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90.King 1

 同胞で最も強力な生物が殺された。英雄の一人、無表情(ポーカーフェイス)によって。

 バーサーカーの死。この島の誰がそれを想像しただろう。100年以上共にした仲間達も、人間ですら、それが可能であるなどと思いもしなかっただろう。

 今、このキメラ会議の場には私と、リズ様、それにブラックがいる。栄華を極めた同胞達の多くが死に、神を守れるもの、残されたものは三体。

 理解しなければならない。我々は敗北した。


「待たせたね」


 神が姿を現した。このお方の感情は読み取れない。


「みな、既に伝えた通りだ。バーサーカーは死んだ」


 神は淡々と話す。


「史上最強のキメラが殺された。殺す者が現れた。ほとんどの同胞がこの世を去り、残された者はここいる私達だけ。みな、察しているだろう。この状況をひっくり返す方法はない。新たなキメラはこの100年送り込まれず、私が奇跡的に作り出せたプラントも早々に殺された」


 神は私と同じ結論を下した。ただ異なるのは、神がそれをはっきりと口にしたことだ。そうだ。「我々は敗北した」。


「だが、みな、君達が生き延びる方法はある」

「神、駄目だ」


 私は即座に神の言葉を遮る。無礼な行為だ。後でいくらでも後悔しよう。捌かれても構わない。死ねと仰るのならば自ら命を絶とう。だが、神よ。それは口に出さないでくれ。

 神は私の、いや、私達全員の気持ちを察していた。それでも止まらない。神は続けた。


「私が死ねば、君達が狙われることはない。未来人がこの島を滅ぼすまでの間、生きることができる。それは僅かな間かもしれない。しかし、少なくとも、この島の人間達と同じ程度まで生きられる。君達は戦争の敗者ではなく、生存者としてこの世を去れる」


 それは事実だろう。リズ様も、ブラックも、人間の眼を誤魔化す能力に優れたキメラだ。リズ様は限りなく人間の姿に変化できる。ブラックは小さな烏として生きれば、少なくとも人間に不用意に狙われることはない。そして、私は戦闘力と知識がある。人間から隠れて過ごすことは可能だ。

 だが、そんなことを誰が望む?


「神。我々は生きたいのではない。あなたと共にありたい」

「かはは。俺達はあんたがいなきゃただの獣だった。あんたがいなきゃ、こんな下らない戦争にとっくに飽きていたぜ」


 私は神の瞳を見詰めた。

 神、聞こえているはずだ。ここにいる者も、この世を去ったものも、全てあなたの為に生きた。戦争など最初からどうでもいい。私達の生きる理由は貴方だ。


「だからこそ、死ぬ理由も貴方でいたい」


 神は目を閉じた。すると、リズ様がくすくすと笑った。


「さぁ、どうする? 兄さん」


 会議を終え、洞窟の出口である崖から地上の密林を眺めていると、ブラックが飛んできて、私の肩に止まった。


「かはは。すっかり夜だな」

「ああ、月が綺麗だ」

「おいおい、告白してんのか? 照れるぜ。かはは」

「何を言ってるんだ?」

「なんだ。知らねぇのかよ」


 ブラックの意味不明の発言に私は首を傾げる。また、いつものお得意の冗談(ジョーク)だったのだろうか。


「神も含めて四人の会議。随分と懐かしい光景だったな」

「かはは。ああ、そういや、最初はそんなもんだったか」

「ああ。私とお前と、ホワイトフット。最初のメンバーだ」


 最初の会議は誓いだった。これから、全てのキメラは同胞となる。同胞は永遠に仲間であり、神をお守りする。例え何が起きても、私達は戦い続ける。


「誓いを果たす時がきた」

「かはは。ああ、先に逝った奴等へ人間の手土産を持っていこうぜ」


 洞窟から、足音が聞こえた。ほとんど人間の姿をしたリズ様だった。


「昔話? 老人みたいね」

「かはは。お前は随分とその格好が気に入ってるんだな。まぁ、その格好を見てきれる奴も、もういやしねぇしな」

「マリオネットか。リズ様、彼も口は悪かったが、リズ様のことを思って……」

「わかってるわ。何も言わないで」


 リズ様は、例の任務以降随分と大人びた。かつてのように人間を無意味に甚振ることもなく、言動も冷静さを得た。何があったかは神から少し聞いている。聞いたうえで、リズ様が迷い、苦しみ、神を選んだことも知っている。私達には理解できない悩みだった。何故なら、私達は人間に一部の同情ももたないから。だが、価値観の違いは些細なことだ。リズ様は最後、神を選んだ。それでいい。


「かはは、せっかくだ。最期に、俺達の中身の話でもしようぜ」

「かつての記憶か」

「ふ~ん。いいんじゃない?」


 私の外見に人間らしい部分は少ない。多くが獅子を占めている。その獅子の記憶は、家族を人間に奪われ、自身も射殺されたという碌でもない思いでしかない。その上、私の素体となった人間は、奴隷だった。これもまた、人間に虐げられ続けた記憶しかない。

 ブラック。彼の素体となった人間は教師だったという。明るく、冗談の多い先生だったのだろう。しかし、生徒間で生じた問題の罪を全て擦り付けられ、自ら死を選んだ。

 そして、リズ。彼女は……


「普通の人間よ。普通の家族のもとで生きた。ただの人間」

「にしても、なんで"神の妹"なんだ?」

「多くのキメラが疑問に思っていたことです」


 リズ様は「あはは」と笑った。


「知らない。もしかして、私と兄さんのもとになった生物の何かが兄妹だったのかな。私にはそんな記憶はないけど」


 風が吹く。気持ちの良い風だ。

 死を間近に感じる。だが、恐怖もない。悲しみもない。私達には神への忠義と、残された命を立派に燃やすことへの使命感しかない。

 私達は十分生きた。

 更に背後から足音が聞こえた。驚かざるを得ない。


「神!」

「やぁ、みんな」

「かはは、驚きだぜ」

「出てきていいの?」


 神は微笑んだ。不思議だが、彼が笑みを見せるだけで心が落ち着く。


「君達がいる。それ以上に落ち着くところはない」


 ありがたいお言葉。私は瞳に涙がたまる。

 しかし、そのお言葉には神の真意が現れていた。やはり、神の心にも迷いがあったのだ。後悔もあっただろう。自分の責任でこの戦争に敗北すると考えておられるのかもしれない。そのようなことは決してない。そもそも、神がおられなければこの戦争は戦いにすらなっていなかった。人間が獣を狩るだけのゲームになっていた。


「覚えておこう、この景色を。君達の傍に立つ幸福を。私達は永遠に繋がる。死する瞬間も、君達を思おう」


 神は言葉を紡いだ。私はいよいよ耐えられず涙をこぼす。


「なぁに、キング。泣いているの?」

「かはは、男泣きって奴か。粋だなぁ、おい」

「うるさいぞ」


 リズ様とブラックから、私に向けて共通思念が同時に送られてきた。「気持ちはわかる」と。当然だ。私達は仲間だと、何度も繰り返しただろう。

 終わりの時が近付く。逃れられない宿命だ。

 ならば、この瞬間を、僅かでも感じていよう。

 再び来る永遠の闇が迫るまで。



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