95.King 2
ああ、ようやく来たか。
私の前には西の軍服を着た兵士の一団と、英雄のおかまが立っていた。
『キャサリン隊長……』
『ええ、キングね』
私の名を呼んだな。そう、私こそがキング。キメラ達を統率するものとして、神に王の名を授けられた存在。最も早くこの戦地に下り立ち、数多くの戦場を駆け巡った最初のキメラだ。
リズ様とブラックの死は今しがたのこと。動揺がないと言えば嘘になる。だが、彼等はおそらく、自らの道を誇りながらこの世を去ったことだろう。私も、彼等を誇りをもって送り、後に続こう。人間の首の手土産を持ってな。
「人間共!! 聞け!!!」
私は吠えた。鬣が逆立ち、空間がびりびりと揺れる。
「私の名はキング。貴様達は私の最期の相手。命を懸けて挑むがいい!!!」
言葉が通じないことなど百も承知。しかし、覚悟のない者は私の戦場には不要なのだ。見よ。既に私の叫びにより、戦意を喪失し、まともに立っていられない兵士もいる。
『これが、キング……』
ショットガンを構える兵士が言った。おそらく英雄の側近。彼は戦う覚悟が決まっているらしい。いい目をしている。そこで、おかまが私の声に負けないほどの声量で叫んだ。
『立ちなさい!!』
凄まじい闘気が一人の男から立ち上る。
『これが人類最後の戦い。全ては私達にかかっている。命を懸けて戦うのよ!!!』
いいぞ、英雄よ。長く戦場に身を置いたが、これほどの覚悟はなかなかお目にかかれない。
「さぁ、行くぞ!!」
『行くわよ!!』
私は四足で駆け、獅子と熊の腕が合成された腕を振るった。腕を振るうだけで、目の前の全てが消し飛ぶ。地面も壁も抉れ、逃げ遅れた兵士達は皆バラバラになる。
おかまは私の側面に移動し、拳を振るった。拳圧を察知し、私は額でそれを受け止める。中々の威力だ。
ショットガンの兵士がおかまと反対側に配置し、銃弾を撃った。銃弾は私の目の前で広がり、大きな網になった。
「鬱陶しい!!」
私は身体を震わし、ネットを引きちぎると、そのまま再び両腕を振る。私の両側の全てが消し飛んだ。おかまとショットガンの兵士はうまく躱していたが、力のない兵士達は次々と犠牲になっていく。
弾丸を感知し、私は身を屈める。私の頭上をライフルの弾が飛んでいく。スナイパーか。洞窟の闇の中を移動し、正確に私を狙っている。だが、隠れることなどできない。私の獅子の眼には全て見えている。
おかまがダッシュで接近し、連続で拳を振った。私の胴体にラッシュが繰り出される。私はジャンプし、勢いをつけて着地する。地面が割れ、地形が変動する。
「中々の威力だ」
だが、私の身体に大きな影響はない。
私は身体を変化させ、熊の身体の割合を増やし、二足で立ち上がると、力任せに地面を叩いた。衝撃により、辺り一面の岩が吹き飛ぶ。バランスを崩したおかまを、私は一撃で吹き飛ばした。
『隊長!』
『問題ないわぁぁぁ!!』
直ぐに起き上がったおかまは私の顔面を思いっきり殴る。私は吹き飛び、空中で一回転して、地面に着地する。私の口から血が一筋流れる。
「いいぞ」
その時、金属の飛び道具が私の身体に飛んできた。問題なく、身体を振って弾く。見ると、南の新しい英雄が到着していた。
『待たせた』
『奴がキングだね』
忍と主婦か。返り血にまみれている。配置していた動物と壮絶な戦いを繰り広げていたのだろう。
そこで、幼い子供の声が響き、連続で銃弾が飛んできた。拳銃程度の威力、私には避けるまでもない。銃弾の道の先に視線をやると、よく似た二人の子供が兵士を引き連れて立っている。
『わお、見てみて、全然効いていないよ』
『わお、ねぇ、どうしよう』
東の英雄、双子か。
北の英雄はまだ到着していない。新英雄よりも遥かに経験も実力も勝る奴等がいないところを見ると、ブラックが何かをしたのだ。何らかの方法で足止めに成功したようだ。
つまり、この戦場の残存勢力はこの場にいる者達。
私は息を吸い、叫んだ。
「来い!!」
地面を殴り、石つぶてを発生させる。主婦が前に躍り出て、フライパン型の盾で弾いた。その背後から忍が現れ、私の目の前で火薬を爆発させた。その隙に、天井の岩肌を見事に伝って空中で飛び回っている双子が、上空から弾の嵐を連射する。続いて、ショットガンの男が銃弾を放つ。その弾は粘ついた液体を発生させ、私の身体の自由を大きく奪った。その隙に、おかまが拳を大きく振りかぶる。
体の自由を奪っただけでは私には敵わんぞ。
私は口を大きく開け、おかまの腕を食いちぎった。
『隊長!!』
『キャサリンさん!!』
腕を一本失ったおかまはの眼は死んでいなかった。もう片方の腕を振りかぶり、私の腹に強烈な一撃をくらわす。まともに受けた私は吹き飛び、崖に叩き付けられた。確かに凄まじい威力だ。人間が発せられる筋力の限界を超えている。
「だが、私の命はまだ消えていないぞ」
私は姿勢を整え、人間達に向かい合った。
腕を亡くしたおかまは、それでも立ち上がっていた。周囲の兵士の静止も気にせず、まだ戦うつもりのようだ。私にとって最も厄介な兵士は負傷した。残りの新しい英雄達の戦力では私は仕留められないだろう。だが、誰一人として諦めていない。
「最期の相手にふさわしい」
生き残って見せろ、人間共。容赦はしない。
私は四足に戻り、駆けて、人間共に追撃をくわえる。主婦が先頭に立ち、フライパンの盾を向ける。私は腕を振りかぶり、盾ごと主婦を弾き飛ばした。地面に撒かれたまきびしなどなんの影響もない。そのままつき進み、忍が火薬を使用する前に突進して吹き飛ばす。
二足に戻り、双子には地面の岩を投げ飛ばした。一つでは避けられるので、何度も何度も投げ続ける。
『やばいよ!』
『やばいね!』
ライフル弾が飛んできた。先ほどの狙撃手か。そちらにも岩をプレゼントしてやろう。
『逃げろ、フィリップ!』
ショットガンの男。貴様は爪のプレゼントだ。私が腕を上げると、ショットガンの男は負けじと銃を連射した。無駄だ。私を止めることはできない。すると、私とショットガンの男の間に、片腕を失ったおかまが割り込んできて、私の腕をナックルで弾いた。
『隊長!』
『恋人を守るのが……』
『隊長! 笑えません!』
二人まとめて吹き飛ばしてやる。腕を振り上げると、その腕にナイフが突き刺さった。ナイフには糸が巻き付いており、その先には小さな少女が立っていた。
『う~ん、その人とは一緒に任務した仲だからなぁ~。殺されたら、つまんないですし。多分。ちょっとは』
南の新しい英雄だ。何故、ここにいるのか。そこで、更なる増援。
『君は中々鍛えているねぇ!』
東の新たな英雄が武器も持たずに叫びながら飛び込んできた。彼の拳はおかまほどではないが威力が高く、私は後退する。その男の後ろで、全裸の男がおかまに手を差し出していた。
『アーサー……どうして』
『神から連絡があった。急遽、街の防衛を捨てて洞窟に向かえとね』
全裸の男とおかまは手を取る。
『キャサリン。行けるか』
『……ええ』
私が大統領を殴り倒した後、続けて、おかまと全裸の男が飛び込んできた。おかまは拳に大量のULを、全裸の男は巨大な剣にULを溜め込んでいた。
私も両腕に力を加え、その二つの巨大な力とぶつかりあった。
強大な衝撃が空間に響き渡る。
その中で、私が見たものは、光だ。
懐かしい記憶だ。
「やあ、君がキメラだね」
人間を仕留め、捕食している最中だった。
白く、美しい獣が私の前に立っていた。
その獣は、あろうことか私に言葉を話していた。それがどうして私に理解できたのかわからない。だが、戦場で人を殺すことしか考えてこなかった私に、初めて言葉が伝わったのだ。
「困惑しているだろう。大丈夫。私は君の仲間だ。名前は……まだない。君もだろう?」
当然だ。名前などなかった。意思というものが、自分の中にあることさえ把握できていなかった。
あなたに声を掛けられるまで、私はただの怪物だった。
「神よ」
あなたに出会えたことに感謝する。
私は光に飲み込まれる。
久しぶりだな、死よ。




