94.Black
呆れるほど長い時間で、多くを見てきた。
昔、神に問われたことがある。「君は何を求めてる?」ってな。
「かはは、それは俺が知りてぇな」
確か、そう答えたっけか。あんまり覚えてねぇけど。
生きるってのは何かを誰かに奪われることだ。常にそうさ。碌なもんじゃねぇ。だから、俺は戦う気が起きねぇ。人間は嫌いだが、人間を殺したところで多少すっきりするだけで、俺の中の空虚が埋まることはねぇ。この隙間を埋める手段は一つしかねぇ、笑いだ。笑えば、こんな俺でも、少しは気が済むんだ。
だが、最近の俺は喉に骨でも引っ掛けたみてぇな気持ち悪さが消えねぇ。それは、あの裏切者の機械人間のせいだ。あの野郎、バーサーカーに手も足も出せずにボロ負けして、俺に踏みつぶされるっていう屈辱的な死に方をしたくせに、最期まで希望を持っていやがった。
「かはは……はは、は」
うざってぇ。どこに希望は転がってやがる。どこにいきゃあ、それは見つかるんだ。
人間の兵士共が駆けつけて来やがった。中には英雄とか持て囃されている馬鹿共もいやがる。
リズ嬢は死んだ。ULの気配が消えた。まぁ、仕方ねぇ。あいつも、死ぬ覚悟はあった。だが、俺達にとっちゃ、大事なお姫様だった。いいや、リズ嬢だけじゃねぇ。多くのキメラは俺の可愛い後輩だったわけだ。
兵士達が俺に銃を向ける。
『こいつが例の黒いキメラ……』
『烏、か』
『撃ち殺すぞ!』
俺は身体の形態を変化させる。俺の中では最も人間に近い姿。二足歩行で立ち、黒い翼を広げる。
「かはは、かかって来いよ。馬鹿野郎ども」
翼をはためかせると、前方に突風が吹き荒れる。雑魚はそれだけで吹き飛ばされるんだから笑えるぜ。
風が吹き荒れる中、突き進んできた二つの影。一人は俺に斧を振り、一人はへんてこな武器を向ける。野人ノーマンと、透明眼、だ。
「かはっ、くだらねぇ」
俺は斧を避けて、野人の腹を蹴っ飛ばす。反対方向から迫ってきた透明眼には翼を直撃させてやった。吹き飛んだ透明眼は壁に叩き付けられ、激しくせき込んだ。その表情は困惑に満ちていた。
「見えてねぇと思ってんの? かはは」
俺の複眼は特別だ。全てが見える。全てを捕える。隠れることなんてできねぇ。透明眼、なんて言われちゃいるが、俺の前ではただの眼だな。しかも、その眼ですら俺に敵わねぇなんて、可哀そうだな。かはは。
「おら、死ねよ」
俺は突風と同時に鋭い羽根を飛ばし、透明眼が立ち尽くしている方向に向けて放った。無数の羽の弾丸だ。すると、野人が飛び出してきて、斧で突風を薙ぎ払った。
『大丈夫か、カティア!』
『ふー大丈夫。まだ戦える』
野人はそのまま突進してくる。かっ、マジで野人だな。考えもなしに飛び込んできやがって。
俺は野人の斧を避けて、野人の身体を翼で切ってやった。どうだ? 切れるだろうが。野人の胸に一文字の傷ができる。だが、奴は怯まなかった。それどころか、二撃目の準備をしていた。
「おいおい……」
俺は再び突風を起こす。だが、突風はかき消された。透明眼が遠方から音波を発していた。
『ナイスだ! カティア』
野人の攻撃が俺の身体を斬り飛ばす。馬鹿みてぇな威力だ。俺はそのまま後ずさり、息を長く吐いた。
「かーっ、くそっ。やっぱり、俺にゃあ、英雄の相手は、厳しいかっ」
当然、俺は三害やキング、バーサーカーみてぇに強くねぇ。さっきも言っただろう。俺はほとんど戦ってこなかったんだ。キメラの中でも戦闘力は知れてる。俺の売りは特殊性だ。なんでも見える目、形態の大きな変化、そんなもんだ。
『とどめだ!』
『ええ!』
野人の斬撃と、透明眼の音波が俺に襲い掛かってくる。容赦ねぇな。当たり前か。かはは。
まぁ、お前らみたいな奴にゃあ、分からねぇだろ。力ばっかり手に入れやがって。なぁ、俺の気持ちを理解してくれる奴なんて、神ぐれぇだ。
その神に、こんな情けない最期は見せらんねぇわな。
俺はもう一度翼を広げ、はためいた。俺の突風が英雄共の攻撃とぶつかる。
『おお、流石ノーマンさんとカティアさん!』
『キメラの攻撃を押してます!』
攻撃のぶつかり合いは、英雄の方が有利だった。だが、俺の狙いは別にある。
「別に相撲してぇわけじゃねぇんだ。かはは」
俺は突風の角度を変えた。すると、英雄二人分の攻撃は洞窟の天井に向かい、岩肌を大きく壊した。
『なんだとっ』
「さてと、じゃあ、パーティーと行こうじゃねぇか」
俺は再びはためき、洞窟の壁という壁に向けて攻撃しまくった。なんの考えもなしに攻撃してるわけじゃねぇ。人間共と違ってな。かはは。
『やめなさいっ』
透明眼の音波が飛んできて俺に直撃する。ああ~防御もせずに受けると流石にいてぇなぁ。だが、関係ありゃしねぇぜ。俺は壁への攻撃を続けた。名前も知らねぇ兵士達が銃を撃つ。銃弾が俺にめり込む。血が飛び散る。
そして、ついに俺の努力が報われた。洞窟が崩落し始めた。
『くそっ』
『隊長!』
『駄目だ、後退するぞ! 全力で逃げろ!』
兵士達は逃げていった。あいつらが無事脱出できたかどうかは知らねぇ。何人かは生き埋めになっただろうが、まぁ、どうでもいいわな。
俺はその場に倒れた。当然、俺が倒れた場所にも岩は落ちてくる。巨大な岩に身体を押しつぶされるも、痛みは感じなかった。どっちにしろ、もう限界だったからだ。
「まぁ、悪くねぇ結末だぜ」
お先に眠らせてもらうぜ、神。
死ねば空虚もくそもねぇ。
笑いっぱなしってのも、もう疲れたんだ。




