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あの月が満ちるまでに 第3話

「なあ、お前にはわかるか?ポー。」


次の朝。エレベーターの中で稲葉はポーを腕に乗せたままぼんやりつぶやいた。

オフィスビルのすぐ側の木でポーを見つけた稲葉は、名前を呼ぶだけで難なく捕獲に成功した。

けれど今朝は昨日のことが引っかかっていてなかなか気分が浮上しない。


『あの子は諒の十字架なの。』


『この事務所閉めるって言ったら、あいつ怒るかな。』


『ねえ、抱いてみる?』


いろんな言葉が脳裏を巡る。


「あのマユカって子はどういう子なんだろうな。」

聞いてみても灰色のオウムは首を傾げるばかり。溜息混じりに笑ってエレベーターを降り、

事務所の前まで来た稲葉は立ち止まった。


ドアが開いたままになっている。李々子なら閉めるはずだ。

李々子以外の誰かがいる。

稲葉はそっと音を立てないようにして中を覗き込んだ。


朝のやわらかい陽射しを背にして宇佐美が机に伏せるように眠っていた。

昨夜も遅くまで起きていたのだろう。その表情は少し疲れているように感じられた。

そしてそれを見つめている幼い横顔。


マユカだった。


机の横に小さな椅子を持ってきて座り、じっと静かに宇佐美を見つめていた。

その表情は昨日の小悪魔的なものとは別人の、

やわらかい、優しさに満ちた母性の様なものを感じさせた。


“・・・ああ、この子は宇佐美を愛している。どんな形であるにせよ、それだけは確実だ。”


稲葉は軽い逆光の中、そのまだあどけない横顔をただ見つめていた。


少女はゆっくりと腰をうかせて顔を宇佐美に近づける。

鼻先が触れるくらいに。稲葉のところからは見えないが、頬にキスしたのかもしれない。

そしてほんの少し体を放すと左手でそっと眠っている宇佐美の髪をなでた。


不思議な光景だった。

胸がザワザワするのに、シンとした神聖な感覚。


マユカの指が頬にかかる。


宇佐美はゆっくり目をあけた。


「・・・・マユカ?」


まだ少しぼんやりしたかすれた声で言う。


「おはよう。こんなとこで寝てたらあの女に襲われちゃうよ。」


マユカは体を離しながらちょっと意地悪そうに微笑んだ。

それには反応せず、一つ伸びをする宇佐美。


二人はどんな会話をするのだろう・・・稲葉は少し緊張して聞き耳を立てた。ところが、


『オソワレチャウヨ、オソワレチャウワヨ。』


何がツボだったのか、またもや稲葉の腕の中でポーが復唱した。

驚いたように稲葉の方を振り向く二人。


「あ・・・・・・お、おはようございます。」

何てバッドタイミングなんだ。稲葉は自分の不運を呪った。


「稲葉。・・・ああ、オウム見つけてくれたんだね。良かった。ありがとう。」


ニッコリと笑う宇佐美。


「なんだ、バカな鳥ね。もう帰って来ちゃって。」


マユカの言葉にムッとする稲葉。


「君はあれかい?ごめんなさいとかいう言葉を知らないのか?」


「うわー、ヤダ。学校の先生みたいな事言ってる。」


「学校の先生なんだよ!悪いか!」


「えー、うそ。先生がなんでいつも遊びにきてんの?」


「遊びにって・・・。宇佐美さん!なんとか言ってくださいよ。」


助けを求めるように宇佐美を見たが、宇佐美は少し困ったように笑っているだけだった。


「宇佐美に言いつけたって無駄よ。宇佐美はぜったい私を叱ったりしないもん。」


「え?」


「一度だってないもん、私が何したって。なんだって言うことを聞いてくれるし。」


「・・・どうして?」


「どうしてだか聞きたい?」


稲葉は宇佐美を見た。


「マユカ・・・。」


辛そうに言う宇佐美。


「わかってる。ママが心配してるからもう帰るわ。でも一つだけ宇佐美に宿題を出しておく。

明日は満月なの。一年で一番綺麗な満月。その夜、私の一番望むモノを私にちょうだい。」


「一番・・・望むもの?」


「そう。まだ宇佐美が私にくれたことの無いもの。」


「・・・・。」


「もしそれをくれなかったら・・・私のこと、世間にバラす。」


「な・・・・。」


宇佐美は絶句してマユカを見た。


「ジョーダンだと思ってるでしょ?本気なんだから。試しに稲葉さんに話しちゃおうかな。」


「そんな事して何になる。」


「宇佐美が困る。」


「マユカ。」


「私は平気だもん。」


「そんなに・・・俺が嫌い?」


悲しげに言う宇佐美に少しハッとしたように体を強ばらせるマユカ。


「言ったでしょ?私がほしいモノをくれればいいのよ。そしたら私、何もしない。」




“・・・満月・・、望むモノ・・・・手に入らないプレゼント・・・”



かぐや姫だ。 稲葉は思った。 


意地悪な、残酷なかぐや姫。


男達はただただ姫を愛し、側に居たかっただけなのに。

プレゼントを手に入れるために命を落とすかもしれないと言うのに。

あえて、その愛を試そうとするかぐや姫。

たとえ、それを探し出して男が愛をささやいたとしても・・・・


「結局は、月に還るの。」


マユカはまるで心の中を読み取ったかのようにニヤリと笑って稲葉を見つめた。


「かぐや姫。・・・・竹から生まれた女の子。」


そして少し笑いながらマユカは稲葉にゆっくり近づいてゆく。


宇佐美はハッとしたようにマユカを見た。


「貴方には教えてあげる。宇佐美と親しそうだから。・・・あのね、 私もそうなのよ。」


「え?」

稲葉は至近距離まで近づいたマユカの目を見つめた。


「私は竹じゃなくて小さなガラス瓶の中。」


「マユカ、やめろ!」


初めて宇佐美がマユカに対して声を荒げた。

けれどまるで聞こえていないかのように少女は稲葉にささやいた。


「私は宇佐美に作られた実験動物。 クローンなの。」


「・・・・え?」


稲葉は一瞬意味が分からなかった。


・・・この子は何のジョーダンを言っているんだろう。

たいして面白くもないジョーダンを・・・


けれど、青ざめて愕然としている宇佐美を見て初めてそれがジョーダンでない事を悟った。


“どうしよう、卯月さん。

 

 貴方からの依頼は、僕には荷が重すぎます。”



        (つづく)


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