第76話 時の管理人と超越者
アレイスが魔法学校で戦闘を始めたころ。
「さて、アレイス君が例の魔物と戦い始めたか。これで少しは退屈をしのげるかな」
時の管理人、タキオンがティーカップを持ちながらそんなことを呟いた。
空中に映し出された映像には、アレイスが苦しみながら流れる記憶を読み取り、今まさに戦おうとする姿が映っている。
部屋はタキオン以外おらず、とても静かだった。
その男が来るまでは。
「……おや、これはこれは、えーと、今は『シャクス』と名乗ってるんだったかな」
突然、時の管理室にドアが出現し、男が現れた。
その男の名は、シャクス。
魔王軍幹部の一人であり、地獄の公爵級の悪魔。
その男が、タキオンの介入なしに、自力でこの部屋に入ってきた。
「……貴様、アレイスに『時を超越する力』を与えたな」
「そうだよ。彼は副次的な結果ではあるが、本来生物ができない現象を起こしてみせた。ただ、そのままでは時間を遡るという超常的現象に彼自身が耐えられない。だからこそ、彼に“力”を分け与えたのだよ」
そう言いながら、タキオンが口にカップを運ぶ。
しかし次の瞬間、そのカップが手持ちを残して砕け散った。
案の定、中身がこぼれ落ち、タキオンの服を汚した。
「……何するんだ。流石の私でも、飲む直前のお茶をカップごと無駄にされたら怒るよ」
ハンカチを取り出し、濡れた服を拭きながら、タキオンがシャクスを睨む。
しかし、シャクスもタキオンを睨み返す。
その眼には、憎悪が宿っていた。
「話が違うぞ、俺の邪魔はするなと言ったはずだ。お前の力をアレイスに分け与えるのは、確かに今回のポイントを突破するのには必要かもしれないが、それでは俺の計画に支障が出ることに変わりはない!」
「安心したまえ、何も君と全く同じ“時を超越する力”を与えたわけではない」
タキオンは、ポケットにハンカチをしまい、ティーカップを口に付け、茶を飲んだ。
いつの間にか、欠けていたはずのカップは元通りになっており、こぼれて服を濡らしたはずの茶は、跡形もなく消え、全てタキオンの胃に収まっている。
カップをソーサーの上に置くと、タキオンは再び話始めた。
「彼に与えたのは、“時が繰り返しても、戻った地点が、彼が魔法学校にいる10月23日以降であれば記憶を保持できる”という極めて限定的な力だ。君の計画には何の支障もきたさないと思うよ」
「それを聞いてすぐに信じられると思うのか? お前がもし嘘を付いていたら、俺の計画が完全に破綻するんだぞ」
「逆に言えば、私が下手をしでかせば私は君に殺されてしまうということだ。そんな状況でわざわざ嘘を付くかな?」
お互いにただ会話をしているだけだが、まるで今現在インファイトをしているかのように、お互いの視線が火花を散らしている。
とくにシャクスの視線は鋭く、通常の人間ならその睨みだけで失神するどころか、昇天してしまうほどの威圧感を放っている。
「……まぁいい。最悪お前が噓を言っているとしても、計画の修正は可能だ。それにしても珍しい、お前が力を分け与えるとは。しかも、微妙な条件で時を巻き戻した奴に」
「今回のは単純に、あの魔物が私の干渉なしに勝手に時を消し飛ばして時間を滅茶苦茶にしていたから、腹が立っていたというのが主な理由だ。まぁ、暇つぶしというのもあるが」
「結局は、お前の暇つぶしというわけか。暇つぶしでやっていい領域じゃないと思うんだが」
シャクスがため息をつきながら、タキオンの対面に用意されていた椅子に座った。
ため息交じりの悪態に、タキオンがクッキーを手に取りながら言葉を返す。
「それを言うなら、君がしていることだって相当なものだろう」
クッキーをかじると、タキオンはその食べかけをシャクスに見せる。
「君がやっていることは、好きなようにクッキーをかじって、それを元に戻すってこととおなじようなものじゃないか。そうだろう?」
「……その例え、よく分からないな」
「分からないかー、勝手にクッキーをかじってそれを元に戻しても、“かじった”という事実は残るってことなんだけどなぁ」
それを聞いたシャクスが固まる。
「……なぁ、君はいつまで挑み続けるんだ。変わらない運命に」
タキオンが、半ば呆れたようにシャクスに尋ねる。
その問いに、シャクスは据わった眼で答えた。
「どこまでも挑み続けるさ。どんなに足掻いたとしても変わらない運命であっても、その運命が変わるまで足掻き続ける。10回挑んでダメなら100回。100回挑んでダメなら1000回。1000回でもダメなら10000回」
「はぁ、すごい根性だね……」
「まぁ、実際諦めないというのは肝心だ。諦めた瞬間に、積み上げてきたもの全てを破棄することになるのだからな」
シャクスもクッキーを1枚手に取り、かじらずに一気に全て口に放り込んだ。
「……君、その食べ方はどうなんだい。凄く行儀が悪いよ」
「食べ方に行儀が悪いもクソもあるか。もう物を食うのなんかどうだってよくなった。食べなくても生きていけるようになってからはな」
少しの静寂が流れる。
「そろそろ帰りたまえ。もう用事は済んだだろう」
「……そうだな」
シャクスが立ち上がると、彼の後ろに突然扉が現れた。
そのまま振り返って、扉を開けようとしたところでシャクスの動きが止まった。
「フォート・アレイスの目には、吾輩のものと同じように、時計の模様が入っているのか?」
「ああ、うっすらとだけどね。それがどうかしたかい?」
「……いや、何でもない」
そう言って、シャクスは部屋を出ていった。
「……さて、そろそろアレイス君がどうなってるのか確認しないとね」
タキオンは、再び画面のアレイスを観始めた。





