表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/100

98.Road

 ジェットブーツの最速は、常人ならば視界に捉えることすら困難だろう。強い向かい風で、俺の皮膚が裂けるほどだった。血が流れ、直ぐに再生する。それを繰り返しながら、空中を蹴り続け、神のもとへ近付く。すると、ある地点を境に泥の柱から、そして地上の泥だまりから何本もの渦が発生し、俺へ向かって襲い掛かってきた。その数たるや二桁をゆうに超えていた。


「黙って行かせてはくれないよな」


 渦は巨大で、速度も恐ろしく速かった。飲み込まれないように全力で上昇し続けても、少しずつ追いつかれていく。

 一つの生物が起こした現象とは到底思えない。これは、まさに災害だ。何百もの泥の塊が迫ってくる様は、世界の終末を想像させるには十分だ。幾千もの戦いに繰り出してきたが、流石に、恐怖を感じる。だが、当然、足を止めることはない。

 いよいよ渦から逃れることが難しくなってきた。俺は空を走りながら師匠の銃を抜き、渦へ向かって発砲した。残念ながら、渦は破裂しなかった。銃弾を飲み込み、更に巨大になると、再び俺に向かって伸びてきた。


「おいおい……卑怯だろ」


 俺は銃をしまい、鞘に手をかけ、剣を抜く。斬撃を放つと、渦は二つに割れた。効果はあったが、渦は直ぐに接着する。当然か。相手は泥だ。半液状の物質。刃が効く道理はない。

 段々と思考にさく時間が減っていく。このままでは飲み込まれる。俺はバーサーカーの鞭を右手に、黄金の槍を左手に持った。両手が塞がり速度は下がるが仕方がない。鞭と寄生植物パラサイトプラントの蔓で泥を叩き落とす。目論見は成功した。


「よし……」


 一つ叩き落とす。続けて次が来る。それも叩き落す。繰り返す。渦の数は無限、その上、増加を続ける。いよいよ、視界の全てが泥に覆われた。

 俺は自分の身体を寄生植物パラサイトプラントで覆った。足が止まり、落下する。しかし、それで渦を一時的にしのぎ、寄生植物パラサイトプラントを解除すると同時に泥を叩き落とした。立ち止まる時間はない。再び上昇する。

 そこで異変に気が付いた。段々と、寄生植物パラサイトプラントの生成が鈍くなっている。生じた蔓は小さく、動きも遅い。更に、ジェットブーツの速度も落ちてきている。

 UL不足だ。一度に使用するULの量が過剰で、自分の身体の生成量を上回ったのだ。滅多に生じる現象ではない。それどころか、俺自身経験したことも、見たこともない。噂で聞いたことがある程度の、稀なケースだ。

 困惑するよりも先に、納得がいった。ジェットブーツの出力は100%、身体は常に傷を負い、鞭の電撃と寄生植物パラサイトプラントの蔓にULを与えていた。有限なエネルギーならば、枯渇して当然の有り様だ。

 だがULを節約する訳にもいかない。節約すれば泥に飲まれて終わる。


「限界を、超えろ」


 重い疲労感。久しぶりの感覚だ。面白い。俺は人間に戻っている。

 速度が落ちても、身体が鈍くても、俺は鞭と蔓を振り回し続けた。少しずつ、傷は回復を止めていく。血は流れ続け、体中が痛む。当然だ。これが生きるということだ。

 ついに鞭の電撃は消え、寄生植物パラサイトプラントは芽が出る程度になった。俺は鞭と槍を手離す。遥か遠くに落ちていく。右手にブレイド、左手に刀を持ち、襲い掛かってくる泥を斬り裂いた。一時しのぎだ。だが、無意味ではない。僅かに時間を稼げればそれでいい。

 今や、俺は雲の上にいた。太陽の光が皮膚を焼く。呼吸もできているのかどうかわからない。意識もはっきりしない。だが、難しいことは何もない。ただ、上に向かって進むだけだ。

 泥の渦の数は減った。地上からの渦が届かなくなったからだ。迫りくるのは柱から延びる泥だけ。

 だが、最早、ほとんど機能しなくなったジェットブーツではその程度が脅威となった。俺は、ついに泥に飲み込まれる。


 それでも、諦める訳にはいかないのが英雄の辛いところだ。


 俺は泥の中で剣を離し、左手を伸ばした。リストブレイドの射出機能を作動させる。ブレイドは飛んでいき、泥の柱に突き刺さる。全くの偶然だが、突き刺さるということは、もはやその範囲は流動状ではないということ。つまり、この天空において、何者かが存在できる場所、ということだ。

 俺はブレイドのワイヤーに引っ張られて泥から逃れ、そのまま、勢いをつけて身体を捻り、上空に飛び出した。そして、右手に銃を持ち、トリガーを捻る。

 銃口の先には、人間の形をした者がいた。下半身は泥に飲み込まれるような形で、ただ柱の頂上で佇んでいた男。彼は俺を見ると、一瞬目を大きく開き、全てを悟ったように笑みを浮かべると、瞼を閉じた。


 神、あんたが間違ったわけじゃない。

 ただ、俺とあんたの道が重なっただけだ。

 問題なのは、通れる者が一人だったこと。

 俺は行くぞ。


「悪いな。助けてやれない」


 あんたは、もう休め。

 俺が引き金を離すと、神の頭を銃弾が貫いた。

 泥の柱が崩壊する。

 大量のULの塊が、地上へと落ちていく。


 俺も、地上へ向かって落下した。

 止める手段はない。ULは空っぽ。身体も動かせない。

 生存は不可能。

 でも、まぁ、冷めたただの学生だった奴が、よくも、ここまで来たものだ。

 人生には意味がある、前世の俺は、この言葉に縋って、意味のないと思われる道を歩いていた。

 まさか、死んでから、こんな大役を任されるとはな。

 今となっては乾いた笑いが浮かぶ。

 人生ってのは、わからねぇもんだな。


 俺は瞼を閉じ、その時を待った。


「諦めるな!!」


 誰の声だ?

 気持ちよく眠ろうと思っていたのに、誰だ?


「諦めるな!!」


 うるさいな。

 俺がもう一度目を開けると、大陸が見えた。戦場だ。ああ、そうだ。北の雪山、東西の密林、南の砂漠。ここで俺は、俺達は戦ってきた。

 なんのために?


「生きるためだ!」


 俺は歯を食いしばり、ジェットブーツを起動する。ULの枯渇した身体では大した出力もでないが、空中を蹴り飛ばすことはできた。

 落下の勢いは全く衰えない。このままでは地面に身体を打ち付ける。少しでも生きる可能性が高そうな落下場所は……あそこだ。密林の中で湖が見えた。

 俺はジェットブーツで自分の身体をひたすら移動させた。湖の真上まで来ると、駄目だ、雲よりも高い場所からの落下だ。水の上に落ちてもただじゃすまない。

 俺は湖に向かってチューブガンを向け、撃った。勢いをそぐためだ。果たしてどの程度の効果があるのかは不明だが、やらないよりましだ。チューブガンを可能な限り連射する。

 そして、思いっきり着水した。


 ああ、格好いい最後じゃないよな。わかってる。

 はっきり言えば、無様だ。大人しく死ぬことを拒否して、不細工になっても必死になって生き残ろうとしたんだから。

 言い訳をすることはできる。

 例えば、俺が死んだら誰かが悲しむ、その為には死ぬわけにはいかない、とかな。まぁ、それは少なくとも嘘じゃない。そう思ってる。

 他には、しろの「生きて」という声が聞こえた、とか、どうだ? 感動的だろ?

 でも、こうなんじゃないか、って理由を並び立てて見ても、俺の心は釈然としない。どうやら、違うみたいだ。俺が生き残ろうとあがいたのには別の理由がある。

 「諦めるな」と、声が聞こえた。

 あれは、俺の声だ。

 とても、とても、簡単な話さ。

 俺は死にたくなかったんだ。

 生きて、幸せになりたかったんだよ。


 だから、湖からなんとか這い出て、そのまま仰向けになって空を見上げた時は、心の底から生きてることに感謝した。

 ただの青い空が、狂おしいほど愛しく見えた。

 人間、最後まで足掻いてみるもんだな。

 だが、この時の俺は気の利いたセリフなんて思い浮かばなかった。

 息を長く吐いて、小さな声で言ったよ。


「あーよかった」


 ってな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ