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0.03秒の悪魔 第4話

「え?だって李々子さん、いっしょに来なかったでしょ?」


李々子はこくんと小さく頷いた。


「でもネイルサロン行った後ね、まだシロちゃんがいるかと思って3階に行ってみたのよ。

エレベーター降りたらすごく目立って見えるところにあったから・・・つい。」


「李々子。」


宇佐美の声に李々子は不安そうに振り向いた。


「覚えてるのか?そのモニターを見た後に最初に聞いた言葉を。」


李々子は首を横に振った。


「でもその言葉はわかる。この中にはいってるの。」


そう言って李々子は自分の携帯を取り出した。


「携帯に?どうして。」


「モニターをボーッと見てたら電話の着信に気付かなかったらしくって

留守録にメッセージが入ってたの。

だから・・・それを聞いた。」


「誰から?」


「飲み友達の社長から。昼間っから酔っぱらってふざけてかけてきたみたい。」


「ああ、あのタコ社長ね。・・・貸して、携帯。」


「どうして?」


「聞くから。」


「どうしてよ。」


「いいから貸して!」


李々子は少し戸惑いながら持っていた携帯を宇佐美に渡した。

いつになく真剣な目でやり取りする二人を稲葉はただじっと見ていた。


「ねえ、諒、どうするの?」


宇佐美は留守録の再生ボタンを押して携帯を耳に当てる。


ほんの少しの沈黙。


しばらく静かに聞いていた宇佐美は急にくっくっと笑い出した。


「どうしようもない酔っぱらいだな。・・・よりによってこのセリフかよ。」


そう言ってパタンと携帯を閉じた。


宇佐美は携帯をデスクに置くとゆっくり李々子に近づいて向かい合った。

李々子も宇佐美を見上げる。



「何する気?」



「最初の言葉を今、君に言う。」



「・・・・・」



李々子は2、3歩後ろに下がった。


「やめてよ・・・。イヤよ、絶対にイヤ!」


「大丈夫だって。他の場所で聞いたらもっと怖い事になるよ?」


「だって・・・。」


李々子はチラリと助けを求めるように稲葉を見た。

けれど稲葉はどうすることも出来ずに立ちすくんでいた。


「だって私、何するかわからないのよ?」


「俺は大丈夫だから。稲葉だっているしね。」


「・・・・・。」


李々子は少し怯えた目で宇佐美をじっと見上げると、小さく頷いた。


宇佐美はホッとしたように笑った後、もう一度李々子に向き直った。



一瞬の沈黙。

そして宇佐美はゆっくりその言葉を言った。



「愛してるよ、李々子。」




李々子の瞳が大きく見開かれた。明らかに何かに反応している。

宇佐美はじっとその目をみつめていた。



李々子の両腕が微かに振るえながらゆっくり宇佐美の方へのびていく。


綺麗な細い指がその首に触れた。


それでも宇佐美はじっと動かずに李々子を見つめている。

稲葉は呼吸するのも忘れ、その場に固まってただ見つめていた。


しっかりと李々子の両手は宇佐美の首を捉えた。

小刻みに震えている。

見開かれた目。

呼吸が乱れる。


その指先に力が入っていく。


宇佐美はほんの少し苦しそうに目を細める。


稲葉はハッとして体を身構えた。


けれど・・・。



李々子の手はそのままゆっくり宇佐美の背中にまわされ、


強く強くその体に抱きついた。



「ほら。 大丈夫だ、李々子。 よくやった。」



宇佐美は優しく笑ってその髪を撫でた。

李々子は抱きつくと言うよりしがみつくようにして宇佐美にくっついたまま震えている。


「怖かった・・・。」


「がんばったね。笹倉の暗示に勝ったんだよ、君は。

人間はロボットなんかじゃないんだ。」


李々子は宇佐美を見上げてポソッとつぶやいた。


「勝った?私あの男に勝ったの?」


「そう。君の勝ち。」


そう言ってニコッと笑ってみせた。



「宇佐美さん。」


稲葉は少し目を潤ませてホッとした顔で二人を見た。


「僕、行って来ます!負けたままじゃ終われませんからね。

モニターぶっ壊してあの男を警察につき出してやりますから!」


そう言って録音テープを掴むと勢いよく部屋を飛び出していった。


「モニター壊しちゃダメだぞ〜、稲葉〜!」


きっと聞こえないだろうなと思いつつ宇佐美は少し笑いながら叫んだ。


「行っちゃったな。うさぎって言うよりイノシシだよあいつは。熱意だけは人一倍なんだけど。」


宇佐美はため息まじりにつぶやいた後李々子を見おろした。


「ねえ、もう離れてもらっていいかな?」


李々子は前よりももっと腕に力を入れてしがみついた。


「いや。」


宇佐美は困ったようにもう一つため息をついた。





数日後、笹倉は警察の事情聴取を受けたが事件との直接的な因果関係が証明されなかったためすぐに釈放となった。


けれどその夜、宇佐美の元に彼が例の症状を起こした知人に襲われ、病院に運ばれたという連絡が入った。




それから一ヶ月後。




「やっぱり神っているんですかね。」


夏休みに入り顔を出すことが多くなった稲葉が資料整理しながらポツリとつぶやいた。


「え?何?」


柄にもない稲葉の言葉に半笑いで宇佐美が振り向く。


「何の罪にも問われない笹倉にすっごくムカついてたけど、自分がその罠にはまったわけでしょ?

天は見てるんですね。」


「そうかもね。」


「それにしてもあれ以来その事件、起きませんね。何ででしょう。

やっぱりみんな隠してるんでしょうか。」


「いや、もうたぶん大丈夫だと思う。」


「え?なんで?」


「人はロボットじゃないからね。忘れる生き物なんだよ。」


「・・・・あ、そうか。」


「潜在意識にしても時間に比例して薄れていく。暗示より自分を制御する力が勝っていくんだ。」


「そうですよね。ああ、そうかそうか・・・・・・あれ?でも、それだったら・・・・。」


稲葉はチラリとパソコンに向かっている李々子を見ながら宇佐美の耳元でつぶやいた。


「李々子さんにあの時あの言葉言わなくても良かったんじゃないですか?」


「そうかな。」


宇佐美はきょとんとして稲葉をみた。


「そうですよ。だって・・・・・・言われませんよあのセリフは。」


「言われないかな。」


「言われないでしょ。」


「そうかぁ。」




「そうかぁ、じゃないでしょ!!」


ギクッとして二人が振り返るとすぐ近くで李々子が腕組みをして立っていた。


「え・・・、あ、聞こえてました?」慌てまくる稲葉。


「目だけじゃなくて耳もいいのよ私。」


李々子は腕組みしたまま次第に小さくなる稲葉を見おろしてニヤッと笑った。


「失礼よね。私だって捨てたもんじゃないのよ。

そうね〜、先ずあの電話をかけてきた社長は一番に危なかったわね。」


ブッと吹き出すように宇佐美が笑い出した。


「ああ、ありえる。あの社長はあぶないね。」


「なるほど!」


稲葉もポンと手を叩いた。


「それにねぇ。」

李々子は笑っている宇佐美を見ながら少し表情を柔らかくしてポツリと言った。



「他の人だったら私、殺してたかもしれない。」



稲葉はハッとして李々子を見た。


宇佐美も笑うのをやめた。



そのほんの少しの沈黙に照れたように李々子はエヘと笑って時計を見た。


「3時だわ。よし、休憩ね。私“鳳凰”に行って来ま〜〜す。じゃあね!」


李々子はポーチを持つといつものように元気良く手を振って部屋を出ていった。

残された二人はゆっくり顔を見合わせてクスッと笑う。



「ねえ、宇佐美さん。・・・3時の休憩なんてあったんですか?」


「さあ。初めて聞いた。」


「ですよね?」


そう言って二人はもう一度小さく笑った。



                 つづく(『0.03秒の悪魔』終)

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