もまた騎士の鎧をまとっており、鎧の胸元は空いてはいるが上品な印象を受けた。アリシアと同じ銀髪でサイドテール。
キッとした目つきからプライドの高い印象を受けた。
メイドのキューンは深々とおじきをした。
当たり前だが、彼女がここで仕えていることを実感した。
俺は少しだけおじぎをすると、すぐに顔を上げた。
「なぜ俺たちをここへ呼んだ」
「な……無礼だぞ部外者め!当主に向かって」
銀髪の女騎士は案の定つかかってきた。
「まぁ良いだろう、クロエ、彼の態度は当然だ」
「お父様!こんな無礼者を野放しにしてしまったら、ファルマン家の品格を疑われてしまいます!」
クロエと呼ばれた少女はまさに「絵に描いたような女騎士」といったところか。想像通りこの家の娘であった。アリシアより若そうだから次女であろうか。
「君たちはアリシアが連れてくる程じゃ、きっと強い騎士なんじゃろ?アリシアが趣味で連れてくる者はいつも筋が良い。ワシはいつも決まって彼らに頼み事をする」
互いに軽く自己紹介をし、本題に入る。
「ワシが君たちにしたい頼み事…それは…」
「それは……?」
「君……長女のアリシアと結婚していただけんかの!?」
「は?」
俺たちは事態が飲み込めなかった。
「ワシの育て方が悪かったのだろうか、アリシアは幼少から強さに対して興味があった、ワシは正しい知識と共に武器を与え、モンスター狩りや対人戦などを教えていた、こんなに早くに騎士道に目覚めてくれてワシは大喜びしていたよ……」
話が見えない。
しかしもう既に悲痛な空気が流れている。
「しかし、アリシアは強さ以外のものに全く目もくれない子に育ってしまった!!勉強も立ち振る舞いも化粧も知らずにここまで来てしまった!!アリシアの脳にあるのは修行と実戦のみ!!
アリシアはもう21だ。それなのに剣を交じらわせる以外での男子との交流も一切なく、恋愛にもお見合いにも興味を示してくれない。アリシアは自分よりも強い人としか結婚しないと言い出したのだ!!」
なるほど。恋愛に興味のない娘を結婚させたい。娘の出した条件は自分より強い男。
「条件はそれだけですか?」
強い男性と結婚したいと思うのはそれほど不自然なことではない、それにこの家の財力なら強い人を用意するのは困難ではないはずだ。
「それが困難だったんじゃよ…娘は強すぎた……」
当主のリリカブラは顔を押さえていた。
その後は隣にいたクロエが説明した。
「お姉様は、呼んできた屈強の騎士をことごとく倒してしまった…。そして厄介なことに強者と剣を交えることによって、技をより吸収しますます強くなっていく、もうお姉様は誰も敵わないモンスターになってしまったのだ」
アリシアが強いのはわかった…。
でも俺を呼ぶ理由にはならない。
「リュック殿、キミには
アリシアと決闘し勝って欲しいのじゃ」
「…は、はぁ!?」
急にすごい使命を背負わされてしまった。しかも倒したら結婚させられてしまうってことじゃないのか!?
やれるわけない。
この家はどこかおかしい。絶対に逃げよう。
ミオは頬を膨らませている。そんなことなら協力しないよって顔だ。
わかってる。ミオ。この話に俺たちにとってのメリットはない。
「ところで…キミはどこの家出身でどの流派かね」
「え…?」
「アリシアが連れてくる男だ、きっと立派な家で育ったんじゃろ?」
まずい。この人は決定的に勘違いしている。
俺に流派なんてない。冒険者になろうとしたら連れ去られただけの荷物持ちだ!
「君たちがアリシアに勝てるためなら何でもサポートをしよう、そうだ君たちのユニークスキルを調べさせてもらう。何か組み合わせの良い戦術があれば、必要なものは全てこちらが用意する」
領主は手をこちらに伸ばす。
「え、ちょっと待って」
【スキル鑑定】
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・
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<<鑑定完了…右【荷物持ち】左【御守り作り】>>
スキルを見終わると、領主とクロエは顔を見合わせる。
「スキルに恵まれない騎士は珍しくない!大事なのは家柄と流派じゃ!」
【称号鑑定】
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<<鑑定完了…右【初級冒険者】左【巫女】……生まれ:どちらも辺境の地で村人として育つ>>
「なんじゃ…これは…何かしらの流派を身に着けておれば、称号として残ってるハズじゃ!もしかして貴様らは、ただの一般人か!?……ハァ」
領主は見るからに落胆していた様子だった。
「はぁ…お姉様にはもっと男性を見る目を養ってもらわねばな……」
「スキルがここまで弱いとなると…きっと強くはないのだろうな…これで53人目であるが君たちほど弱そうな人は初めてじゃ
特に【御守り作り】のスキルなど……使えんスキルじゃ……」
俺は非常に不愉快だった。
ミオも頭を下げて消沈しきっている。
「そちらから頼んでおいて勝手に落胆するなよ、俺らが勝つかもしれないだろ」
俺は立場も弁えずに口調が荒くなってしまった。
「口を慎め!貴様には不可能だ」
クロエは剣を抜く。荒っぽい性格なのか、これ以上は交戦もいとわないという態度だ。
しかしその荒っぽさなら、今の俺も負けない。
「勝ち負けは、やってみないとわからないだろ!」
「愚か者め!!我がファルマン家は清く強かな騎士道精神を長年培ってきた、互いが切磋琢磨しあい長年積み上げてきた技術や精神は一級品だ、その中でもお姉様は規格外の実力を持つのだ、貴様は勝てない!お姉様には決してな!流派もなく、実力もないからだ!我はそれをこの長剣に誓おう!!」
クロエという女は盛り上がっている。
彼女は持っていたを刺剣を、目にも留まらぬ速さでスルスルと素振りをする。
シュッ
何をしているんだ?
俺は彼女の行動が何を表しているかわからなかった。
すると、領主のリリカブラが飲んでいたワイングラスの横から、ぴゅーっと中の飲み物が飛び出した。
何……!?
ワイングラスを壊すことなく、一部に穴を開けた!
なんて繊細な剣さばきなんだ!
「クロエ……ほどほどにしなさい」
「お父様!我は彼らが許せません!我はこの剣に誓う!我がファルマン家の名は誰にも汚させないと!」
「リュック=ストレイジ、お前には視認できなかっただろう!我の剣さばきを!」
剣を高らかに天に突き刺している。
ブン
そのとき、クロエの剣は砕け散った。
「何!!?」
破片はカランカランと音を立てている。
クロエは全く状況を把握できていない。落ちている硬貨を見つけると、すぐに俺の方を見た。
「どの剣に誓うんだって?」
――【攻撃祈願】【命中祈願】
俺の手には残りの硬貨が握られていた。今投げたのは銀貨1枚だ。
「リュックくん!?」
ミオは困惑している。確かに逃げるつもりならこんなことは悪手だ。でも!
「何ぃ!?あの男…硬貨で我の剣を!?馬鹿な!!」
「どうしてじゃ!?ワシの鑑定は見誤ったのか!?」
「ごごご、ご主人さま…!クロエ様…!下がってください!!」
一番最初に危機を察知したのは、メイド騎士のキューンだった。
おどおどしながらも、100cmほどもある大盾をどっしりと構えている。
冒険者ランクを上げるやら、今はどうでもいい。
決闘やら、結婚しろやら、今はどうでもいい。
今はただひたすらミオのスキルを軽んじたこいつらに認めさせてやりたかった。
「ええ。今すぐに倒してみせます、あなたの娘さんを」
俺は後先考えずに発言と行動をしてしまった。
ファルマン家の3人はこちらから一切目を離さず固唾を飲んでいた。
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