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0.03秒の悪魔 第3話

「シロちゃん!?・・・どうしたの? ねえ。ナイフ・・・・危ないよ?」


稲葉に李々子の声が届いていないのはすぐにわかった。

ちらりとも視線を外さずに宇佐美を真っ直ぐ見つめている。

その表情には何の感情も現れていなかった。

ただ何かに取り付かれたように少しずつ宇佐美に近づいていく。


「稲葉にナイフ向けられるの、2回目だな。」


「ジョーダン言ってないで逃げてよ!シロちゃんおかしいって!」


「逃げろって言われても・・・。」


宇佐美は一、二歩窓際に体を退いた。


けれどもそれを合図にしたかのように稲葉はナイフをしっかりと握ったまま宇佐美に襲いかかってきた。


“バシン”という大きな音。


宇佐美が身を翻した所に稲葉が倒れ込んできた。そして李々子も。

李々子が稲葉に体当たりしてきたのだ。

持っていたナイフはその弾みで部屋の隅にはじき飛ばされ、

倒れたとき打ったのか稲葉は頭を抱え込んで動かなくなった。



李々子は稲葉の上に乗ったまま宇佐美を見上げた。


「ねえ・・・これって。」


宇佐美はゆっくりとしゃがみ込むと目を閉じたまま動かない稲葉をじっとのぞき込んだ。


「うん、同じだ。」


「どうして?ねえ、何でシロちゃんまでなっちゃうの??」


李々子は身を乗り出すようにして宇佐美に詰め寄った。

けれどそれも稲葉の体の上。


やがて「んん・・・」と小さく呻いて稲葉は目を開けた。


「り・・・李々子さん・・・。」


「シロちゃん!」


「・・・・重いです。どいてください!」


「あ、ごめんね。」慌てて李々子は稲葉の体から飛び降りる。


宇佐美は床の上に体を起こして座り込んだ稲葉に静かに話しかけた。


「稲葉。今自分がやった行動を覚えてる?」


「やったって・・・僕何かやらかしました?」


稲葉は少しボーッとしたまま、無言で自分を見つめる二人を代わるがわる見た。

そして、部屋の隅に不自然に転がっているナイフを見つけた。


「・・・いやだな二人とも。・・・ウソでしょ?

ボク、何もしてないですよね? ね?」


李々子はゆっくり稲葉の横にしゃがみ込んで小さい子に言うように話しかけた。


「大丈夫。だれも怪我しなかったから。ね。」


稲葉は絶句したまま血の気の失せた顔で二人を見た。何か言おうとするがショックが大きくて言葉が出てこない。


「それはいいんだ。君のせいじゃない。

重要なのは俺たちに必要なカギを君が持っていると言うことだ、稲葉くん。」


宇佐美は稲葉の目をのぞき込んだ。


「カギ?」


「よく思い出して。君にこの数日間の間に起こった出来事を。

なにか変わった事はなかった?あるいは妙な物に触れたとか口にしたとか。

場所に関してはどう?あの地図を思い出して、重なるところはない?」


「重なるところ・・・・。ガイア・・・だ。

ボクはあの駅には行ってないから重なる所はガイアしかないよ。」


「よし。じゃあ、ガイアに入ってからの行動を全て思い出してみて。」


稲葉は斜め上に視線を向けて必死にその日を思い出していた。


「3階にこの辺ではかなり大きなゲームショップがあるんです。

だから真っ直ぐエレベーターで3階に上がって・・・。

エレベーターを降りたところがすぐショップだったんで他の場所は見てません。

そこで20分くらいウロウロして・・・。

でもやっぱり油売ってる場合じゃないって思ったんでまたエレベーターに乗ろうとして・・・。あ、そうだ。

そしたら笹倉さんの言ってたお店がすぐ横にあったんでちょっとその前を通ってみたんです。」


「笹倉に?何て言われた?」


「無料になるから暇なら行ってみてって。もちろんエステとか全然興味なかったんで入りませんでしたけど。

お店の前に大きなモニターがあってそのお店のCMしてたんでほんの少し見て・・・で、そのあとは・・・・」


「!」



宇佐美はいきなり立ち上がってアドレス帳をめくり電話をかけ始めた。

李々子が飛びつくように電話のスピーカーホンを押す。


コールが途切れると宇佐美が話し出すよりも先に落ち着き払ったあの声が聞こえてきた。



「何か面白いことでも起こったかい?宇佐美くん」


「まさか、あんたなのか?笹倉」


「まさかって?」笑い声が混ざる。


「他に誰がこんな事できる?自然発生したとでも思ったかい?」


「ちゃんと答えろ!」


「フン。いいね。だんだん君らしくなってきた。

さあ、もう解ってるんだろ?君には。電話をかけてきたところを見ると」



「サブリミナル・・・」



電話の向こうで甲高い笑い声。


「半分正解。

さて、偽科学と言われたサブリミナルでどうやって人を操れるのでしょう。

シンキングタイムだ、宇佐美くん」


からかうような口調でカウントを取り始める笹倉。


じっと聞いていた稲葉は拳を握りしめて今にも電話機をたたき壊しそうな顔つきになっていた。


「あんた・・・見つけたのか?第二の知覚野を」


「ご名答。

だから私が作った映像をどんなに捜査員が解析したって何の証拠も出てこない。

私は見つけたんだよ。

大脳皮質視野が感知できる閾値を下回る0.03秒の信号を認識し、どの伝導路よりも素早く伝わる未知なる知覚野をね。

今までの子供だましのサブリミナルとは似て非なるもの。

映像に混在するのは映像ではなく、直にシナプスに伝達する電気信号なんだ。

組み立てられるのも解析できるのもこの世に私しかいない。警察は犯罪の裏付けさえできない。

つまり、完全犯罪だよ、宇佐美くん」



宇佐美はちらりと稲葉を見た。

稲葉は大きく頷くと素早く携帯を取り出しガイアの管理事務局にダイアルした。


スピーカーからはまだあの勝ち誇ったような笑いが続いている。


「もうひとつ言っておかないとね。

君は私の研究のテーマがおかしいと指摘したけれどやはり間違ってなかったよ。

証明されただろ?

人間は機械と同じなんだよ。神が作った精巧な玩具。

信号でどうにでも操れるロボットなんだよ。

なあ、そうだろう?宇佐美」


宇佐美は静かに話しかけた。


「笹倉。残念だよ。その頭脳をそんなふうに使うなんて」


「負け惜しみにしか聞こえないね。どう使おうと私の勝手だ。

・・・そうだ、教えてあげようか?

何をきっかけに信号を受け取った人間が変貌するのか」


電話の途中の稲葉も少し青ざめて聞いていた李々子もじっとその言葉に集中した。


「その映像を見た後に最初に聞いた言葉さ。

本人が忘れていてもそれと同じ言葉をどこかで聞くとそれを言った人間に殺意が沸くようにプログラムされている。

どう?面白いでしょ?

その言葉と同じ言葉を、誰が、いつ言うのか。

翌日か、半年後か、10年後か。わくわくするね。

時限爆弾を持った人間がこの街にどれくらい居るんだろうね」


「笹倉!!」


けれど耳障りな笑いを残してそのまま電話は切れた。


「宇佐美さん、ダメだ!」


携帯を掴んだまま稲葉が泣きそうな顔で飛んできた。


「電話じゃ信用してもらえないんです。あんた誰だとか言って。

ボクすぐにガイアに言ってモニターぶっ壊してきます!」


「バカ、君が捕まるよ。俺が行く。そして警察だ。

とりあえず笹倉を野放しにはしていられないからな」


そう言って宇佐美はさっきの会話の録音テープを電話機から抜き取った。


「李々子、お前は笹倉の自宅を・・・・・」



宇佐美は先程からやけに大人しい李々子を振り返って言葉を詰まらせた。

顔が真っ青だった。手で口を押さえたまま何かに怯えたように立ちすくんでいる。


「李々子? どうした。気分でも悪いのか?」


李々子はゆっくりと視線を宇佐美に合わせると小さな声でつぶやいた。



「どうしよう・・・私も見ちゃったの。あのモニター」




            (つづく)


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