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ファースト・ミッション 第2話

翌日、PM1:30。喫茶鳳凰。


いきなりテーブルの上にアイスコーヒーをドンと置かれたので

少しボーッとしていた稲葉は10cmくらい飛び上がった。


「びっくりした〜!」


「どうしたんですか?稲葉さん、こんな時間に。今日は学校サボったの?」


ナオが脳天気な声で不思議そうに稲葉を覗き込みながら言う。


「不良学生みたいな言い方やめてよ。今日は午前中で終わりだったんだ。」


稲葉は少し口をとがらせ気味に言い返す。


「ラビット、行かないの?」


子供みたいにナオは小首をかしげて聞いてくる。

稲葉はドキリとして一瞬言葉を詰まらせた。


「行くけど、・・・・・ちょっとここのコーヒー飲みたくなったからさ。」


「え〜。マスターのコーヒー飲みたがるなんて珍しいお客ですね。」


「いやいやいや。マスターに聞こえるから、ナオちゃん!」



“あれ?”



不意に妙な視線を感じて稲葉は辺りをぐるりと見渡した。

店内には5〜6人の客がパラパラといるだけ。

それぞれに新聞を読んだり携帯を見ていたりするだけで、特に怪しい感じではなかった。


“何だかやけに粘っこい視線を感じたんだけど・・気のせいか。”



その時稲葉の携帯の着信音。宇佐美からだった。


めずらしいな・・・。


ナオが気をきかせてカウンターの奥に引っ込んだので稲葉はその場で電話に出た。


「はい?」


『ごめんね、今学校?』


「いえ、今日はもう終わりなんで。」


いつもより宇佐美の声が沈んでるように聞こえた。


「どうしたんですか?」


『・・・どうしたって事もないんだけど。』


「え?何でもないのにかけてきたんですか?」


『いや、何でもなくもないんだけど。』


「だから何なんですか。」


『李々子がね・・・。」


「え?」


『李々子がいないんだ。』


「いないって、どういうことですか。」


稲葉は携帯を持つ手に力を入れた。


『今朝事務所に来なかったんだ。携帯にも繋がらない。

自宅の電話も留守電のままなんだ。で、稲葉、何か知ってるかなと思って。』


「宇佐美さんが知らないのに僕が知ってるわけないでしょ?」


そう言った自分の言葉に少しトゲがあるのを感じて稲葉はドキリとした。


『そう・・・。うん、ならいいんだ。ごめんね。じゃあ。』


「あ、ちょっと待って。じゃあって何!」


『え?』


「探しましょうよ李々子さん。」


『探すって、どこを? いいよ、子供じゃないんだから。』


「子供じゃないから危ないってこともあるでしょう!」


『・・・・・。』


「あ〜〜。もうもうもう!今から行きますから。すぐ行きますから!」


稲葉は急いで支払を済ませると店を飛び出した。






それから一時間後、宇佐美と稲葉は李々子のマンションのドアの前に立っていた。

急かすようにじっと宇佐美を見つめる稲葉。

いつになく参ったような表情の宇佐美。


「ほら、早くベル押してくださいよ、宇佐美さん。

李々子さんのこと心配なんでしょう?まったく素直じゃないなあ。

こんな時は顔に出したっていいんですよ。」


宇佐美はほんの少し真面目な表情で稲葉をじっと見たあと、クスッと笑った。


「何? 今笑ったでしょう。何がおかしいんですか!」


「いや、ごめん。笑ってない、笑ってない。」


「笑ったでしょ?ぜったい笑いましたよ!」


「いや、だって、稲葉・・・・・、まあ、いいや。」


「いいって何ですか!気になるじゃないですか。大体あなたはねえ・・・」


何か吹っ切れたのか稲葉の話の途中で宇佐美はベルを押した。


けれどやはり反応は無い。


がっかりした表情の稲葉と一瞬目を合わせた後、宇佐美はゆっくりドアのレバーを引いてみた。



「あ、開いた。」


「へっ?何で?」


もう一度顔を見合わせた後ふたりはそっとドアを開けて中の様子を覗いてみた。

ワンルームなので玄関から中の様子はほぼ見渡すことができた。


「・・・・・。」


息をのむ稲葉。


部屋の中は引き出しという引き出しが全て開けられ、

クローゼットの中のバッグ類も床に散乱してひどい状態になっていた。


「宇佐美さん・・・、これ。」


「李々子のやつ、散らかしたな。」


「違うでしょ!

これは明らかに空き巣か何かでしょう!何か犯罪に巻き込まれたのかもしれない。

こんな時に冗談言うのやめてもらえますか?」


すごい剣幕で噛みついてきた稲葉に少し圧倒されながらも宇佐美は苦笑した。


「落ちつけって、稲葉。お前は何ですぐそう興奮すんだよ。」


「だって部屋が荒らされてて李々子さんがいなくなっちゃったんですよ?

心配じゃないんですか?あなたは。」


「心配して取り乱したら何か解決するの?」



稲葉は振り返る。



宇佐美は部屋には入らず、注意深く部屋の様子を観察していた。

その横顔は落ち着いていたが真剣だった。



心配してないはずないじゃない。



稲葉は自分の携帯に電話をかけてきたときの宇佐美の声を思い出していた。



「稲葉。」


宇佐美が急に振り返ったのでじっと見ていた稲葉は少しうわずった声を出した。


「はい?」


「帰ろ。」


「え?・・・だって、警察に連絡するとか・・・。」


「うん、とりあえず帰ろう。テーブルの上に事務所の鍵があった。

忘れて行ったんだ。李々子が入れないで困ってるかもしれないだろ?」


そう言って少し笑った。


「・・・・。」





稲葉は思った。


ある特殊なカンというものが探偵業をしていたら身に付くのだろうか。

それとも長年一緒にいる人に対して働く能力なのだろうか。


李々子は事務所の前にいた。


ドアの前の廊下を挟んだ壁にしゃがんでもたれかかり、膝をかかえて子供みたいに眠っている。


宇佐美と稲葉は無言で目を合わせると安堵の息をもらした。



「李々子さん、起きてください。」


稲葉が肩を揺すると李々子は眠そうに目をこすった。


「ん・・・・?あれ?二人ともどこいってたの?」


「どこ行ってたのじゃないよ、ばか李々子。

お前探しに行ってたんだよ、マンションに。

まさか昨日帰らずに一晩中飲んでたのか?酒臭いぞ?」


宇佐美が少し声を荒げて言うと、李々子は悪びれる様子もなくニッコリ笑った。


「怒んないでよ。家にいると落ち着かないから友達と飲みに行ったの。

そしたら盛り上がっちゃって気がついたら朝。電話しようと思ったのよ?でも電池切れちゃって。

仕方なくここに来たら鍵もなかったの。」


「お前は普通の会社員だったらすぐクビにされるな。」


鍵を開けながら宇佐美はあきれ果てたように溜息をついた。


「なんだ、もっと怒られるかと思った。」


「彼女だったら怒ってる。」


「あら残念。」


「で、お前んち、空き巣入ってたから。」


「え?」



ついでのようにさらりと言ったので李々子はキョトンとして宇佐美を見た。


「そうなんですよ李々子さん!部屋がすごく荒らされててね。

何か取られたものないか、すぐにチェックした方がいいですよ。

あ、もしかしてこの前言ってたストーカーの仕業だったり・・・」


「稲葉!」


稲葉の言葉を少し慌てて宇佐美が遮った。李々子に見えないように指を口に当てる。


「・・・・・・。」


稲葉はハッとして言葉を飲み込んだ。

李々子をチラリと見ると青ざめた顔で壁を見つめている。



「ま、とにかく入ってお茶でも飲もうよ。

後で李々子は稲葉に送ってもらったらいい。稲葉、君に貸すから。」


無言でうつむきながら事務所に入っていく李々子の後ろ姿を見ながら稲葉は横にいた宇佐美を見た。


「ごめんなさい。」


宇佐美は小さく笑う。


「ああ見えて臆病なんだ。李々子は。」


怖がらせないように宇佐美は極力さらりと言ってのけていたのだ。

稲葉は改めてそれに気付いて自分が情けない気持ちになった。



「あれ?」


事務所に入るなり宇佐美が声を出した。


「え?どうしました?」


稲葉と李々子は不思議そうに宇佐美を見た。

宇佐美は何か考えるような仕草で部屋の中をぐるりと見渡した。

稲葉も思わず同じように部屋を見渡してみる。


「どうかしたんですか?」


稲葉がいぶかしげに聞いた。


「・・・何か違和感があったんだ。ねえ、李々子。何か感じなかった?」


「え?・・・ううん、全然。」


李々子が首を振って答えたので宇佐美もそれ以上何も言わずにソファにゆっくり座った。

けれどまだ何か腑に落ちない表情を浮かべている。



「あ!」


次に声を上げたのは李々子だった。


二人が振り返ると李々子は自分が開いたままにしていたノートパソコンの画面から一枚のメモをゆっくり剥がして二人に見せた。


「何?」稲葉が駆け寄った。


大判のクリーム色の付箋に赤い文字が書いてある。

付箋も赤いマジックも李々子の机の上にあったものだ。

けれどその文字はここにいる誰のものでもなかった。



「・・・“赤いバッグの中”。」



文字を読んで稲葉は宇佐美と李々子の顔を見た。

李々子は何のことか分からないと言った表情で稲葉を見返した。



「李々子・・・。」


しばらくその文字をじっと見つめていた宇佐美はゆっくり李々子の方を向くと静かに言った。



「今夜はここに泊まってもいいよ。」



これは・・・・。



稲葉はゴクリと息を呑んだ。




               (つづく)


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