プロローグ ~ある勇者の人生 序章~
前に一度書いた、主人公アレイスの過去をより細かく書いていく、プロローグを掲載します。
今後の話を書いていくうえで、過去の設定を詳しく書いた方がいいと思ったので、一度本編はストップしてプロローグに力を入れたいと思います。
時間がたったら、1番最初の話に移動させます。
あれは、まだ俺が齢10歳の子供だった頃。
「おいアレイス! 早くこっち来いよ!」
「待ってくれよレイド! なんでそんなに急ぐんだよ!」
俺は2度目の子供時代を満喫していた。
“2度目の”とは、変な言い回しだが、俺の場合確かに2度目なのだ。
どういうことかというと、つまりは“転生”、別人に生まれ変わったのだ。
◇◇◇◇◇◇
前世では何とも怠惰で、つまらない人生を歩んでいた。
小学生時代、何が理由だったかも覚えちゃいないが、かなり酷いイジメにあっていた。
恐らく、俺に何らかの知的障害があったのだろう。小学校に入学してからあまり周りになじめなかった。
そして、小学5年になるころには、いつのまにかイジメの対象になっていた。
結果的に心に傷を負い、ひねくれた性格になり、学業が上手くいかず、大学に何年か浪人した挙句合格できず、フリーターに。
しかし、高校生のときから趣味で書いていた小説が大当たりし、賞を受賞。
そのまま話が進み、書籍化にまで至った。
そして、具体的な打ち合わせのために、会社に出向こうとしたところで……。
『キィィィ――――ッ』
運悪く、交通事故に遭い、そのまま死亡。
ほんの一瞬の出来事だったが、全てがスローモーションに感じられた。
いや、“その記憶”がある状態で生きているから、スローモーションに感じるのか?
まぁ、それはどうだっていい。
ようは、俺の前世はいい人生とはあまり言えるものではなかったのだ。
そして、せっかく人生を変えられるチャンスを掴んだかと思ったらこのザマ。
これで俺の人生終わりかと思うと、本当に反吐が出る。
そう思っていた。
だが、これで終わりではなかった。
気が付けば、俺は見知らぬところにいた。
そして、巨大な男性の顔が俺の目の前まで迫ってきていた。
その男は俺のことを『アレイス』と呼んだ。
しかし、俺は日本人だからもちろん『アレイス』なんていう名前ではない。
すると、今度は別の女性が現れ、その人も俺のことを『アレイス』と呼ぶ。
訳が分からないが、どうして自分が『アレイス』と呼ばれているのかはこのとき薄々気づいていた。
俺の身体の異常だ。
身体が明らかに縮んでいたのだ。
正確に言うと、身体全体の確認は出来なかったが、手は明らかに見慣れた大きさの半分にも満たないほど小さくなっていた。
そう、信じられないが、俺は別人に生まれ変わったのだ。
数年間、別人として過ごし始めて知ったことがいくつかある。
まず、この世界は俺が元居た世界とは、異なる世界のようだ。
その理由は、この世界の生態系だ。
と言っても、俺の家の周りで見える限り、両親が連れてってくれて見える限りの中の話だが。
例えば、鵺のような生物を実際に見た。
鵺というのは、伝説上の怪獣のことで、頭は猿、手足は虎、体は狸、尾は蛇、とかいうダーウィンの進化論ガン無視の生物だ。
まさか実在するとは思わなかったが、鵺が実在することよりも、別世界に生まれてきてしまったと考える方がよっぽど自然だと思う。というか、そう考えたい。
次に、この世界には“魔法”が存在する。
いや、嘘だろ、とは思った。
元居た世界の“物理法則”を完全無視しているからだ。
無から炎や水、風を生み出せるとなると、その技術が現代日本に伝われば多くの問題を解決できる可能性がある。
……と思ったら、どうやら“魔力”というのが存在しているらしく、それをエネルギー源として魔法を使うらしい。
生命エネルギーのようなものだろうか。
極めつけには、特殊能力が存在している。
まるでゲームのような話だが、前者2つで既に前世の常識は通用しないので突っ込むだけ無駄だ。
特殊能力にも種類があるようで、それぞれ『ギフト』と『スキル』と呼ばれている。
『ギフト』は、人類に限れば世界に数十人ほどに与えられる、生まれながら授かる異能のことだ。
『スキル』は何らかの耐性や、ちょっとした技能などのことで、『ギフト』と違って頑張れば誰でも習得可能だ。
さらにさらに、この世界には『魔王』と呼ばれる存在がいて、その魔王の配下の存在を“魔人”や“魔物”と呼ぶらしい。
もはやゲームじゃないか。
そして、『魔王』がいるからにはもちろん『勇者』もいるわけで。
生まれたときに『ギフト』を持っている者は、『勇者』として魔王を討伐する使命を負うことになる。
そして、俺は運がいいのか悪いのか、『ギフト』を持って生まれてしまったらしい。
◇◇◇◇◇◇
そして、この世界に生まれてきて10年。
俺は前世のことが少し思い出せなくなってきた。
日本にいたときに聞いた話でも、前世の記憶は成長するにつれて忘れていくってのは聞いたことがある。
正直、前世のクソみたいな生活より、今の生活の方が楽しいからな。忘れても仕方がないだろう。
「おはようございます。父さん、母さん」
「おお、おはようアレイス! 今日もお隣さんと特訓に行くのか?」
「うん、そのつもり」
この世界での俺の父親、『フォート・クレイブ』。
この世界では、アメリカのように名前の順が名・姓ではなく、日本のように姓・名で並んでいる。
なんでも、貴族のどこの家柄出身かを判別するために、まず姓から名乗る習慣が庶民にも広く根付いた結果らしい。
俺の父親、クレイブは元冒険者らしい。
冒険者とは簡単に言えば傭兵のようなもので、魔物を狩ったり、盗賊を討伐するなどして、街の治安を守る職業だ。
冒険者にはランク付けがされていて、DからSまで存在している。
Dが初心者、CとBが普通の冒険者、Aがベテランといった具合だ。
Sは世界に数十人ほどしかいない“化け物”の集まりで、『ギフト』を持っていないのにもかかわらず、多彩な才能で勇者すらも凌ぐほどの力を持っているらしい。
ちなみに、父クレイブはA級だった。
現在は、冒険者を支援する団体で、戦闘技術を指南する教師をやっているらしい。
それで金が入るのかと思ったが、国からの支援金と、冒険者への仕事の仲介料を、職員をできる限り減らすことで少ない収入でも回せるらしい。
「アレイス、朝ご飯は食べてから行きなさいよ」
「分かってるって」
この人は俺の母親、『フォート・シルフィ』。
彼女も、クレイブと同じく元冒険者だ。
そのランクは、なんと最上の“S”。
一度、クレイブとシルフィ、2人の試合を見せてもらったことがあるが……。
シルフィは武器、防具なし。クレイブは好きな防具と武器あり、とかいうちょっとやりすぎじゃないかとも思うハンデがあったのにもかかわらず。
結果はシルフィが圧勝、しかも開始わずか10秒ほどでだ。
当時の俺は、何が起こったのかすら分からなかった。
さらに父曰く、母一人で1万もの魔物の軍勢をわずか30分で消し炭にしたことがあるらしい。
そんな、通常攻撃が全体攻撃で即死攻撃で∞回行動のお母さんは好きですか?
答えはNOではないだろうが、少なくともYesではないだろう。
もう魔王とか全部この人が倒せばいいじゃん、と思うが彼女はもう戦うつもりはないらしい。
愛する家族と、大人しく余生を過ごしたいらしい。
その愛する息子を危険な世界へ自分の代わりに送り込もうとしているのだから、何を考えているんだか。
「今日も特訓に行くの? 特訓なら私が付き合ってあげるのに……」
「お断りします」
「なんでぇ……?」
母が相手だと、力の差がありすぎて特訓にならない。
軽く朝食を済ませ、着替えをして、昨日準備しておいたカバンを背負った。
「行ってきます!」
「「いってらっしゃい」」
そして、新しい父と母にしばしの別れを告げて、近くの森に向かった。
「おーい、アレイス! こっちこっち!」
森まで行くと、すでに彼が待っていた。
「よし、アレイス。早速いつものやろうぜ」
こいつは俺の幼馴染、レイド。
俺と同じ『ギフト』持ちで、勇者になることが決まっている。
現在の俺より1歳年上だから、11歳だ。
11歳にしては大人びているので、俺ともかなり気が合う。
ちなみに、“いつもの”というのは――――
「『魔物創成』、タグは“液体”で。魔力を込めて……」
タグを設定し、魔力を込めると、俺の前に魔法陣が現れた。
そして、少しの時間がたった後、魔法陣から半透明の楕円形のものが出てきた。
まるでプルプルという擬音でもつくかのようなソレは、オタクならよく知っている存在、スライムだ。
これが俺のギフト、『魔物創成』。
タグを設定すれば、そのタグに見合った魔物を魔力を消費して生み出すことができる。
「よし、《時速100㎞で上空に飛び上がれ》」
レイドがそう言うと、突然スライムが飛び上がった。
そして十数秒後ほど経って、地面に落ちてきた。
これが彼のギフト、『命令』だ。
魔物に対してのみだが、好きな命令を宣言することができる強力なものだ。
流石に、物理的に不可能な命令はできないが、『止まれ』や『ぶっ飛べ』のように、実際に魔物と戦うときに有用な命令ができるだけで十分チート級の性能だろう。
そう、“いつもの”というのは、『ギフト』の練習だ。
こういった異世界転生物のテンプレだ。
生まれてからすぐに戦闘の準備をしておけば、いざ実戦になったときに強大な力を発揮できる。
俺たちも『ギフト』を使いこなせるようにしておけば、『勇者』として申し分ない働きができるはずだ。
しかし、ここ10年このギフトを使い続けてきているが、俺は未だにスライムしか生み出せていない。
正直、焦っている。
せっかく、どんな魔物でも生み出すことができるかなり強い能力を手に入れたのに、スライムしか生み出せないとなれば意味がほぼない。
だから、魔物のみにしか使えないレイドの能力と合わせれば、スライムしか生み出せないという弱点を補えるのではないかと考えたのだ。
色々試したが、スライムを時速100km以上で飛ばして相手にぶつけるという戦い方が、今のところ思いついている戦い方だ。
スライム自体、個体にもよるがその体重は30キロ以上はあることが多い。
小学生が時速100㎞で突撃してきたら相当痛いどころか、骨折するかもしれない。
ようはそういうことをしようとしているのだ。
名付けて、『スライム砲』、なんてな。
「よし、次は110kmに挑戦だ」
「分かった。『時速110kmで――――」
こんな感じでギフトの練習をした後は、大抵は森に散策に行くことが多い。
理由は単純、俺が単に自然の中で食材を手に入れて、それを調理することが好きだからだ。
日本にいたころも、キノコ狩りとか、釣りとか結構やっていた。
今日は魚を釣りに行くつもりだったのだが……。
「なぁアレイス、この前いい場所見つけたんだよ。まだほとんど誰もキノコとってない場所があってさぁ」
「マジで!? この辺りのはほとんど採っちゃったから、もう今年は採れないと思ってたよ」
「誰かに先越される前に行こうぜ!」
レイドの後についていくが、俺たちが住んでいる村から随分と離れたところまで来てしまった。
確かに、こんな森の奥まで来る人は少ないだろう。
しかし、万が一事故に遭ったりしたときにすぐに助けを呼べないところまで、身体年齢10と11の少年たちが2人きりで行くのは少々危ない。
「おいレイド、流石に深いところまで来すぎじゃないか? 暗くなったら、帰り道分かんなくなるぞ」
「大丈夫だって。まだ4時なんだ、暗くなり始めるまであと2時間はある。2時間もありゃ、キノコパッととって、パッと帰れば間に合うだろ」
レイドがそう言うが、正直心配だ。
確かに、まだ暗くなるまでには時間はある。
キノコを採ること自体は30分もあれば終わるだろうから、順調に進めば安全に帰れるのは間違いない。
しかし、この辺りはまだ来たことが無く、どんな魔物がいるかも分からない。
レイドの『命令』と、俺のスライム砲があれば大抵何とかなるだろうが、不意に襲い掛かってこられればどうにもならない。
「一応言っておくが、どんな魔物がいるかも分からないんだ。適度に周りを確認することを忘れるなよ」
「心配性だなぁ。今から行くところは、俺たちの村から10キロも離れてないんだぞ? 出てきたとしても、キャメル・フライくらいしかいないだろ」
キャメル・フライとは、日本のトノサマバッタが3倍くらいの大きさになったような魔物だ。
数十~数百匹の群体で襲い掛かってくるが、所詮は虫なので攻撃範囲の広い魔法を覚えていれば容易に対処できる。
一応、俺もレイドも下級の水魔法を覚えているので、キャメル・フライ相手なら『ギフト』を使わなくてもなんとかできる。
だが、キャメル・フライ以外の魔物が出てきた場合を考えると、やはり心配になってくる。
いくら大人びているとはいえ、レイドはまだ11歳、所詮クソガキだ。
時々、危機感が足りていないと感じる部分がある。
「さぁ、ついたぞ! 見ろよこの大量のキノコたち! ここまで広いキノコの群生地は初めてだろ!」
「うおっ!? こりゃあ……」
しばらく登り続けていたが、辿り着いたところはレイドの言った通り、広大なキノコの群生地だった。
見渡す限り、キノコだらけ。
足の置き場もないぐらい、地面をキノコが埋め尽くしている。
どうしてこんなところに、これほどまでにたくさんのキノコが、しかも様々な種類が、一度に生えているんだ?
いや、そんなことはどうでもいい!
「今日の晩飯は、キノコ料理のフルコースで決まりだ! ひゃほう!」
大人げなく、喜びの声を上げる。
いや、今は子供なんだから、別に喜んだっておかしくないか。
手を伸ばせば、キノコ、キノコ、キノコ。
ここまで一気に採ることができるのは初めてだ。
キノコを採らないと道が無いほど、キノコが生えているなんて、贅沢にもほどがあるだろう。
「なぁアレイス、こんだけキノコあったら、なんでも作れるよな!」
「ああ、そうだな。串焼きに、フライに、キノコご飯」
「バター炒めに、スープに、……ああ考えるだけで腹が減ってくるぅぅ。早く村に帰りてぇ――」
「こんだけあるんだ、できるだけたくさん採って帰ろう」
しかし、キノコ狩りを始めてから30分ほど経過したとき。
「…………ん?」
何か、音が聞こえたような気がした。
気がした、そう、聞こえた気がしただけなのだが。
「どうかしたか?」
俺が一瞬手を止めたことに気づいたのか、レイドが声をかけてきた。
大丈夫だ、と返答するが、違和感が消えない。
『パキ、パキ』
「ッ!?」
今度は、確実に聞こえた。
木の枝が折れる音、地面に落ちた木の枝を踏んでいる音だ。
「おい、レイド」
「どうしたアレイス、なんか変だぞ?」
「“何か”いる」
「えっ」
レイドもどうやら音に気が付いたようで、一気に空気が変わった。
音の主は、どうやらこちらに近づいてきているようで、音が段々と大きくはっきり聞こえるようになる。
キノコを入れたカバンを背中から降ろし、いつでも逃げられるように準備する。
そして、音の主が姿を現した。
「ひっ」
思わず息を呑んでしまう。
その魔物は、体長はおよそ5メートルほどだろうか、いやそれ以上かもしれない。
トナカイの様な体に、まるで人間の様な顔が付いた、歪な姿をしている。
顔は、まるで微笑んでいるかのようだ。
そして、その魔物が歩いたところから、急激な速度でキノコが生えていくのが見えた。
見たことのない魔物だ。
しかし、なんとなくは分かった。
ここは、あの魔物の縄張りだ。
だから、足の踏み場もないほどキノコが生えていたんだ。
レイドに目配せをして、逃げるように合図を送る。
レイドも、流石にヤバいと思ったのか俺の意図をすぐに理解し、荷物を置き始めた。
視線をあの魔物に移す。
「ッ!?」
視線が、合ってしまった。
冷汗が、頬を伝うような感覚がする。
その魔物は数秒、俺を見つめた後。
突如、表情が変わった。
穏やかな菩薩の様な微笑みの表情だったのが、まるで般若の様な怒りの表情へと変貌した。
まずい。
「レイド――――」
咄嗟に声が出る。
その瞬間、奴がこっちに向かって来た!
「《止まれ》!」
だが、魔物はこちらに突撃してこなかった。
レイドが『命令』で行動を止めてくれたのだ。
「今のうちに逃げるぞ!」
俺たちは村に向かって全速力で走りだした。
しかし、魔物もとんでもないスピードで追いかけてきた!
「《止まれ》! く……ッ、《止まれ》!」
レイドが何度も何度も『命令』を使うが、止まるのはほんの一瞬で、またすぐに追いかけはじめる。
このままではすぐに距離を詰められてしまう……。
「《ぶっ飛べ》! ……嘘だろ、これもダメなのかよ!?」
レイドの最終手段も、先ほどよりは怯みが大きかったようだが、結局はわずか数秒の差しかなかった。
もうだめかと思ったそのとき。
「アレイス、スライムをありったけ生み出せ! アイツに全部ぶつけてやる! だからお前は村に助けを呼びに行ってくれ!」
「わ、分かった!」
俺は『魔物創成』で、すぐにスライムを十数匹ほど生み出した。
すぐに出せる量はこれが限界だ。
「頼んだぞ!」
俺は『魔物創成』でスライムを生み出しながら、村に向かってまた走り出した。
後ろから、何かがぶつかったような鈍い音が響いてくる。
俺は走りながらスライムを生み出しつづけ、レイドのもとに向かうように指図した。
流石に、スライム砲でなら何とかなるだろう。
◇◇◇◇◇◇
「ハァ、ハァ」
あれから5分以上走り続け、息もだいぶ上がってきた。
正直しんどいが、まだ村まで10分はかかるだろう。
急がなければ……。
ふと気になって、後ろを振り返る。
「…………嘘だろ」
遠くに見える、トナカイの様な生き物。
間違いない、あの魔物だ。
あの魔物が、まるで暴走列車のように、顔を赤黒く染めながら走ってきている。
「う、うわあぁぁああああああああッッ!?」
身体が恐怖で勝手に動き出した。
捕食者に追われる餌のように。
あの魔物、顔が赤黒く染まっていた。
どう見ても、あれは血だった。
つまり、レイドは……。
(嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッッ!!)
嫌な想像が頭を駆け巡る。
もちろん、レイドの安否もそうだが、現在進行形で俺の命が危険にさらされているのも非常にまずい。
今から全速力で走っても村には辿り着けないし、辿り着く前に追いつかれて終わりだ。
「あぁぁああああああああッッ!!」
死を覚悟し、思わず叫んでしまう。
すると、後ろから何かがぶつかったような鈍い音が聞こえた。
そして、後ろを恐る恐る見てみると、あの魔物が遠くにふっ飛んでいた。
そして、俺の目の前には……。
「大丈夫、アレイス? お母さんが助けに来たわよ!」
「か、母さん!」
俺の母が、仁王立ちしていた。
なんて頼もしいんだろうか。
ほっとすると、気が緩んだのか涙が出てきた。
俺が泣いていることに気が付いたのか、母が抱きしめてきた。
「もう大丈夫よ。怖かったわね。よしよし」
母が優しく頭をなでてくれる。
母の愛情に包まれ、段々と落ち着いてきた。
「あっ、そうだ母さん! レイドが、レイドがッ」
「レイド君がどうしたの!?」
「ここ、この辺りだ!」
母さんが俺を抱きかかえながら走ってくれたおかげで、1分もかからずにレイドと別れたところまで来れた。
急いで母さんの胸の中から降りる。
「あっ、ちょっとアレイス、待ちなさい!」
母さんから静止の声がかけられてが、そんなの聞いちゃいられない。
一刻も早く、レイドを見つけなくちゃいけないんだ!
「レイド、レイドッ」
すると、少し離れたところに人影が見えた。
レイドに違いない。
「レイド――――ッ」
俺は期待しながらその人影のところまで走った。
しかし、その期待はかなわなかった。
「レ――――――」
そこには、レイドじゃない、“ナニカ”が横たわっていた。
服は、レイドの着ていたものにそっくりだ。
だが、顔が無い。
これはレイドじゃない。
いや、認めるんだ。
これはレイドだ。
顔がまるで剝がされたかのように無くなってしまっていて、頭がい骨と脳が露出しているのが見える。
「う、おげぇぇえあげえええええ」
その光景を理解してしまった瞬間、猛烈な吐き気が襲って来た。
胃の内容物がすべて出て、胃酸しか出なくなってもまだ吐き気が収まらない。
そこから、記憶が無い。
気が付いたときには家のベッドで寝ていた。
一瞬、アレはすべて夢だったのかとも思ったが、窓から遠くを見れば、レイドの家の前に多くの黒い服を着た人々がいるのを見て、あのおぞましい光景が現実のものであったことが分かる。
「う、うわあぁぁああああああああ!!」
咄嗟に頭を抱えて叫ぶ。
これは悪い夢なんだと否定するために。
あんなもの、悪い夢に決まっているじゃないか。
そう思いたいが、あのおぞましさをただの夢というにはリアルすぎた。
そのリアルさが、あの光景が現実であったことを証明している。
「アレイスっ」
母が俺の叫び声を聞いたのか、俺の部屋に入ってきた。
俺を思いきり抱き締め、安心していいんだと教えてくれる。
だが、そんなものでは俺の絶望は晴れない。
「ああ、うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ! いやだぁ、いやだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「大丈夫よアレイス、落ち着いて、落ち着いて」
現実に絶望し、泣きわめく俺を、母が泣きながらなだめようとしてくれる。
レイドが、死んだ。
人の死に立ち会う機会は何度かあった。
前の世界では、祖父母の死には直面したし、その体の冷たさも知っている。
だが、何故か死の実感が無かった。
今まで一度も、死を実感できるほど、おぞましい光景を見たことはなかった。
人の体が、原形を保っていない、内臓が丸見えの状態を、映像じゃなく、フィクションでもなく、この目で見てしまった。
レイドが、死んだ。
その事実が重くのしかかる。
そして、この世界は前の世界、日本みたいに安全に暮らしていけるような世界じゃない。
死と隣り合わせであることを、知ってしまった。
「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
この日から、俺は家から出られなくなった。





