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第57話 筋肉と金と裏切りと

 さて……。

 相手は二人。

 一方こちらは俺を含めて冒険者が5人と、インキュバスたちが5体。

 人数ではこちらが有利だが、何しろあの二人、名前がβ(ベータ)γ(ガンマ)だ。

 前のα(アルファ)と同じくらいの強さを持っていたら、いくらインキュバスたちでもどうにもならない可能性がある。

 とりあえず、俺も戦えるようにしないと。


「ごめん、スズネちゃん……。俺のカバンの中から注射器を取り出してもらえるかな……」


「え、注射器ですか? えーと……、あった。これですか?」


「うん、それを俺の太ももに刺して、中に入ってる液体を注入してくれ……」


「え、あの、私そういった技術は持ってないんですけど……」


「大丈夫、適当にぶっ刺して、注射してくれればいいだけだから」


「わ、分かりました。……えいっ!」


「ッ――――。そのまま、中に入っているのを、そうそう、いい感じだ……」


 今、俺が注入されている薬は、しずくに作ってもらったものだ。

 どんな薬かと言うと、簡単に言ってしまえば『疲労を治し、痛みを軽減する薬』だ。

 現在の俺の状況は、体を酷使したことによる疲労が大きい。

 なんなら、どっか筋肉が切れてるかもしれない。


 そこで、この薬だ。

 前々から、しずくには頼んでおいたのだが、試作品が完成したのを今回特別に使わせてもらった。

 どうやらかなりの即効性があるらしく、注入してからまだ30秒ほどしか経っていないが、立ち上がって歩けるぐらいまでには回復した。


 しかし、これはあくまで疲労と痛みを一時的に取っているだけ。

 薬が切れたら、さらに体を酷使した分、強烈な痛みが襲ってくるだろう。

 とりあえずは、薬が体全身に回るまで他の皆に戦ってもらおう。


「おい、筋肉ども、お前らの出番だ。あと服を着ろ!」


「お任せください! 我らの筋肉で粉砕してくれましょう! 服も着ます!」


「マッソー! マッソー!」


 すると、γと呼ばれた男の方が、ニヤリと笑った。


「おいβ。ここは俺一人でどうにかできる。お前はあのお方のもとに向かって、あのお方を護衛しろ」


「分かった。任せたぞ」


 βと呼ばれた男が、Dr.を追いかけようとする。


「逃がすかああああああああ! 私の筋肉ダンプカーを喰らうがいい!」


 が、もちろんそれを許すわけもなく、赤い服を着たインキュバス、レッドが突撃した。


「『デコイLvMAX』」


「ぬぅ!?」


 しかし、その攻撃はなぜかγの方に向かっていた。

 今γが使ったスキル、『デコイ』のせいだろう。

 本来、『デコイ』は知能やレベルが低い相手の攻撃を使用者に誘導するスキルだ。

 そのため、本当ならインキュバスほどの奴の攻撃を誘導できるわけがない。

 だが、先ほどγが使った『デコイ』はLvMAXだ。

 恐らく、どんな攻撃でも誘導できるのだろう。


 だが、誘導した攻撃が悪かった。


「うごああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――」


 レッドのタックルを喰らったγはそのまま見えなくなるまで吹っ飛んでいってしまった。

 それを見たその場にいたインキュバス以外の全員が、あごが外れそうになるくらい口をあんぐりと開けてびっくり仰天してしまう。


 しかし、その隙にβが逃げてしまった。


 ……あれ?

 じゃあ俺がリスク覚悟で薬を使った意味って一体……。




 ※※※※※※※※




「待て! そこの男待ちなさい!」


「誰が待つか! お前らなんかに捕まるものか!」


 一方そのころ、王都の中ではソルトとDr.による逃走劇(鬼ごっこ)が繰り広げられていた。

 ルートリアや冒険者によって、町の人々の避難はすでに完了していたので、今城下町にはソルトとDr.の二人しかいない。


「あの男、逃げ足だけは早いわね……! すぐに見失っちゃう……」


 ソルトが『跳躍』で跳び上がる。

 そして、上空から町を見渡す。


「いました」


 上空からDr.の姿を見つけると、Dr.に向けて急降下していく。

 そのまま、Dr.の目の前に勢い良く着地する。


「逃がしませんよ?」


「ひいぃぃいいい!?」


「我が主いいいいいいい!」


 しかし、そこにβが現れた。


「何よあなた!」


「我が主に手は出させんぞ! 今のうちにお逃げください!」


「あ、ああ!」


「あ、ちょっと待ちなさ――――ッ、邪魔しないでよ!」


「ここから先にはいかせん!」





「――――ハァッ! ハァッ!」


 どうして、


「うぐッ……、がはッ……!」


 どうしてこんなことに、


「う――――ッ、あぁ――――ッ」


 俺はただ、俺の最高傑作の仇を……。

 路地を曲がろうとしたそのとき。


「あいたッ!? いてて……」


 何かにぶつかった。

 見てみると、そこには『工事中』と書かれた紙が貼られた壁が反り立っていた。


「はぁ? 壁? なんでこんなとこに?」


 仕方ない、別の道を探すしかない。

 路地から抜けて、別の路地の中をのぞく。


「……ここもかよ」


 その路地の中にも張り紙のある壁が。


「こっちも、こっちも、こっちも!?」


 ……これマズいんじゃないか。


「クソッ! ここも、ここも、ここもだ! どうなってるんだよ!」


 マズいぞ、この大通りから抜け出せなくなった!

 今すぐあのメイド野郎から逃げないといけないのに……!



「おやおや、そんなに焦ってどうした?」


「なッ! お前なんでここに!」


 突然、頭上から誰かの声が聞こえてきた。

 見上げると、そこにはシャクスがいた。


「ちょうど良かった! 俺だと家の上まで登れないんだ。助けてくれよ!」


「断る」


「……は?」


 い、今あいつなんて言った?


「断ると言ったのだ。聞こえなかったのか」


「勝手に人の心の中を読むな! ……っていうか、断るってどういうことだよ!」


「文字通りだ。吾輩は貴様を助けないということだ」


「なんでだ……!? 俺たちは仲間だろう!」


「ああ、そうだな。吾輩と貴様は確かに同じ、魔王に仕える者だ。仲間というのは間違いない」


「じゃあなんで!?」


 すると、シャクスは俺のことを蔑むような目つきで睨んできた。


「これ以上貴様に色々されると、吾輩の望む未来が訪れなくなるのでな。悪いが貴様にはここで死んでもらう」


「お前の望む、未来、だと……?」


「ここら一帯は商店が立ち並ぶ大規模な商店街になっていてな。吾輩が前もって数十軒の店に店舗拡大の話を持ち掛け、工事を進めさせたのだ」


「まさか、あの路地裏の工事中っていうのは全部――――ッ」


「そう、吾輩が仕掛けたものだ」


「……どうして、どうしてだよ!? お前の望む未来ってのは、魔王さまによる世界征服じゃないのか!? その計画に俺は邪魔だっていうのか! こんなにも魔王さまのために尽くしている俺が!?」


「違うな。吾輩の望む未来はそうじゃない」


「はぁ!?」


「まぁとにかく、この辺りの路地裏は全部工事中で封鎖されている。貴様は逃げることはできん。――――全く、こっちの身にもなってくれ。わざわざこんな面倒な方法でしか貴様の邪魔ができんのだ。それに加え、毎度毎度丁寧に説明をして足止めしないといけないときた。全くもって嘆かわしい上に非常に退屈だ……」


「お前、一体何を言って――――」



「見つけました!」


 しかし、そんなときにあのメイドが現れた!


「ひ、ひいぃぃぃいいいいいッ!? た、頼むシャクス、何でもいいから助けてくれえええええッッ!!」


「恨むなら、()()を恨むのだな。ああ、あと貴様が開発した新薬であるが。あれは吾輩が大切に使わせてもらうとしよう」


「ふざけるな、あれは俺の作品だ! お前なんかに使わせてたまるか!」


「ああ、貴様が死ぬ前に言っておくとするか。貴様が実の我が子のように大切にしていたあのオリハルコンゴーレムであるが、あれを壊したのはフォート・アレイスではない。この吾輩だ」


 ――――――は?


「貴様のオリハルコンゴーレムをわざと壊し、フォート・アレイスに壊されたと思い込ませた。案の定、貴様はオリハルコンゴーレムの最期の言葉を信じ込み、復讐心に駆られ、あの新薬を生み出してくれた。吾輩の望む未来のために、あの薬は必要不可欠なのでな。貴様には感謝しているぞ。せいぜい苦しんで死ぬといい」


「――――き、きき、貴ぃ様ああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 しかし、真実を知ったDr.になすすべは無く。

 町の中にDr.の悲痛な叫びが響き渡るだけだった。


 そしてこの日、魔王軍幹部の一人が倒された。

次回、第3章最終回になります。

ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございます。

次回を楽しみにお待ちください。

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