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rabbit.com 第2話

翌日の放課後、高見カオルは理科準備室の椅子に一人ポツンと座り、物憂げに教室内をボンヤリ眺めていた。

生前清田が主に使っていた、理科室の隣室にあたる部屋だ。

清田が生きていた頃カオルは彼が顧問をしていた理化学研究部に所属していた。今はもう引き継ぎもされず廃部になってしまったのだが、この部屋が理科学研究部の部室であり、カオルにとっても居心地のいい場所だった。

運動は嫌いなのでとりあえず入ったクラブではあったが、いろんな実験をして知識をくれる清田をカオルは尊敬していた。

それだけに清田の死はカオルにとってかなりなショックだった。


いきなり廊下側の戸が開き、ボンヤリ清田を回想していたカオルはドキリとして振り返った。

「あれ?誰かいたの?」

入ってきたのは宇佐美だった。めずらしく白衣を着ている。

宇佐美はカオルだと確認したあと、なぜか嬉しそうに微笑んだ。


「ちょうどよかった。君、なんて言ったっけ。前に理化学部にいた子だよね」

「高見です」

「高見さん、ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」

「……なんですか?」

カオルは少し警戒しながら宇佐美を見た。理科学部にいたことが、何か関係あるのだろうかと。


けれど宇佐美は視線を彷徨わせ、さっきの質問を忘れてしまったかのように、そのまま部屋の隅ををごそごそと調べ始めた。

机の引き出しや棚のファイル、備品戸棚、実験器具。


カオルは眉をひそめた。

「先生? いいんですか、そんな事して。教頭からその辺はあまり触らないように言われてるんですけど」

「ああ、いいのいいの。気にしないで」

軽い口調で言いながら、またごそごそ何かを探し続ける。

「何探してるんですか?」

「うーん、まあ、いろいろね」

間延びした声にムッとしてカオルは立ち上がった。自分たちの部屋に割り込まれた気がして、腹が立ってきたこともあった。

けれどここはもう、自分の部屋でも、自分たちの部屋でもない。

「では私は失礼します」

「あ、ちょっと!」

「え?」

「ここ、開かないんだけど」


宇佐美はおもちゃ箱が空かなくて困ってる子供のような目をして、机の一番下の引き出しを指さした。

「知りませんよ! 用務員さんに聞いてください。私もう帰りますよ。何なんですか、もう!」

何だかバカにされてるような気がしてカオルは宇佐美を睨みつけた。

この風変わりな教師にちょっとだけ興味を持った自分が腹立たしくもあった。

そんなカオルの表情をじーっと見つめて宇佐美はニッと笑う。

「あ、その表情もかわいいね」

カオルは反射的にそばにあったファイルを思いっきり宇佐美に投げつけた。一瞬宇佐美が教師であることを完全に忘れた。

訳の分からない構造式の書かれたプリントがパラパラと足元に散らばる。


「あー、ごめんごめん。違うんだ、そうじゃない。もう変なこと言わないからつき合って。訊かなきゃならないことがいろいろあるんだ」

「だから何を!」

「そう、それを今探してるんだけどね」

「は?」

 カオルはまた別のファイルを手に持った。

「ああ、もう投げないで! いや、言い方が悪かった。えーと。そうだなあ」

言いながら宇佐美は拾い上げたプリントを数枚めくりながら、描かれた文字に視線を走らせる。


「……例えばね、清田先生が亡くなる前に変わったこととか気が付かなかった?」

「分かりません、そんなこと。いつも無口だし。軽い胃腸炎だったのは知っていますけど」

「へえ、……そう」

そう呟くと宇佐美は足元に散らばったプリントをもう一枚拾い上げてしばらく眺めていた。

ちらりと覗きこんだが、やはりカオルにはわからない、何かしらの構造式のようだった。


「先生?」

カオルは再び眉をひそめて宇佐美につぶやく。

「……なに?」

やはりプリントを眺めながらの返事に、カオルはイライラを募らせる。

「宇佐美先生って、いったい何なの?」

「……」

宇佐美は要約ゆっくりプリントから顔をあげた。

「何……って」

しばらく二人は黙ってお互いを見つめ合った。

「清田先生の代わりに雇われた生物担当の臨時非常勤講師なんだけど。あれ、今頃?」

「ふざけないで答えてくれませんか」

 カオルはさらに強く睨みつける。


「あー・・・、ええと、うん、わかった、降参。君だけに話すよ。すっごくやりにくいし。教師はついででね、実は調べてるの」

「何を?」

「清田先生の死の真相を。教頭に頼まれてね、教師もやりながらの潜入捜査ってとこ。教員免許持ってるしね。やっぱり学校としては気になるんじゃないの? 何で自殺しちゃったのか」

「・・・ああ、そう言うことね。ふーん、じゃあ、探偵さんなんだ」

「まあそう言われればかっこいいけど、何でも屋だよ。・・・あ、これ、絶対内緒だよ?」

 慌てたように人差し指を口に持っていく仕草が何となく子供っぽくて愛嬌があった。

 つい笑いそうになるのをぐっと堪え、カオルは白衣を着たそのニセ教師を改めて興味深く見つめた。


「そうなんだ・・・・。で、何か分かったの?」

「何かって、今、調べ始めたんだもん」

「は?」

「うちのマネージャーと同じ反応するのやめてくれる? 昨日、そのあと殴られたんだから、俺」

 痛みを思い出したように宇佐美はそっと左頬を手で押さえた。

 “何だろう、この頼りない探偵は。教師やってるときの方がまだマシじゃない”カオルはあきれ果てた。


「ねえ、高見さん。もう一つ聞いていい? 清田先生と仲良かった先生とか知ってる?」

「さあ・・・。仲いいっていうか、前園先生とつき合ってたって噂は聞いたことがあります。まあ女の子の噂はあてになりませんけど」

「冷静な判断だ」

 宇佐美はクスッと笑った。


 その時後ろの戸がガタンと音を立てた。

 スッと戸がスライドし、稲葉が顔を覗かせた。

「あれ?宇佐美先生、何してるんですか?こんなところで。

もう外まっ暗ですよ。やばいんじゃないですか? 生徒と二人きりで」


 二人はちらりとお互いを見た。


「宇佐美先生、生物の補講ありがとうございました」

「うん、いつでも質問しに来てね。じゃ、また明日、高見さん」

 カオルは会釈をして稲葉の横を走り抜け、教室を出て行った。


「補講ですか? 宇佐美先生」

「ええ、ちょっと」

「それにしてはすごく部屋が散らかってますけど。・・・本当に補講ですか?」

 宇佐美の足元には先程のプリントがまだ床一面に散らばっていた。

「ああ、ちょっと手をすべらせちゃって。すぐ片づけます」

 散らばったプリントをひざまづいて拾い始めた宇佐美に稲葉がゆっくり近づいた。


「宇佐美先生?」

「はい?」

「もう、やめてもらえませんか?」

「え?」

「ゴソゴソかぎ回るの」


 ゆっくりと振り向こうとした宇佐美はゾクッとする冷たさを感じて動きを止めた。

 鋭いナイフを宇佐美の首筋にぴたりと当てたまま、稲葉は冷ややかに笑った。



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