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あの月が満ちるまでに 第1話

「ようし、いい子だ。おとなしくしてろよ。僕だって手荒なことはしたくないんだ。」

稲葉はその艶やかな背中をそっと撫でた。


これが美女相手なら様にもなるが、稲葉の腕の中でじっとしているのは

一羽の灰色のオウムだった。


10日ほど前に事務所にやってきた金持ち風のツンとした老女。

彼女はラビットに逃げたオウム探しを依頼してきた。

他にややこしい仕事を抱えていた宇佐美は渋る稲葉にこの仕事を全面的に任せた。

稲葉は「押しつけだ」と抗議したが。


「ポーちゃんは気に入った言葉なら1〜2回聞いただけで覚えてしまう天才オウムなんですよ。

5回もTVの取材を受けてましてねえ。知らない?まあ、そう?

とにかく大事な大事な私の宝物なんですの。」


甲高い老女の声がちょっとカンに触ったが依頼は依頼。

この10日間、稲葉は時間の許す限り近辺を探し回り、ようやく先程捕獲に成功したのだ。

任務を無事完了した嬉しさに稲葉は上機嫌だった。

事務所から近い場所だったため、稲葉はその収穫を腕に抱き、

さっきの言葉をくり返しながら事務所まで歩いた。


意外とおとなしい“ポー”を腕に乗せたままエレベーターを降りた稲葉は

一瞬足を止めた。


部屋の前で宇佐美と知らない女が何やら深刻な顔で向き合っていた。

女は宇佐美と同い年くらいだろうか。知的で物静かな印象の人だった。

女は無表情のまま、くるりと宇佐美に背を向けてエレベーターに向かおうとする。

その腕を宇佐美が掴んで引き留めた。なぜか思わず隠れる稲葉。


「本当に行くつもりなのか?」


その表情はよく見えなかったが今まで聞いたことのない思い詰めた宇佐美の声だった。


「もう決めたから。どうかもう、忘れてください。」


やはり無感情な女の声。


「もう、会うなと言うことか?あの子にも。」


「ごめんなさい。もう忘れたいのよ。何もかも。」


“・・・きっと聞いてはいけない話なんだ。どうしよう。”


稲葉は少しオロオロしてエレベーターの方へ後ずさりした。

けれどその時、バッドタイミングで腕の中の小悪魔はさえずりだした。


『イイコダ ヨシ オトナシクシテロヨ! イイコダ オトナシクシテロ』


シンとしたフロアに場違いな、けれど完璧な復唱が響いた。

言わずもがな。ヒョイと覗き込んだ宇佐美に見つかってしまう。


「何してんだ?稲葉。いつからそこに居た?」


別にとがめるわけでもなく、いつものトーンで宇佐美は稲葉に聞いた。

だが稲葉の腕の中に居る物を見て全てを把握し、少し笑顔になる。


「あ、やったな、稲葉。オウム捕まえてくれたんだ。」


「そ、そう。ついさっき、そこで!だから今!たった今来たばかりなんです。ほんと!」


声が思わず上ずった。焦っているのはバレバレだ。

宇佐美はそんな稲葉を見ておかしそうにまた笑った。

けれどもいつもの宇佐美とは違う。稲葉はなぜかそう思った。


「さようなら。」


そう言うと宇佐美の前を横切り、女はエレベーターの方へ歩いて行く。

複雑な表情で女の後ろ姿を見つめる宇佐美。

でももう、引き留める事はしなかった。

エレベーターのドアが閉まり、女は二人の視界から消えた。

微かな機械音だけが残る。

稲葉はまだドアを見つめて立っている宇佐美に何て声をかけて良いのか分からず

ただ腕の中の鳥の背を撫でた。


『イイコダ ヨシ オトナシクシテロ。 イイコダ ヨシ 』


思わず稲葉はオウムの口を押さえた。


「いったい何を教えてんだよ稲葉!あの依頼人怒るぞ、そんな言葉覚えてきたら。」


宇佐美が稲葉を見ながら可笑しそうに笑い出した。いつもの彼だ。


「だってこいつ本当に1〜2回聞いたら覚えちゃうんですもん。僕のせいじゃないですよ。」


「天才オウムだな、本当に。でもありがとう、助かったよ見つけてくれて。

悪いけど俺出かけるから留守番してくれるかなあ。もうすぐ李々子も帰ってくると思うし。」


そうか、李々子さんは出かけてたんだ。

稲葉はなぜかホッとしたようにオウムの頭をなでた。


事務所に戻り用意をしたあと宇佐美は別段いつもと変わらない様子で出かけて行った。

オウムの飼い主が用意してくれていた鳥かごにオウムを移すと急に疲れが押し寄せて

稲葉はソファに沈み込んだ。

なぜか頭の中でさっきの二人の会話がグルグルまわっている。


“あの女性は宇佐美さんのなんだろう。

李々子さんなら知ってるんだろうか。まあ、・・僕には関係ない事だけど。”


ボーッとそんなことを考えているうちに眠気が襲ってきて

稲葉は心地よい昼下がりの窓辺で目を閉じた。




「へんな顔してるね、この鳥。」


ピンと張ったちょっと強気な口調のその声に稲葉は飛び起きた。聞き覚えの無い声。


「・・・え?」


ソファからずり落ちそうになる。

目を凝らすと窓際に吊した鳥かごの前に一人の少女が立っていた。

中学生?いや、高校生くらいだろうか。

スラリとした体、長い足、透き通るような白い肌。

まだ肌寒い季節だというのにノースリーブにドキリとするほどのショートパンツ。

長い栗色の髪はゆるくウエーブして艶やかに肩にかかっている。

まるでモデルのようなその少女はぐるりと部屋を見渡すと稲葉を見おろして言った。


「ねえ、宇佐美、いる?」


「・・・・・は??」


まだ頭がすっきり目覚めていない稲葉は、その横柄な質問にすっとんきょうな声を出した。


「ねえ、宇佐美いないの?」


「宇佐美って・・・君ねえ。

なんで年上の人を呼び捨てにするの?親戚の子か何か?

それにしても感心しないな。事務所に勝手に入ってくるのもどうかと思うよ?」


「うるさいなあ。おじさんこそ誰よ。

宇佐美はそんな事言わないよ。説教する男、大嫌い。モテないよ、おじさんみたいな人。」


「なっ・・・・・!」


長年女子高生を相手にしてきた稲葉だが、さすがに頭の中で何かがブチブチ切れかけた。

けれど少女は気にもしていない。


「ああ、新しく入ってきたバイトさん?

ふーん、そうなの。でももっと若い人入れればいいのにね。どうせなら。」


「がっ・・・・。」


「あーあ、せっかく久しぶりにこっちから会いに来てあげたのに。

宇佐美いないのね、残念。服だって気合い入れて来たのに。ねえ、バイトさん、私どう?色っぽい?」


少女はモデル立ちして稲葉にニッコリ微笑んだ。


「き、君ねえ。」


“いったいどういう育てられ方したんだろう。”

稲葉は唖然としたまま少女を見つめた。

こんなに若いのに宇佐美に好意を持っているんだろうか。

李々子のように?

そうなのか?


「ねえ、バイトさんったら。」

「バイトバイト言うな。稲葉っていうんだ僕は。」

「ねえ、稲葉。」

「いきなり呼び捨てかよ!」

「私いくつに見える?」

「は?」

「ねえ、いくつに見える?」

「・・・・・」


まるで飲み屋で三十路の女にされるような質問だと思った。

稲葉はますます妙な感覚を覚えた。


「いくつに見えるって・・・15〜6歳でしょ?」

「えー、そのくらい?17〜8に見えると思ったんだけどな。」

「見えなくもないけど・・・本当はいくつなの?」

「12歳。あと数日で13歳。」

「13?・・うそ。」


13には見えなかった。

まじまじと少女の体を眺めてしまっている自分に気付き、稲葉は目をそらした。


「まだ足りない・・・」

「ん?」

「早く大きくならなきゃ。」

「どうして?」

「どうしても。」


稲葉は少し混乱しながら少女を見つめた。


“いったいこの子は何だろう。宇佐美とどんな関係だろう。

さっきの女性と何か関係があるんだろうか。

もうじき13歳。

34の宇佐美を好きになる年齢じゃないよな。まるで親子じゃないか。

・・・・え? 親子?”


「ねえ。稲葉さん。」

ガラス窓に貼り付いて空を眺めながら少女がつぶやいた。


「なに?」


「かぐや姫の話、知ってる?」


「かぐや姫?ああ、もちろん知ってるよ。竹から生まれた女の子でしょ?」


「そう。満月の夜に月に帰っていくのよね。」


「うん、そうだけど。」


稲葉はそんな話をし始めた少女を不思議そうに見つめた。


「行かないでくれって言う男達に絶対解けない難問を出してね。

男達が苦しむのは分かってるのに。すごく意地悪な女だと思わない?」


「まあ、そう言われればね。」


「でも、何か分かる気がするんだ、私。」


「・・・ふうん。」


「もうすぐ満月なの。」


「え?」


「あと4日で満月の夜が来るの。私ね、宇佐美にそれを伝えに来たのよ。」


少女は13歳とは思えない意味深な微笑みを浮かべて再び窓の外に視線を移した。

その少女がいったい何を考えているのか稲葉にはまるで分からなかったが、

ただならぬ強い意志を感じてゾクリとした。



カチャリと後方でドアが開いた。


「シロちゃーん、来てる?オウム捕まえたんですって?諒からメールがあったのよ♪」


いつもの脳天気な李々子の声。

妙な空間から解放されたようで稲葉はなんだかホッとした。


けれど少女の姿を見た李々子の顔から笑顔が消えた。


「・・・・マユカちゃん。」


李々子は急に声のトーンを落として少し慌てたように笑顔を作った。


「お久しぶり、李々子さん。」少女もニコリとする。


「残念だけど諒はいないわよ。夜になると思うけど。・・・ここで待つ?」


「待たれても困るでしょ?いいよ、また来るから。」


「そう?気をつけてね。」


一見何気ない会話だった。

けれども何ともピリピリとした居心地の悪いモノを感じて稲葉はソファに沈み込んだ。


幾分強めにマユカがバタンと事務所のドアを閉めて出ていったので

鳥かごの中でポーが少し驚いたようにしきりに首を傾げる。


『キヲツケテネ、キヲツケテネ。』


タイミングなどお構いなしに気まぐれに真似るポーの言葉だけが寒々しくしく部屋に響き渡った。


                     

                      (つづく)


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