第74話 時の管理人タキオン
「ようこそ、“時の管理室”へ。私は『時の管理人』、タキオンという者だ」
その男は、そう自己紹介してきた。
「よろしくね」
そして、微笑みながら、ティーカップを口に運んだ。
……なんて言った?
この男の言うことを信じるなら、この真っ白な謎の空間は“時の管理室”という場所になる。
「なんだアンタ。ここはどこなんだ。アンタ一体何者だ」
警戒しながら話しかける。
俺はさっきまで魔法学園にいたはずだ。
それが、いきなりこの見知らぬ場所に放り込まれた。
この男が何か知っているに違いない。
「その質問はナンセンスだな。答えならさっき言ったじゃないか」
男はため息をつきながらカップを置いた。
「そうじゃなくて、ここは一体どういった場所で、アンタはどういう存在なんだって説明しろってことだ」
「ああ、それもそうだね。説明を省いてしまっていた。失敬、失敬」
そう言うと、男が立ち上がった。
男は少しせき込むと、説明を始めた。
「この空間は、“時の管理室”。名前通り、時間を管理している部屋だ。具体的には、時間の流れを観測するだけなのだけどね」
「時間の流れを、観測……?」
「ああ、そうだ。この部屋は君の世界の時の流れを観測しているのだよ」
な、なんだって。
何を言っているんだこいつは。
時の流れを観測だと?
……意味が分からない。
「そして、私はこの空間を管理している者だ。正しくは、“時の神”にこの世界の時間を任された者かな」
「……神?」
今度は神かよ。
……こいつ、さては宗教か何かの勧誘だな。
神を騙る奴にいいヤツはいない。
あまり信じないほうが良さそうだ。
「……と言っても、警戒心の強い君のことだろうから、信じてはくれないだろう、そこでだ」
すると、その男が突然、目の前から消えた。
「……は? え?」
「後ろだよ」
背後から急に声をかけられ、背筋が凍る。
急いで男から距離を取る。
「……全く、見えなかった」
何だ今のは。
俺の目の前から、一瞬で俺の背後に移動したのは分かった。
だが、何も感じ取れなかった。
超高速で移動したのなら、風が発生するから、それを感じられるはずだ。
そんな風、感じられなかった。
それに、地面を蹴った音も聞こえなかった。
「これは、私の力のほんの一部だ。次は君の意識を保ったままにしよう」
「何を――――」
俺が言いきる前に、男が指を鳴らした。
すると、いきなり体が動かなくなった。
(な……んだ……!? 体が……!)
声を出そうとしても、声すら出せない。
金縛りというわけではなく、本当に体がピクリとも動かないのだ。
震えることもない。
……なんなら、心臓すら動いていないように感じられる。
「これが時間を管理している私に与えられた力。時間を巻き戻すことを除いて、時間に関わるあらゆることができる。例えば、時間を止めるなんてこと、造作もない」
(時間を、止める、だと……!?)
男がもう一度指を鳴らすと、体から途端に力が抜けた。
そのまま、重力に従って、地面に手をつく。
「どうだろう、少しは私の言うことを信じてくれるかな?」
「…………ああ」
……信じるしかない。
信じたくなくても信じざるを得ない。
今、この男は、指を鳴らしただけで、俺の行動を完全に封じてきた。
どういう仕組みか分からないが、つまりは簡単に俺を無力化できるということだ。
下手に動けば、何をされるか分からない。
……ここは、従うしかない。
「単刀直入に言おう。君は今、特別な権利を得た。“時を超越する権利”を」
「権利を、得た?」
「ああ、君は時間を飛ばし、世界をやり直すことに成功した。まぁ、他人の能力で偶然そうなっただけだが」
「ちょ、ちょっと待て。何のことだ。俺が時間を飛ばしただって?」
「ああ、君が倒したあの魔物。あの魔物が死ぬと、それまでの時間がすべて消し飛び、ある時間から再び時間を進めさせるんだ。端的に言えば、“時間を無かったことにする力”」
「時間を、無かったことにする、だと!?」
何だその能力は。
今まで、多くのギフトを見てきたが、時間に干渉できるギフトなんて聞いたことがない。
「だが、それだけじゃない。あの魔物が死ぬと、あの魔物を殺した人物だけ記憶を保ったまま、世界が再始動する。つまり、たった一人だけ、世界が繰り返されていることを認識でき、前の世界で起こった出来事を覚えている」
「それは、つまりどういうことだ」
「……あの魔物は、自分が死にそうになると何度も自殺を繰り返し、戦う相手の全ての攻撃パターンを覚え、相手の攻撃を全て避けながら攻撃をし、現状、君を一度その手で殺した」
「……ダメだ、やっぱり理解できない」
「それはそうだろう。普通の人間にはこの話は理解できない。だが、君はもう既に時間の概念を超えた現象に出会っている」
そう言うと、男は俺の腕を指さしてきた。
そこには、腕に刻まれたあの文章が。
「アンタ、この文章について何か知ってるのか」
「その文章は、あの魔物の能力を逆手にとって、君自身が刻み込んだものだ」
「……何だって?」
「あの魔物によって繰り返される世界では、前の世界で起こったことが再現される。つまり、一度死ねば何度世界が繰り返されようとも、再び死ぬ」
「そ、そんな馬鹿なことがあるか。っていうか、そもそも時間が繰り返すとか意味が分からん! 証拠はあるのか、時間が繰り返されている証拠は!」
意味不明な話を聞かされ続け、ついに限界が来た。
時間が繰り返すなんて、そんな馬鹿なことがあるか。
時間は流れる水と同じで、動き出したら止まることなんてない。
そして、流れる水が逆流して、川を上ることもない。
だから、時間を繰り返すなんて、不可能だ。
「はぁぁ……、仕方ない。少々心苦しいが、君に今の状態を理解してもらうには、これしかないか」
「何をするつも――――」
次の瞬間。
「――――ッ。あが――――ッ!? うがああああああッッ!!」
唐突にとてつもない痛みが全身を走った。
いや、これは違う。
頭だ。頭が割れそうだ。
腕が、俺の腕が無くなった。
血が噴き出して止まらない。
逃げようと思ったら、足が無い。
そこに付いているはずの足が、無くなっている。
血が止まらない。
痛い、痛い、イタい、イタい、イタいっ、イタいッ、イタいッ!
腹が切り裂かれる。
臓物が飛び出し、何者かに引き抜かれていく。
イタいッ、イタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいッッ!!
永遠に苦しみが終わらない。
永遠に繰り返される、苦しみ。
永遠の、死。
俺は、そう俺は。
――――死んだのか。
「……そろそろいいだろう」
「ッ!? ッハァ――――、ッァハァ――――――」
視界が元に戻る。
そこは、先ほどまでいた白い空間だった。
「な、なんだ、今のは。ゆ、夢か?」
いや、夢にしてはいくらなんでもリアルすぎた。
明確な、死の感覚。
アレは、想像では計り知れない。
想像なんか、夢なんか遥かに超えている。
「夢じゃない。実際に起こったこと。時間が消し飛び、消えてしまった記憶を君に見せたのさ。実際に君が死んだときの記憶をね」
「――――ッ。やっぱりか」
嫌な記憶だ。
できれば、忘れてしまいたいところだが、そうはいかない。
「……分かった。いくらなんでも、あんなもの見せられたら、信じるしかない。時間が繰り返していると」
「そうか、それはいい。それで、君のその腕の傷なんだが」
そういえば、この腕の文章について話してたんだったな。
「件の魔物の能力で、繰り返す世界では、前の世界で起こったことが再現される。具体的には、生物が傷つくことの再現だ」
「それが、この腕の傷とどう関係が?」
「件の魔物は、時間を消し飛ばし、再び同じ時間から世界を始める力を持っている。しかし、その力は完全じゃない。時間が消し飛んだという事実は残る」
「あ、ああ」
「時間が消し飛んだという事実があれば、そこには流れている時間が確かにあったというわけだ」
……だんだん、分からなくなってきた。
「そして、時間が流れれば、記憶は蓄積していく。肉体と、魂に」
「……魂?」
「君は、前世を信じるかな? 子供が自分が死んだ場所や状況、なぜその場所で死んだのかまで事細かく覚えているという、説明のしようがない不可解な現象。アレは、死んで転生するはずだった魂が、浄化しきれず死ぬ前の記憶を持ったまま転生してしまったから、起こってしまうものなのだ」
記憶は、魂にも蓄積する。
なるほど、そう言われれば納得できないこともない。
…………ん?
「つまり、俺の魂にも、記憶が蓄積されてるっていうことか?」
「そうだ。普通なら、肉体の方の記憶が優先されるため、繰り返す前の世界の記憶など思い出さない。だが、ふとした拍子に思い出すこともある」
「……まさか。そうか――――」
この腕の文章は、全てを思い出した俺が、咄嗟に何が起きているのかを理解し、未来の俺自身へ託すためのものだったのか。
だから、敵の正体も分かったし、俺の最終手段、寄生スライムも知っていた。
「だが、それが毎度起こるわけではない。再び時間が消し飛べば、次は思い出すかどうかは分からない。そして、相手は自害することで何度も時間をやり直せる」
「それじゃあ、いくら思い出してもすぐに忘れるじゃないか! そんな相手に、勝てるのかよ……」
「安心したまえ。最初に言っただろう。君は“時を超越する権利”を得た、と」
時を超越する権利。
俺はその権利を得た、だって?
「君には、私の力の一部を分け与えよう。ただ、君自身の力ではなく、偶然権利を得ただけだから、仮の力しか与えられないがね」
そう言うと、男が指を鳴らした。
すると、左目に違和感を感じた。
痛みはあまりないが、目にゴミが入ったようなちょっとした痛みがする。
「今君に、何度時間が消し飛んでも、記憶を保ち続けられる能力を与えた。鏡を見たまえ」
男が手鏡を手渡してくる。
受け取った手鏡を覗くと、俺の左目に変な模様が入っていた。
まるで、時計のような、針が2本ある不思議な模様が入っている。
しかし、とても薄く、よく見ないと分からない。
「その力は、今回限りのものだ。あの魔物を倒せば、効果は消える。だが、その眼には、あと一回だけこの部屋に来れる力もある。何か困ったことや、聞きたいことがあれば、もう一度この部屋に来るといい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。アンタの名前を教えてくれ。それと、この部屋に来るには一体どうすればいいんだ」
俺がたずねると、男はこう答えた。
「私の名前はタキオンだ。覚えておきたまえ。そして、この部屋に来るには入り口のドアから入りたまえ」
「いや、そういうことじゃないんだよ、タキオンさん。そのドアはどこにあるんだって聞いてるんだよ」
しかし、返ってきた答えは、
「そのドアはどこにでもある。君には見えるはずだ。君が望みさえすれば、ドアは君の目の前に現れるだろう」
「それって、どういう意味――――」
「さて、時間がない! 早く行きたまえ」
すると、突然俺の後ろに扉が現れた。
扉が開いたかと思うと、俺の体がドアに吸い込まれ始めた。
「ちょ、ちょっと! まだ聞きたいことが――――ッ」
「それはまた次回のときに聞いてくれ」
「そ、そんな!」
そして、俺の体が完全に吸い込まれ、扉が閉まり切る直前。
「アレイス君、君の健闘を、祈っているよ。ぜひ、君の心が折れないように」
タキオンさんが、そう言った。
更新が遅くなってしまい、すみませんでした。
だんだん、自分の語彙力では説明できないほど難解な内容になってきているので、書くスピードも遅くなってしまいます。
どうかご理解のほど、よろしくお願いいたします。





