温もり
本日2度目の今日子さん!
夜9:00手前。
突然来た私を、今日子さんは笑顔を受け入れてくれた。
(昼間お別れしたばっかなのに、また来てしまった。)
またあのソファーに座り、出してもらったお茶を飲む。
(熱くない!)
飲みやすい温度になっているお茶を一口すすると、私は口を開いた。
「突然すみませんでした。」
「全然!いいのよ!また来てねって言ったんだし」
「これ飲み終わったらすぐ帰りますね」
(きっと、今日子さんの迷惑になっている)
それはそうだ、でも、それでも、会いたかった。
この普通の会話がしたかった。
「私ね、五年前に娘を亡くしてるの」
今日子さんが突然話し始めた。
(え……)
「この前、娘にお線香あげてくれたでしょう?私以外あげる人もいなかったから、ほんとに嬉しかったの」
「・・・」
(あの写真は今日子さんの娘さんだったのか)
私は、とりあえず今日子さんの話を聞くことにした。
「ほら、五年前、東日本大震災ってあったでしょ?私の娘はあの時まだ二十七だった。津波に巻き込まれたの。」
(!!!)
何か言葉が出そうになるのを飲み込む。
(辛い人はやっぱりいて、同じなんだ。私と。)
そう思ってしまった。
家族が若くして亡くなり、苦しみ悩む人達。
でも、今日子さんは何か違う気がする。
今日子さんは、『普通』だ。
私たち家族の出来ていないことをやっている。
死を受け止めている。
そして日常を取り戻している。
「なぜ、その話を私に?」
「うーん、なんで美華ちゃんに話したのかなぁ」
その時の今日子さんは少し悲しそうな表情をしていた。
「今日子さん…!」
「ん?」
「相談してもいいですか?」
「相談?私に?」
「はい、今日子さんに」
家族の死を乗り越えた今日子さんに話せば、いい方法が見つかるかもしれない。
母に兄の死を受け止めさせること。
父に兄の死と向き合わせること。
それが出来るかもしれない、と。
ーーーー
「だから今日の昼、マンションの前にいたのね」
今日子さんは私の話を淡々と聞いてくれた。
一通り話すと今日子さんは口を開いた。
「今の話からすると、お母さんが『うつ病』になってしまった。お父さんが『家出』してしまった。それで美華ちゃんが家族を立て直したいってことだよね?」
「はい、だいたいそんな感じです。」
そう応えると、今日子さんはムスッとして、「何か忘れてない?」と言った。
「え??」
「思い出してみて。美華ちゃんはお兄さんの死をしっかり受け止めてる。それで?」
「それで…??」
「美華ちゃんは今、辛くて悩んでるんでしょ?家族のことを考える前に自分のそれと話さなきゃ」
そう言って私の心臓辺りを指さしてくる。
「でも…それって?」
「苦しかったことはね、吐き出すの。悩んでることは、相談する。お兄さんが亡くなってから、苦しいこと家族のこと以外にもあったでしょ?だって美華ちゃんも人間だもの。家族が一人死んで、悲しくないなんて思うはずがない。お兄さんに関係しなくても、学校であったことでもいい。辛いこと、今、吐き出しちゃうの!」
今日子さんは、ね!?っと言って私の肩に手を回してくる。視界は真っ暗で、そこは今日子さんの胸の中だなぁと思った。
(あったかいこの感じ)
自然に涙が溢れてくる。でも拭こうとは思えなかった。
今日子さんは、嗚咽する私をただ抱きしめてくれた。
(やっと、誰かに頼れる。)
そう思うと涙は増すばかりだ。
おさまってくると、私は口を開いた。
ぽつりぽつりと、今まで溜め込んで、誰にも話さなかったことを話す気になったのだ。
これからどんな問題が待ち受けているのかも知らず、エンエンと泣く美華でした