裏切り
いやぁ、重い汗
無視されるのは慣れていた。
もう何年もずっとその調子だし、
私が母と話すのは、母が癇癪を起こした時くらいしかない。
(果たしてそれは会話というのかは別だが)
一旦は、部屋に戻り、母の様子を伺ってみる。
何やら、母の声が聞こえた。
「お誕生日おめでとう、俊一」
!!!
(そういうことか…)
期待したのが間違えだった。
やっぱりお兄ちゃんか。
またお兄ちゃんか。
母の手によって作られた誕生日ケーキを見る。
平気。
なんてことない。
こんなの慣れている。
そう自分に言い聞かせる。
私にとって母はもう、親ではない。
そう、そんなのはじめから分かってる。
今の母の目に映るのは、兄しかいない。
もうどこにも存在しない兄に何を求めているのか。
誕生日ケーキまで作って…。
食べてくれる兄などどこにもいないのに。
私は居心地が悪くなって、家を出た。
行きたいところなんてない。
でも、無性に誰かに会いたい。
気の迷いか、何なのか。
私は、お父さんの声が聞きたいと思った。
ポケットから携帯を取り出し、電話をかける。
『電話をおかけしましたが、お出になりません』
(うん、そうだよね)
携帯の画面の『通話終了』の文字を見る。
(はぁ)
ため息とともに流れたのは涙だった。
ーーーー
とりあえず、お金は持ってきた。
携帯もある。
今は、夜の8:00。
さぁ、どこに行こうか。
とりあえず、ご飯を食べようと思い、ファミレスに入った。
『いらっしゃいませ〜 一名様でよろしいでしょうか?』
バイトらしき女性が、席を案内してくれる。
席は四人がけが主で、客層もファミリーが多い。
(あぁファミレスは選択ミスだったかな)
いくら値段が安いとはいえ、この中で一人なのは居心地が悪すぎる。
(まぁしょうがない)
そう言い聞かせる。
『こちらのハンバーグ定食でよろしいですか?』
先程の店員がメニューのハンバーグ定食を指さしている。
「はい」
そう答え、店員が去っていくのを見ると、なぜかホッとした。
ーーーー
席は窓際だった。
外には、駅ビルが見える。その前には車が行き交う道路。そしてその隣には街路樹と歩道がある。
(暇だ…)
ポケットに携帯が入っているはず。。
そう思い、ポケットに手をつっこむ。
(あ……)
窓の外。街路樹の下。歩道。
「お父さん…?」
思わず、呟いていた。
そう、今、窓の外にお父さんがいる。
歩いている。
(やっと見つけた…!)
この気持ちが何なのか分からない。
再会して感動したのか。
違う。
『安堵』
私の気持ちはそれに近かった。
お母さんと二人きりの家で、ずっと一人きりだった。
やっと、会えた。
もう、大丈夫だ。
私は、走っていた。
ファミレスを出た。
「パパ〜〜〜」
今、目の前に歩いている父の背中を追いかけながら、叫ぶ。
思わず笑いがこぼれる。
(振り向かない…。)
「パパ〜〜〜」
私は、自分で父に対する呼び名が戻っているのに気付かなかった。
それより、父を見つけられたことが嬉しかった。
(!!!)
目の前を歩く男性が、ゆっくり振り向いた。
(あぁ、パパだ)
父に駆け寄る。
ーーーー
私は想像できなかった。
父ともし再会できたら、また「美華〜?どうしたんだ?」と笑って返してくれると思っていた。
父の顔をもう一回見る。
そうなのか…。
唐突に理解した。
私はもう、この人に愛されていないと。
親に愛されていないのがどれほど辛いかって計り知れないですね