99.Smile
まぁ、結局、俺がこの戦争を通して学んだことは、命の価値って奴だ。
人間は簡単に死ぬ。驚くほどに、あっさりと。どれだけ偉大な功績を残しても、死から逃れることはできない。だが、生きてさえいれば多くを成しえる。何を成しえるか? 何を成しえたいのか? それは、自分で決められる。
なら、命ってのは価値がある。そう思うのは自由で、俺はこの戦いで、それを掴み取ったんだ。
神が死に、戦争が終結してから一年が経った。
その間、俺は身体の回復に努めた。ULが枯渇した身体は、再びULを生成するまでに時間が必要だったらしい。今ではすっかり超人に元通りだが、空からダイブしてから数か月の間は、重たい身体を引きずりながらなんとか生活できるレベルだった。多くの人に助けてもらった。
俺はグレートウォールの英雄として兵士に復帰した。島にキメラは残っていないが、危険な猛獣は幾らでもいる。今後は、街の防衛や領土の拡張などに必要な存在として、人々と共に生きていくつもりだ。
その、復帰の前日。俺はしろと共に密林を歩いていた。
「多分、この辺じゃないですか?」
しろが両腕を広げる。
「ああ、そうだな。なんとなく、そんな気がする」
周囲を見渡す。ただの密林の一角。俺達以外には何の価値もない場所。だが、俺達にとっては始まりの場所。俺としろが、この島で最初に目覚めた場所だ。
「君と一緒にスタートしたのは、俺の最大の幸運だ」
「嘘つき。本当に思ってます?」
「心外だな。本当だよ」
しろはその場に膝を折って縮こまる。落ち葉が重なる地面を撫で、微笑む。
「私は、何にもできなかった。話すことすら、できなかった。それに……そう、裸足だった。あの時は、靴をありがとう」
しろは頭を軽く下げる。俺は「なんだそりゃ」と笑い返した。
俺はしろの隣で、しろと同じ体勢をとる。
「あの時、俺が動けたのは格好つけたかったからだ」
「ん?」
「頭の中は大パニック。何が何だかわからない。でも、君がいた。君の前であたふたしたくなかった。だって、そんな男、格好悪いだろ? だから冷静を演じた。すると、本当に気が落ち着いた。まぁ、死体に出くわして限界を迎えたけどな」
「……あれは、仕方ないですよ。初めてだったんでしょう?」
「まぁな。俺もそう思う」
「でしょ」
「で、熊に出会った」
「あれには驚きましたね」
「で、俺は君を抱えた」
「あはは」
しろは笑った。心が温まる笑い声だ。
「重かったでしょう。私」
「いや、軽くてびっくりしたのを覚えてる」
「またまた。本当ですか?」
「どうだろうな」
「ひどい」
「本当いうと、君を抱えること事態が申し訳なくてな。それ以外、考えてなかった」
「申し訳ない?」
「だって、そうだろう。初対面の女の子を、いきなり抱えるなんて」
「あはは。成る程。秋也さんらしいです」
しろは笑うと、俺を軽く押した。突然のことで、俺は情けなく転がって、仰向けになる。
「何すんだ」
「申し訳ないのは、私の方ですよ」
しろも同じようにして転がった。二人で空を見上げる。妙な状況だな。
「私が、どれだけ秋也さんに助けられたと思っているんですか」
「前も言ったろ。お互い様だ。だから、それ以上は……」
「ええ、言いません。だから、秋也さんも言わないでください」
うまい言い方だな。俺は「わかったよ」と呟いた。
ただ、二人でぼんやりと過ごす。幸せな時間だ。これ以上があるんだろうか。
いや、ある。間違いない。
俺が人生で成し遂げたいこと。
それを果たすのに、こんな機会はないだろう。
「もうそろそろ、日が暮れますね」
「ああ……」
俺は立ち上がり、しろに手を差し出した。しろは微笑んで俺の手を掴み、立ち上がる。
だが、俺はしろが立ち上がってからも彼女の手を離さなかった。しろは微笑んだまま首を傾げる。
「秋也さん?」
「しろ、結婚しよう」
しろは首を傾げたまま、微笑んだまま、みるみる顔を赤くしていった。
ああ、驚きだろう?
色々考えてたんだ。状況とか、言葉とか。だが、考えすぎて次第に訳が分からなくなった。
なら、思いっきりぶつけてみよう。
そんな戦い方を選んでみよう。
これは、俺の人生なんだから。




