深夜0時の猫 第1話
時刻はもうすぐ夜の10時を回ろうとしていた。
ビルの13階のそのオフィスの中で、ゲーム機に顔をくっつけるように画面に見入っている二人。
「ほら、こうやって敵を倒して隠されたアイテムを探し出すとキャラが強くなっていくんですよ、李々子さん。」
「ふ〜ん。そうなんだ。」
「ちゃんとゲームの中で時間が経過するからほったらかしにしとくとキャラが弱っちゃって大変。」
「ふ〜ん、そうなんだ。それでシロちゃんはいつも持ち歩いてんのね。」
今やすっかり李々子に「シロちゃん」と呼ばれている稲葉と
その彼が事務所に居るときは何かとぴったりくっついている李々子。
宇佐美はそんな二人をデスクに座ってボーッと見ていた。
ゲームの画面に釘付けになっている横顔を李々子は綺麗な花でも見るようにじーっと見つめている。
そして気づかれないようにそっと耳のあたりに顔を近づけた。
「・・・・・・」
唖然とそれを見ている宇佐美。
李々子の唇がさらに稲葉の首筋に近づいていく。
「李々子!」
突然の宇佐美の大声にびっくりして振り返る稲葉と“チッ”と軽く舌打ちする李々子。
「君たち二人とももう帰りなさいよ。一応営業時間は9時までなんだから。」
稲葉がメンバーに加わってからまだひと月。
宇佐美は教師のバイトを終え本業に戻ったが、稲葉は掛け持ちなので事務所にいるのは精々2〜3時間。それも資料整理ばかりだった。
「家に帰っても一人だし、いいでしょ?9時まで退屈な資料整理やったんだからちょっと遊ばせてくださいよ。
李々子さんだってまだ帰らないんでしょ?
あ、ボクね、てっきり李々子さんと宇佐美さんはここに一緒に住んでるんだと思ってたんですよ。違ったんですね。」
「当たり前だ!何で俺が李々子と住まなきゃなんないんだよ!」
声を荒げて怒鳴る宇佐美。
李々子はあからさまに頬を膨らませて抗議の視線を宇佐美に投げかけた。
微妙な空気が流れる。
「あ、いや、なんかごめんなさい。えーと、じゃあボクそろそろ帰ろうかな。」
少し慌て気味に立ち上がる稲葉。
そこへ来客を知らせるベルが鳴った。
顔を見合わせる宇佐美と李々子。
「またこの時間ね。」
「なんですか?」
李々子に聞く稲葉。
「バイク便よ、きっと。」
李々子はちょっと不機嫌そうにドアに向かって「どうぞ」と声をかけた。
入ってきたのは黒いつなぎに身を包んだ美しいバイク便の女だった。
ドアの近くに立っている李々子の前をスイと通り過ぎると
小さな小包を宇佐美のデスクの上にトンと置き、
慣れた手つきでペンと伝票を取り出して宇佐美ににっこり微笑んだ。
「サインお願いします。」
「今日も10時だね。」
「10時指定の荷物なんで、特別に残業です。」
そう言ってまたにっこり。
宇佐美はボールペンを手に取ったが、後ろから手を伸ばしてきた李々子がそれを取り上げた。
李々子はササッとそれにサインをし、「ご苦労様」と少し無愛想にバイク便の女に差し出した。
女は特に気にするでもなくチラリと李々子を見た後、「失礼します」と言って部屋を出ていった。
またもや部屋に微妙な空気。
帰るきっかけを失って稲葉は二人を交互に見た。
「え・・・と、それなんですか?毎日10時に来るんですか?
なんだろう。いやー、気になるな。」
なぜか下手な役者の台詞のように棒読みになっている。
「いいんだよ、それは。たぶんイタズラだと思うから。」
「いたずら?」
「差出人の名前も住所もデタラメだし。」
「あら諒、まだ分からないわよ?今日のを見てみましょうよ。」
李々子はその小さなダンボールの包みを開けてみた。
中から出てきたのは大きなジズソーパズルのピースが一つだけ。
直径6センチくらいの幼児用のような大きなピース。
まだ何が描かれているのかまるで分からない。
「角だわね。これで角は4つ全部揃ったってことね。」
李々子は宇佐美のデスクの引き出しを開けて今まで送られてきた3つのピースを順に机に並べた。
「へー、これが毎日一個づつ送られてくるんですか?
なんでボクに内緒なんですか。ゲームよりよっぽどおもしろいですよ。」
「別に依頼でもなんでもないからいいんだよ。」
宇佐美は面倒くさそうに言う。
「ねえシロちゃん、順番にピースの裏側の文字を読んでみてよ。」
「文字が書いてあるんですか?」
稲葉は一つずつめくってみた。そこにはボールペンの小さな文字。
一枚目・・・“僕を探しておくれ”
二枚目・・・“何で探してくれないんだよ”
三枚目・・・“探してくれないとスネちゃうよ”
「・・・なんだかバカっぽいですね。」
稲葉はちょっとがっかりしたようにピースを置いた。
「だろ?関わらない方がいいんだよ。」と宇佐美。
「ねえ、今日のは何て書いてあるの?シロちゃん。」
「えーとねェ。」
稲葉はさっきの4枚目のピースをひっくり返した。
“探さない気かい?いいよ。
9枚全部揃うまでに見つけてくれなかったら、そちらのウサギ一匹消しちゃうよ?”
今夜3度目の微妙な空気が部屋に漂った。
(つづく)




