世界の終わりと君と僕と月とその向こう
絶対に読んではならない。
相変わらず、いつも電話の音が鳴っている。コーヒーを流し込む。目元に疲れを感じる。紙の山に囲まれたこの職場も何年目かな。才能も努力も沢山見てきた。休憩の缶コーヒーすら愛おしく感じる。
「梶さーん。持ち込み、一階です。」
「あいよ。」
今日は暇だと思っていたんだ。丁度いい。編集者は忙しくないと。
「君、名前は?」
「はい!田中翔と申します。」
「それじゃ、作品を........」
「はい!持ってきてます。」
大分あるな。十万字くらいか。礼儀正しいし、熱を感じる。まあ、それは作家として絶対に必要なことだが。どれどれ、..........ふんふん........
5分後
「おし、ちょろっと読ませてもらったけど...」
「どうでしたか!!!」
「落ち着け。まず落ち着け。なぁ?ゆっくり言うから。」
「はい!すみません!」
「うん。で、まずタイトルなんだが..........“世界の終わりと君と僕と月とその向こう。“だな。
うん。これが、絶妙にウザい。なんか、どっかで聞いたなぁって言うワードくっつけたみたいな。“世界の終わりと君と僕“ならまだ許される。新人だしな。
シンプルじゃないんだよ。“世界の終わり“とか“その向こう“って言う大きいワードは一つにしろよ。そして、“月“が最強に要らない。“君と僕“なら恋愛要素も感じられるが“月“が入ることでもう台無しだ。もう読者の半分はこの作品を読もうと思わない。その上、“その向こう“までつけたら残りの読者は読もうと思わない。いや、この作品に怒りを感じて破り出すだろう。お前の図々しさがタイトルだけでわかったよ。俺はな。」
「...っ......すみません。でも....それはあえてです。」
「あえて?」
「そうです。あえてなんです。このウザいタイトルが物語のカギなんです。」
「そう.....なのか?」
「そうなんです。」
「?そうなのか。まあ、次に主人公だが。お前、一番つけたらいけない名前つけたな。“佐藤ハルト“はまずいだろ。お前、全国の“佐藤ハルト“集めたら、東京ドーム埋まるぞ。でかい学校だったら1クラスに1“佐藤ハルト“は絶対いるぞ。お前なぁ。主人公は目立たないといけないんだ。」
「すみません.......実は、それ.....」
「あえてなのか?」
「あえてなんです。彼の“佐藤ハルト“に全てが隠されているんです。」
「そうなのか?」
「そうなんです。」
「まぁ……よしとしよう。次に表現についてなんだが。とにかく表現が下手だ。主人公がゾンビに追われる中でカップ麺を食べるシーンがあるだろ?
“もう腹が限界だった。三日間、飲まず食わずで戦った。そんな時に偶然、カップ麺を見つけた。ミミズみたいな麺がドロドロでギトギトのスープに絡みついて、本当にうまかった。その時に生きてるって感じたんだ!!“
うん、全然美味そうじゃない。何で、麺をミミズに例えるんだよ。“本当にうまかった。“って食リポに困った芸能人か。お前。」
「......すみません。それも...」
「あえてなんだろ。知ってる。」
「そう!そうなんです!物事を美化するのでわなく、見たままに描写することで新たな視点を切り拓くことに成功しました!」
「はいはい。そうなんですね。
じゃあ最後だ。とにかく書き間違いが多い。
“俺はドンビを倒しまくったみたい“
お前、“ドンビ“ってなんだよ。
“「やめてー!二人とも頃しあいはやめて!」“
お前、漢字も分からんのか?
これも、あえてか?」
「...........ちょっと何言ってるか分かんないっす...」
「いや分かるだろ。帰れ。」
感想は絶対に書いてはならない。