lie-lie
雲母実花は嘘吐きだ。
テレビ局のお偉いさんと親戚で、好きな俳優さんと会い放題だという自慢話が真っ赤な嘘だと先日暴かれた。キララちゃんの周りから人は去り、彼女は一人になった。
「ニーナ、移動教室一緒に行こ!」
一人になって、同じ一人の私に話しかけるようになった。
「ごめん、体調悪いから保健室行こうと思ってて」
「そっかぁ」
ツインテールの髪がしんなりと項垂れる。
「っていうのは嘘。まだ大丈夫そうだから一緒に行くよ」
まるで子犬のような姿につい嘘をバラしてしまう。
嘘吐きだと知られてしまうのはまずいのに、実花があまりに情けない声を出すから止められない。
はじめは一人が嫌で近付いてきた彼女が鬱陶しかった。一人称が「キララ」なのも痛いし、私にニーナというふざけたあだ名をつけてきたのも腹が立った。
だけど、気付いてしまったんだ。
実花はあんな大嘘をついたというのに、わりに素直ですぐに顔に表情が出る。
嘘をつくのに向いていないのに、それに気づかずにあっさりばれてしまったんだと考えたらもうダメだった。おバカかわいいってこういうことなんだろうな。
「むぅ〜! また嘘吐いた〜!」
ぷくーっと頬を膨らませる実花に向けられる視線は未だに厳しい。「ぶりっ子キララうざい」「お前のほうが嘘吐きだろ」「忽那さん可哀想」だとか勝手なことを言っている。
聞こえないフリして、傷付いている瞳を隠す実花にむしゃくしゃして、膨らんでいた頬を掴む。
「むぐッ」
「あざとい仕草しないの。手が出ちゃうでしょ」
「もう出てる!」
私の手を外した実花が、涙目で睨んでくる。
「早く行くよ」
同年代の中では浮いてしまうほど、幼くて擦れていない実花。
嘘をつかなくても十分に可愛い。
*
忽那仁奈子は嘘吐きだ。
よくどうでも良いところで嘘を吐く。
テストの点数を19点低く言ってみたり、甘い物が嫌いなのに好きだと言ってイチゴ練乳パンを決まって食べている。好きな科目だって本当は体育なのに世界史だと言ってよく偉人の話をしている。
よく見なければわからないから、誰も気付いていないけど他にも小さなことでたくさん嘘を吐いていた。
前は彼女に苦手意識を持っていた。一人でいるのに毅然としていて、嘘をついてまで仲間に入りたがっているキララが惨めに思えたから。
ニーナとはじめて呼んだときも、キララをゴミを見るような目で見ていたし、キララとは合わないんだろうと決めつけていたけど、ニーナの小さな嘘に気づいてからは雲の上にいるような遠い存在じゃないのかもしれないと思えた。
そんなニーナだけど、最近は嘘をついてもすぐにバラすようになった。
食べ物の好みや服の好み、好きな教科だったりは今でも嘘をついているけど、キララ限定で嘘をつかないことが増えた。何が理由なんだろう。
ニーナの変化につられるように、キララのほうも最近おかしい。
ニーナの小さな嘘に期待している。
「忽那さんさー、どうしてぶりっ子キララちゃんといるの? あの子、うざくない?」
お手洗いから戻って、教室に入ろうとしたら、中から声が聞こえた。ニーナの席は廊下側だからここからでもよく聞こえる。
「友達がいなくて可哀想だから」
ニーナがそう言うと、「忽那さんやさしー!」と周りが盛り上がった。
小学生の頃、仲がいいと思っていた友達に言われた言葉と全く同じ。
だけど、キララはちっとも悲しくなかった。
ニーナはこういう時は嘘を吐いていると知っているから。
「……さっきのは嘘」
胸がドクンと音を立てた。
ニーナが嘘を撤回するのは、今のところキララのためだけだ。
珍しく不愉快そうに眉をひそめるニーナの表情に気を取られていると、ふいにニーナの顔が柔らかくなった。
「私は実花が可愛くて大好きだから一緒にいるの」
「バカっ! なに恥ずかしいこと言ってるの!!」
「あ、実花」
思わず飛び出てしまったキララに、ニーナは目を丸くして驚き、そして鈴がなるような笑い声をあげた。
「あははっ! 実花、顔まっか!」
「だって嬉しいんだもん!!」
キララは近いうちにまた大嘘を吐くことになると思う。
きっとニーナのことを友達以上に好きになってしまうから。