89.Sacrifice
目が覚めたらベッドの上にいた。
見覚えのある部屋だ。白い部屋に白い布団。身体に心電図のコードが繋がっている。直ぐに病院だと察した。手を頭に持っていこうとすると、何かに引っかかる感覚がした。視線をやると、上半身だけベッドに乗り上げるようにして眠っているしろの手が俺と繋がっていた。
「寝かせておいてあげなさい。ずっと看病していたのよ」
マッチョナース隊長が白衣を着て立っていた。
「俺は……気を失っていたんですね」
記憶がない。ギークと別れ、しろに抱きしめられてからの記憶が。火に囲まれたオアシスから、ショットタウンの病院までいつの間に戻っていたのか。
「重症だったからね。あんたでも回復するのに一週間かかった。でも、おかげさまであんたは伝説の英雄になった。あの怪物を倒すなんてね」
戦いが夢ではなかったと知りほっとする。そうだ。俺はバーサーカーを倒した。この島で俺が立てた目標の一つを達成したのだ。風上隊長、威、アビー、そして会ったことのない多くの兵士達の仇をうった。
「オアシスの被害はどの程度ですか?」
マッチョナース隊長は口を開こうとし、噤んだ。なんだ、その反応は。
「どの程度知ってるの?」
「どの程度? いえ、何も。火の海になったオアシスの光景しか……」
ギークとのやり取りの後、俺はギークが持っていた風上隊長の骨を撃った。「もう眠らせてやれ」という思いを込めて。その後、ギークの連絡網からオアシスに危機が迫っていると通信が入り、俺は急いでオアシスへ向かった。
マッチョナース隊長はふーと長い息を吐いた。
「オアシスの住民は7割死亡したわ」
「7割!?」
「前線に出た兵士のほとんどは死亡。生き延びたのは住民の警護にあたった兵士ぐらいね」
つまり、オアシスは滅ぶ直前だったということだ。いや、事実上住民がほとんど死亡し、街の過半数が破壊されたところを考えると、滅んだ、と言っても間違いではないかもしれない。
だが、待て。あの場には英雄が揃っていた筈だ。彼等の敗北など考えもしなかったから思い浮かばなかったが、英雄はどうなった。
「隊長達は……」
「ええ。英雄は前線に出たわ。貴方は全員と面識があったものね」
どっちが知りたい? と彼は尋ねた。生き延びた英雄の名前か、死んだ英雄の名前か。
「誰が死んだんですか?」
俺は迷わず答えた。その数の方が少ないと判断したからだ。
「まず……グレートウォールの英雄はあんた以外死んだわ。達人ジェットは腹を吹き飛ばされていた。マスクは、人間に味方する機械人間だったのね。あんたは知ってたの? まぁ、いいわ。彼はメインのチップを潰されていた」
俺が戦場に訪れてから唯一東の英雄として生き延びていたジェットが死んだ。壁の住民のショックは大きいだろう。そして、マスクこと、マーダー。バーサーカーとの戦いを避けたがっていた彼も、奴と戦うことを選んだのか。人間として、英雄として、彼は死んだ。
「次に、南の英雄だけれど。全員、命を落としたわ。軍曹と執事は即死。名前のない怪物は、救護班が駆けつけた時は息があったのだけれど、回復しきれなかった。この三人は素行はともかく英雄歴の最も長い三人だったから、人類は強力な経験と戦力を亡くしたことになる」
三人とも、マリオネットの戦いから、師匠に影響されて英雄らしくなったと噂を聞いていた。残念だ。俺はその姿を見ることができなかった。
「ああ、あと北の英雄は全員生き延びたわ」
「全員、ですか。流石ですね」
「ええ。野人ノーマンは、致命傷を負っていたけれど持ち前の回復力で回復。透明目は負傷した後、気配を消してやり過ごして、私やアーサーを蘇生させてくれた。彼女は命の恩人ね。その道具はギャンブラーがドローンに隠し持っていたんですって。ある意味、一番バランスの取れた三人ね」
ああ、その評価には同意する。
だが、待ってくれ。一番生き延びるであろう人はどうなった。
「ヤクザ隊長は……」
「彼は死んだ」
どっきりだろう? どうせ、「びっくりしたやろ!」とかなんとか言って、病室の窓から入って来るんだろう? 彼が死ぬわけがない。あの男の死体など想像できない。
だが、いくら死ぬわけがない、などと思っても、当然、人は死ぬ。今までだってそうだ。風上隊長も、師匠だって、俺は彼等が死ぬところなど考えたこともなかった。
「う~ん」とうめき声を上げてしろが目覚めた。俺を見るや否や「はっ」として、笑顔を輝かせる。
「秋也さん! よかった。目が覚めたんですね!」
思いっきり手を握られて、俺はびっくりするとともに笑い返す。
マッチョナース隊長はその光景を見ると、その場を去った。そうか、彼の悲しみの表情はヤクザ隊長を失ったことへの思いが現れていたのか。
そして、俺はヤクザ隊長を失ったことで悲しむであろう人間をもう一人知っている。
「しろ、出かけよう」
「え、今からですか?」
「ああ、今すぐに、だ」
ショットタウンを歩いていると、多くの兵士が俺に声をかけた。知っている人も、知らない人も、だ。バーサーカーを倒したことへの影響らしい。その噂は既に島中の人間へ広まっているようだ。人類の最大の敵が消えた。一つの災害が永劫消滅した。その喜びだ。
そして、俺は目当ての人物を見つけた。彼女は街の警護をしていた。
「セシリア!」
声をかけると、彼女は力なく微笑んだ。
「あら、伝説の英雄さん。しろさんも」
そんな顔で冗談を言われても笑えないぞ。
「セシリア。本間隊長のことは……」
セシリアは笑顔のまま「うん」と頷く。
「滅茶苦茶な人だった」
「ああ、滅茶苦茶だった」
「知ってる? 私、あんたがグレートウォールに行った後も、あの人に振り回されっぱなしだったのよ」
「そうだろうな」
「勘弁してほしかったのよ、ねぇ。あんたなら、わかるでしょ? ね、ほんとに……」
しろが歩いていき、セシリアを抱きしめた。セシリアはしろの肩にうなだれる。長い髪で顔が隠れるが、どんな表情をしているかは手に取るように分かった。その痛みも、辛いほど伝わった。
「何の慰めにもならないと思うが……」
と、俺は前置いた
「最期のヤクザ隊長は、心の底から幸せそうだったらしい」
セシリアは鼻をすすって「わかってる」と呟いた。
呼び出しをくらい、研究所に向かった。バーサーカーの戦闘で壊れた剣、ブーツ、銃を修理してもらい、返してもらった。黄金の槍も、爆発で吹き飛んだのをパーカーが見つけてくれたらしい。
「グレートウォールの技術が使われているので修理は苦労しましたよ」
若い開発者は笑いながら言った。
「それと」
と続けて、手渡されたのはバーサーカーの鞭だった。
「これは……」
「バーサーカーの身体と装備は見つかりませんでしたが、唯一頭とこの鞭は見つかりました。どうすべきか議論して、やはり貴方の物にすべきだと話がありました」
電撃の鞭。多くの兵士の命を奪ったバーサーカーの代表的な武器だ。俺は遠慮なく受け取った。
風上隊長の剣、威の黄金の槍、アビーのブーツ。そして師匠の銃と両腕のブレイド、さらにバーサーカーの鞭。豊富な武器で装備は重たいが、抱えていこう。
例え仲間が死んでも、バーサーカーを殺しても、道は終わらない。
戦争はまだ続いているのだから。




