プロローグ ~ある勇者の人生 序章その2~
“あの日”から、3年が経過していた。
俺は家から出ることができずにいた。
家の外に出れば、何が起こるか分からない。
それに、“あの日”以降、どうにもやる気が出なくなってしまった。
今でもたまにあの光景が頭に浮かんで、気が狂いそうになる。
“あの日”出会ったあの謎の魔物。
後で聞いた話によると、あの魔物は『キノコの主』と呼ばれるかなり珍しい魔物で、あの森はもちろん、この村がある国では目撃情報は一切ない魔物らしい。
だからあの森にあの魔物が生息しているはずはないので、俺が『魔物創成』であの魔物を生み出してレイドを殺したのではないかという疑いまでかけられた。
そのせいで、レイドのお母さんに「人殺し」「息子を返せ」なんてことも言われた。
しかし、俺がスライムしか生み出せないと判明したため、疑いは一応晴れたが、レイドのお母さんはあれから家に来ることはない。
“あの日”から、本当に何もしていない。ただ1日が終わるのを待つだけの日々を過ごし続けている。
『ギフト』の訓練も、筋トレも、剣術の訓練も、何もだ。
俺は、勇者になることを諦めてしまった。
レイドを死なせてしまった罪悪感と、死の恐怖が、未だに俺をつかんで離そうとしない。
ここ最近、夢をよく見るようになった。
“あの日”と全く同じ内容の夢だ。
しかし、視点が違う。
夢で見ているのは、レイドの視界だ。
どれだけ『命令』しても、スライム砲を使っても、倒せる様子が無く。
最終的には、あの魔物に顔を食いちぎられる。
そして、視界の奥には、何もできずに逃げていく俺の姿が見えて。
いつもそこで目が覚める。
「ハァッ!? フゥ――、フゥ――」
今日もこの夢で目が覚めてしまった。
全身脂汗で気持ち悪い。
寝汗びっしょり、最高に気分が悪い状態での目覚めだ。
そして、いつもどうしようもない後悔をする。
どうして、もっと強くなれなかったのか。
俺がスライム以外にもっと強い魔物を生み出せていれば、レイドは死なずに済んだんじゃないか。
俺がキノコを採りに行くのを止めていれば良かったんじゃないのか。
俺自身が、あの魔物を倒せるほど強ければ、こんなことにはならなかったんじゃないか。
そんなことばかり考えてしまう。
俺は未だにスライム以外の魔物を生み出せない。
俺自身に才能が無いんだろう。
もっと強い魔物を生み出すことができればと、何度考えただろう。
しかし、現実にはその願いは叶いそうにない。
「…………グゥゥ――――ッ! ――――ッ! ――――ッ!」
虚しさのあまり、布団に拳を叩きつける。何度も、何度も。
レイドの助けを求める声が聞こえてくるのに、俺は何もできない。
自分が情けない。
「づよぐ、づよぐなりだいッ!」
強くなりたい。強くなりたかった。
ドラゴンやリッチー、デュラハンみたいな、ボス級モンスターを生み出せれば、レイドだって生きていたはずなんだ。
もしくは、俺自身が強ければ、あの魔物を倒せたはずだ。
しかし、そうならなかった。
「――――ッ! ――――ッ! ――――ゥガアアアッッ!」
強くなりたい。
そんな思いは、叶うことはなく――――
◇◇◇◇◇◇
「…………ん。朝、か……」
脳が規則正しい起床を促し、勝手に目が覚める。
だるい身体を起こし、カーテンを開けると、いきなり目を焼くような眩しい光が差し込んできた。
思わず手で光を遮りながら目を閉じる。
今日もまた、無味な一日が始まろうとしていた。
「はぁ……、だるい。寝よう」
だが、俺は一日の始めを先送りにする選択を取った。
規則正しくこのまま起きる方が、健康にはいいだろう。
しかし、正直言って健康なんてどうでもいいし、このまま起きたところで怠惰に過ごす時間が数時間増えるだけだ。
それならまだ、二度寝して時間を潰す方がマシだろう。
カーテンを閉め直し、ベッドに再び横になる。
そして、掛け布団をかぶろうとしたところで――――
「…………おはようございます」
そいつと目が合った。
「うわあぁぁあああっ!?」
思わず飛び上がって、壁まで身体が逃げてしまった。
俺の部屋に、見知らぬ誰かがいる。
その非現実的現実が俺を困惑させる。
「えっ、えっ、ダレェ!? 不審者!?」
「落ち着いてください、我が主。私は不審者などではありません」
「いやっ、でもねぇ……」
俺はそいつの全身を確認した。
全身、黒、いや紫だろうか。近い色で例えるなら、茄子のような暗い紫色の鎧を着た人間だ。
鎧の色を茄子で例えるのは鎧を作った人に失礼だとは思うが、ボキャ貧の俺には茄子しか例えが出てこなかった。
しかし、どっからどう見ても。
「やっぱり不審者なんだよなぁ……」
「違いますよ。私はあなた様に生み出された存在です。」
「……はぁ?」
俺が生み出しただって?
いや、俺スライムしか生み出せないはずなんだけど。
何、新手の詐欺?
「それに、アンタどう見ても人に見えるんだけど。魔物には見えませんが」
そう、俺のタレントは魔物は生み出せても、人や魔物に分類されていない動植物は生み出せない。
だから、目の前にいる人を俺が生み出したというのはありえない。
「いや、私はちゃんと魔物ですよ、ホラ」
そう言うと、全身鎧のそいつは、突然頭に手をかけ。
首から頭を取り外した。
「…………、ッ!? うわあぁぁあああああああッッ!?」
人の体から、突然首が取れたことがあまりにも現実味がなさ過ぎて、何が起こったのか一瞬理解できなかった。
理解した瞬間、恐怖が俺を襲う。そりゃそうだ、目の前で突然人の頭が首から取れたんだから。
だが、これでまずこいつが魔物だということは分かった。
「デュラハンか……」
デュラハン、首無し騎士とも呼ばれるアンデッド系の魔物だ。
スケルトンや屍人とは違い、かなり上位種の魔物だったはず。
スライムしか生み出せない俺が、そんな魔物を生み出せるわけがない。
「やっぱり信用できないな、どう考えても俺がデュラハンなんて上級の魔物を生み出せるわけが――――っ、あ、あれ?」
こいつを問い詰めるためにも、一度ベッドから降りようとした。
しかし降りた瞬間、体から平衡感覚が失われ地面に手をついてしまった。
全身から冷汗が出てくる。
起き上がろうとするが、上手く力が入らない。
「な、んだ、これ……っ。まさか、お前の仕業じゃ――――」
「い、いえ、そんなことはありません! それよりも、大丈夫ですか!?」
「これが大丈夫に見えるか……ッ」
マズい、体に力が入らないぞ。
全身が、まるで糸が切れた操り人形のように全く動かない。
……この症状、前にも一度だけ経験したことがある。
『魔力枯渇』になったときに出る症状だ。
昔、どこまでスライムを生み出すことができるのか、自分の限界を試したことがある。
そのときは、まだ魔力の総量が少なかったので、5匹生み出したところで魔力が枯渇し、今と同じ状態になった。
あれ以来、魔力枯渇にならないように気を付け、時間がたつと総魔力量も増えたので、魔力枯渇のことを完全に忘れていた。
しかし、一体どうして急に魔力枯渇になったんだ。
俺はなにも魔力を消費するようなことは――――
――――そうか、デュラハンを生み出したからか。
俺のギフト『魔物創成』は、魔力を消費して魔物を生み出すことができる能力。
今まで試したこともなかったが、というか試せなかったのだが、強力な魔物を生み出すのに比例して消費する魔力が増えてもおかしくはないだろう。
「わ、分かった、お前が俺が生み出した魔物というのは認める……。だから、早く助けろ……っ」
「し、失礼しましたッ!」
俺が助けを求めると、デュラハンはすぐに俺の体に手をまわし、支えながらベッドまで体を起こしてくれた。
ベッドに横たわると、幾分か楽だ。
そのまま、デュラハンに話しかける。
「まず、お前のことを教えてほしい。正直、お前に関しての情報が何もないのは、会話する上で非常に困るからな」
「それもそうですね、失礼いたしました。ではまず自分の自己紹介から。私の名前は――――、……えと、名前は――――」
「そうか、俺が生み出したんだから、名前はないのか。そりゃあすまん」
「いえ、そんな、あなた様が謝るようなことではありませんよ!」
しかし、名前が無いのは困ったな。
今まで多くの魔物、もといスライムを生み出してきたが、その1匹1匹に名前を付けたことなんかない。
考えてみれば、名前が無いのは当たり前だ。
ここは、創造主たる俺が責任をもって、このデュラハンに名前を付けなければいけないな。
「……『アストラル』。いや、そこからとって『アトラス』という名前はどうだ?」
「『アトラス』ですか? そんな素晴らしい御名前を頂けるなんて、よろしいんですか?」
「もちろん。気に入らなかったら、別のを考えるけど」
「そ、そんな滅相もない! こんな素晴らしい名前を頂けるなんて、私感動のあまり首が吹っ飛びそうです!」
そんな、デュラハンジョークを言ってくる。
『アストラル』は、俺の好きなアニメの主人公の相棒役だったキャラの名前だ。
そこからとって『アトラス』、これからもしかしたら相棒的な存在になってくれるかもしれないという期待を込めてつけた。
「さてと、アトラス。お前どこまで知ってるんだ?」
「……? といいますと?」
「あ、そうか、主語が無かったな、すまん。お前は、この世界についてどれぐらい知ってるんだ。例えば、魔法だとか、魔王だとか」
変な質問だが、これは聞いておかないといけないことだ。
今まで意思疎通が可能な魔物は生み出したことが無いため、一体どれくらいの知識というか、常識を持って生まれてくるのか知らない。
常識に疎い状態で生まれてくるのは当たり前だろうが、正直すでに色々知ってくれているとこっちとしては非常に楽だ。
「そうですねぇ、恐らく大方はすでに知識として得ているものと思われます」
「おお、そうか。それは良かった」
色々この世界について教えるのは流石に面倒だ。
しかし、そうなると一体どうやってその知識を得たのか気になるところではあるが、それは置いておこう。
別に今すぐに知るべきことではないしな。
「さて、では我が主。何をしましょうか」
「……“何を”って、なに?」
言ってる意味がよく分からない。
何をするって、特に何もすることはないはずだ。
「何って、あなた様は“勇者”なんですよね? じゃあ、魔王を倒すために修行とか、特訓とかそういうことはしないのでしょうか」
「そ、れは――――」
とんでもない言葉がアトラスの口から飛び出してきた。
勇者、そう、俺は勇者だ。
だが、もう勇者として活躍することはないだろう。
先月、俺は存在能力試験を受けた。
まぁ、分かりやすく言うと、ステータスを測るだけのものだ。
特殊な魔法が施された紙に触れれば、その紙にステータスがどれだけ伸びるか、どれほどの適性があるのかが印字されるのだが。
俺は、全ステータス「D」だった。
「D」は平均以下の数値だ。
つまり、どれだけ頑張っても魔力も身体能力も他人に劣るということ。
しかも、他人にはない『ギフト』もうまく使いこなせないときた。
正直言って、詰んでいる。
それに加え、俺はレイドの件ですでに終わっている。
「そういうのは、特にないかな。自由にしてくれていいよ」
「そ、そうですか。分かりました……」
俺が勇者として生きていくなんて、ありえない。
◇◇◇◇◇◇
「んぅ…………、朝か…………」
あれから、一週間ほどが経った。
アトラスが今一体何をしているのかは、さっぱり分からない。
今日もまた無意味な一日が始まろうとしていた。
「おはようございます」
「うおっ!? あ、アトラスか……、ビックリさせるなよ……」
だが、今日の始まり方はまたいつもと違った。
一週間ぶりにアトラスが俺の目の前に現れたのだ。
「今日は何の用だ。一週間ぶりに俺の前に来るってことは、何かあるんだろ?」
「ええ、あなた様には今日から勇者になるための修行をして頂きたく、本日その準備を終えましたのでお迎えに上がりました」
「…………なんて?」
聞き間違いか?
勇者になるための修行だって?
「えぇと、あなた様に勇者になるための修行を受けていただきたく――――」
どうやら聞き間違いではないようだ。
「いやいやいやちょっと待て。どうしたいきなり。どうしてそうなった」
「“どうして”と言われましても、あなた様に勇者になっていただきたいだけです」
「そう、そこだ。どうしてそうなる。俺は勇者になんかなりたくもないし、なれないんだ」
「どうしてですか?」
「どうしてって…………」
『ギフト』はスライムしか生み出せない。
全ステータスの適性が平均以下の「D」
こんなのが勇者になれるわけがない。
「ステータス適性が低かったからですか。それとも、ご親友を亡くしてしまったからですか」
「やめろ、それを言わないでくれ」
途端に、頭にあの景色が流れ始めた。
ひどい頭痛が俺を襲い、地面にうずくまる。
全身を冷汗が流れ、目の前が暗くなる。
「そのご親友のためにも、強くなりたいとは思わないのですか」
「……強くなりたいよ。なりたかったよ」
強ければ、レイドを救えたかもしれない。
そんなこと、一体何度考えたことか。
「でも、無理なんだよ! ステータス適性は全部D、『ギフト』も結局スライムしか生み出せない、こんな俺が勇者になれやしないし、なったところでレイドはもう救えないんだよッ!」
「ですが勇者になれば、レイドさんの分も勇者としての働きができるのではないですか?」
「そんなこと、そんなことは分かってるんだよ! でもなぁ――――ッ」
「それに、ステータス適性なんて実際の戦闘に置いて何にも役に立ちませんし、あんなもの無視して強くなれますよ」
…………え?
なんだって?
「私にお任せいただければ、あなた様を勇者として恥ずかしくないレベルにまで強くして差し上げられます。どうですか、これでもまだ勇者になることを諦める気になりますか」
もし、アトラスの話が本当なら、これはこの2度目の人生をやり直せる唯一のチャンスだろう。
…………諦めることなんか、いつだってできるよな。
それなら、この話に乗ってみるべきだ。
「……分かった、教えてくれ。その強くなる方法を」
この日から俺は2年もの間、熾烈な日々を送ることになった。
更新に2か月もかかってしまい、本当にすみませんでした。
受験勉強が上手くいってなく、精神的にまいってしまい、執筆活動のほうもほとんど進まない状況が続いていました。
ですが、何とかまた書ききることができたので、更新しました。





