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引退した“元”勇者は、戦いたくない ~2度目の冒険を幸せに終わらせるために~  作者: 水谷 輝人
第1章 俺、気がついたらなぜか魔王になってました
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第8話 恋するクーデレメイド

「いやー、今日もつかれたなぁ……」


 特に今日はつかれた。

 アロマに断罪されるわ、勇者が来るわ、ロリコン触手がその勇者を襲うわ、グライドに萌え死にそうになるわ。


「本当に色々あったなぁ」


 そうつぶやいていると、


『コンコン』


 突然、俺の部屋のドアがノックされた。

 一体誰だろう。


「どうぞー」


「失礼します」


 俺の部屋に入ってきたのは、メイド服を着た俺の仲間、ソルトだった。


 俺の仲間の一人、ホムンクルスのソルト。

 主に、魔王である俺の身の回りの家事を任せている。

 ちなみに、着ているメイド服は俺の趣味である。

 奉仕をするならやっぱりこの格好だろう。


「魔王さま、夕食をお持ちいたしました」


 ふと、時計を見てみると、もう7時を過ぎていた。

 時間を忘れてしまうくらい、今日は忙しかったな。


「ああ、もうそんな時間か」


「本日の料理は、本日獲ったばかりのレッドギルのクリーム煮と、今朝庭で採れたレタスを使った新鮮なサラダ、季節の野菜をたっぷり使ったコンソメスープです」


「今日も美味しそうだな。いつもありがとう」


「いえ、これが私の仕事ですので。こちらこそ、お褒めいただき、感謝いたします」


 ソルトが、真顔で言ってくる。

 ホムンクルスである彼女は、感情が全く無いらしく、こうやって感謝の言葉は言うものの、頭の中で理解しているだけであって何も感じていない。

 だから、彼女はいつも無表情だ。


「……もう少し笑ったらどうなんだ? あまりにも表情が冷たいぞ」


 自分の頬を指で押し上げ、笑った顔をしてみせる。

 しかし、彼女はそれでも表情を変えない。


「そうしたくても、表情を変える方法が分かりませんので」


「……そうか」


 返す言葉が見つからず、気まずくなってしまう。

 ……まぁ、とりあえず食べなくちゃな。

 せっかくソルトが作ってくれたんだ。冷めないうちに食べないと。





「ふぅ……今日もとてもおいしかったよ。ごちそうさまでした」


 全てを残さず食べ終え、ソルトに礼を言う。


「お気に召されたようでなによりです」


 ソルトは感謝の言葉を、やはり無表情で返してくる。

 俺としては、いくら話しても相手の表情はずっと無表情なので、少しばかり悲しい気持ちになってしまう。

 どうにかして、表情を変える方法がないかといつも考えるのだが……。


「あ、そうだ」


 でも、そんなソルトが表情を変えてくれる方法がたった一つだけある。

 正しくは、表情は変えないけれど、いつもとは違ったソルトを見れる方法が。


「ソルト、後で俺の寝室に来てくれ」


「寝室ですか? ああ、いつものアレですね」




 ※※※※※※※※




「そこで勇者は叫んだ! おぉ、姫よ。あなたはまるで野原に咲く一輪の美しいバラのよう……。私はその美しさに惹かれてしまいました」


 その方法とは、朗読である。

 ソルトに本を読んでもらうのだ。

 いつもは表情を全く動かさないソルトでも、本を読み始めると一変、その本の登場人物になりきって読んでくれる。

 表情は一切変えてないけど。


「だめですわ勇者様。ここにいてはお父様に見つかってしまいます……。早くお逃げください」


 今ソルトが読んでいるのは、恋に落ちた勇者と姫が愛の逃避行をする物語である。

 ……正直言って、俺は恋愛ものの物語はあまり好かない。

 何が面白いのかがさっぱり分からないのだ。

 どうして、人の恋物語をわざわざ読まなくてはいけないのか。

 俺には全く理解できない。


 だから、大体聞いているとすぐにつまらなくなって寝てしまう。

 ちょうど良い睡眠剤になるのだ。


「逃げましょう姫! どこまでも、どこまでも!」


 あ、やべぇ、眠くなってきた。

 意識が……遠のいて……。



「こうして、勇者と姫は国を抜け出し……あら? 寝てしまわれましたか」


 魔王が寝たことに気が付いたソルトは本を本棚にしまい、魔王に向かって、軽く礼をした。


「それでは、魔王さま。おやすみなさい」


 そう言って、部屋の外に出ようとして、急に立ち止まった。


「そういえば、あの物語は最後に2人がキスをしたところで終わるんですよ。知っていましたか?」


 と、魔王に問いかける。

 もちろん、魔王は寝ているので耳に入ってはいるものの聞いていないのと同じ状態である。

 ソルトが椅子に座りながら寝てしまった魔王に近づく。


「そう、例えば、こんな風に……」


 そう言うと、ソルトは顔を魔王の顔に近づけて……




「んっ…………、こんな感じですかね」


 そのまま、ソルトは魔王から離れると、


「それでは、おやすみなさい」


 そう言って、扉を閉めた。




 ※※※※※※※※




「ああ、どうしようどうしようどうしよう! つつつ、ついに魔王さまと……キキ、キスしちゃった!」


 魔王側近八人衆の一人であるソルト。

 彼女は人造生物(ホムンクルス)であるがために感情がないと周りには言っている。

 だが、実はそれは“嘘”である。

 本当は人と同じように、怒り、悲しみ、喜びなどの感情がちゃんとある。

 それなのにも関わらず、なぜ嘘をつくのか。


「本当は魔王さまの前でも普通にふるまいたいんだけど……。普通に過ごすと魔王さまと一緒にいられることが嬉しくてずっとニヤニヤしちゃいそうだからなぁ……」


 ニヤニヤして気持ち悪がられるのが怖い、

 そんな気持ちが、彼女に嘘をつかせるのだ。


「で、でも、第一段階のキスはできたよね!」


 そして、感情があるのなら必ず訪れるものが“恋”。

 そう、彼女は現在、青春真っ盛りなのである。


「えっと、確かキスの次は……」


 そう言うと、彼女は一冊の本を取り出した。

 それは、『監修:アロマ 作画:愛のシズク』と書かれている薄っぺらい本だった。

 なぜそこでエロ本を取り出すのか?と思われるかもしれないが、ちゃんとしたワケがある。


 彼女を含めて、この城に住んでいるモンスターはすべて今の魔王であるこの作品の主人公が生み出したものである。

 たとえ人型であろうと、そうでなかろうと、彼らを教育する者は誰もいない。

 もちろん、主人公ひとりで何体いるか分からないモンスターたち全員に物事を教えるなんて不可能である。

 そのため、彼らは自分自身、またはほかのモンスターに教えられて学習をするのである。

 もちろん、自分自身で学ぶため、知識などにどうしても個体差が生じる。

 ソルトの場合、なぜか“恋愛のことなら純情系の同人誌を読むことで学習できる”という思考回路になってしまったのだ。


「えっと、キスをしながら相手を押し倒して、そのままセッ……!? そそ、そんなの無理に決まってるじゃない!」


 ソルトの顔が真っ赤に染まる。

 恥ずかしさのあまりに本を投げ捨て、枕に顔をうずめる。


「……そもそも、私が魔王さまに気持ちを言わなくちゃ、何も始まらないんだよね……」


 でも、魔王さまに思いを伝えたところでどうなる。

 自分と魔王さまは主従の関係。

 そんな自分が魔王さまに告白したら、魔王さまはどう思うだろうか。


 自分はモンスターで魔王さまは人間。

 人間の魔王さまがモンスターである自分に告白されても嬉しくは思わないだろう。

 そんな思いが、ソルトの心を強く締め付ける。


「……やっぱりナシナシ! 私なんかが告白しても、フラれるだけだよね」


 この気持ちはしまっておこう。

 そう思いながら、彼女はベッドに横たわった。


「……でも、本当は……」


 本当は魔王さまと結ばれたい。

 この思いを伝えたい。

 そう言いかけて、彼女は眠りに落ちていった。

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