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85.Murder 7

 バーサーカーは暫く立ち尽くし、再び進行を始めた。倒れたおかまに近付き、腕を向ける。


「……さっさとやりなさいよ」


 リストブレイドの間にセットされているチューブガンが起動し、ULがチャージされる。瞬間、なにか巨大なものがバーサーカーの近くに下り立ち、それが腕を振るとバーサーカーが吹き飛ばされた。この時、初めてバーサーカーは砂に身体を着いて倒れた。


「カティアァ!!」

「わかってる!!」


 野人の叫びと共に、何もない空間から衝撃波が発せられ、バーサーカーは倒れたまま砂の上を転がった。


「マシュー!!」

「堪能あれ、偉大な芸術を!!」


 空を掛ける鳥からの爆撃、四足歩行兵器からの火炎、そして、地面から顔を出した兵器がおそらく地雷をセットしていたのだろう。バーサーカーが転がった方向が大爆発した。その火柱は俺の大型兵器がフル装備で武器を放った際のそれに似ていた。つまりは現状、この島での最大火力だ。


「キャサリンさん、大丈夫ですか?」


 透明眼ステルスアイがステルススーツを解除しておかまを介抱する。


「あんた達……」

「すみません、遅れてしまって……他の英雄たちは?」

「もう、あんた達しか……つっ」

「動かないで、重症ですから」


 野人とギャンブラーは火柱を眺めつつ、警戒を解かなかった。


「どうだ、マシュー」

「ホークの爆薬、ウルフの火炎放射、ドリルの地雷。全部直撃しましたが、駄目ですね。ぴんぴんしている」

「生物とは思えんな」


 火炎が鞭によって振り払われ、バーサーカーが姿を現した。ギャンブラーの言う通りだ。ダメージがあるようには見えない。いつものように悠々と歩いている。


「どうするの? ノーマン」


 野人はバーサーカーの姿を暫く眺め、斧を振り上げた。


「撤退戦だ」

「おや、貴方にしては珍しい」

「既に英雄のほとんどが倒れている。これ以上被害が増えれば人類側は立て直せない」

「オアシスを見捨てるの?」


 透明眼ステルスアイは立ち上がり、野人の腹をぽかぽかと叩いた。


「命をとしても民を守るのが英雄の仕事でしょ」


 この女、機械人間(おれたち)が中央都市に攻めてきた兵士を始末していた時にも同じことを言っていた。あの時はこの女一人に数十名の機械人間がぶっ飛ばされた。勿論、誰一人戦闘不能には陥っていないが、厄介な英雄だと肝を冷やしたものだ。


「撤退戦だと言っただろう」


 野人はふーと息を長く吸った。


「俺が時間を稼ぐ。お前達は現状を司令官に伝えろ」

「ノーマン……」

「旦那」

「これが今できる最善だろう。行け」


 バーサーカーのガンキャノンが放たれる。野人が構えるが、その前に、透明眼ステルスアイが再び衝撃波を腕から発生させ、弾丸を消し飛ばした。


「おい、カティア」

「報告係は一人で十分でしょ?」


 透明眼ステルスアイがギャンブラーに視線を送る。彼はふっと笑い、


「いや、一台で十分だ」


 と言った。彼が操る空を飛ぶ機械が街の中央へ向かった。


「全く、二人とも、巻き込まれるなよ」


 野人は吠えた。それまでの冷静な姿が嘘のようだ。

 それからの北の英雄は確かに強かった。野人の力はすさまじく、斧を振るたびにバーサーカーが弾き飛ばされた。その上、野人はバーサーカーの攻撃をいくら受けても立ち止まらず、次から次へと攻撃を繰り出した。野人の特筆すべきは人間とは思えない再生力だ。傷を受けてもすぐさま回復して、次の攻撃につなげる。

 透明眼ステルスアイはステルス戦法を駆使して、バーサーカーの攻撃をかき消すサポートへ回った。流石は俺達を手間取らせただけある。その気配の消し方は見事なテクニックだ。ギャンブラーは攻撃にも撹乱にも揺動にも回り、戦いのバランサーを担当していた。

 北の英雄たちは、全ての街の中でも最も多彩で、コンビネーションに長けた英雄達だった。

 だが、結局バーサーカーには敵わないのだ。

 ギャンブラーのドローンはバーサーカーの鞭の餌食となり、透明眼ステルスアイのステルス装置、および武器はガンキャノンで破壊された。野人はその再生力を上回る負傷を受け、地面に倒れた。北の英雄も他の街の英雄と同じく、バーサーカーに傷一つつけることなく敗北した。

 バーサーカーは街への進行を続け、この場を去った。地形が完全に変形した街の入り口に残るのは、英雄たちの亡骸のみ。


「かはは、よう裏切者君、気分はどうだ?」


 俺が視線を向けると、小さな烏が一羽、砂の上に立っていた。有力なキメラの一匹、ブラックだ。随分と久しぶりだな。


「何故、こんなところにいる?」

「かはは、そう睨むなって。感想を聞きに来ただけだ」


 感想、だと? 見事、というほかあるまい。

 バーサーカーの殺戮能力。あれは、もはや災害と同じだ。誰にも止めることはできない。出会ったことを運が悪かったと、諦めるしかあるまい。そう、諦めるしか……

 待て。

 諦めなかった馬鹿を、俺は一人知っている。

 敵として奴と出会い、仲間を殺され、自身も傷つき、それでも倒れなかった男を俺は知っている。

 気が付けば、俺は笑っていた。ブラックは首を傾げる。


「なんだ? おかしくなっちまったか?」

「いいや、いいや、まぁ、確かにおかしいな」


 あの男は、これほどの力を目の当たりにしても折れなかったのか。俺と戦った時、絶望を何度突き付けてもくじけなかった理由がよくわかったよ。あいつにとっては、乗り越えるべき壁でしかなかったんだな。


「マーダー。お前は、俺達を裏切り、人間側に付いた。神が許しても俺は許さねぇ。かはは。悪いけどな、死んでもらうぜ」

「そのためにわざわざ来たのか?」

「英雄が集まっている場所でバーサーカーが暴れてるって聴いてな。もしやと思えばこれだ。流石はバーサーカーだぜ。英雄が全滅とはな。かはは。まぁ、まだ息がある奴もいるが、オアシスが滅びれば関係ねぇ。どうせくたばる。でも、お前はそういう訳にはいかねぇだろ。楽にしてやるさ」


 ブラックは身体を巨大化させた。二足歩行の黒い姿。


「それがてめぇの戦闘形態って奴か」

「かはは。見たことねぇだろ。奥の手だからな」


 ブラックは足を俺の頭の上に置いた。めきめきと金属が軋む。成る程、このまま力を入れれば俺の頭は砕かれるだろう。大量のULを流した俺の身体は強度が著しく落ちているのだ。


「へぇ、やるじゃぁねぇか」

「かはは。最期に、ほら、今の気持ちでも言えよ。神に伝えといてやるよ」


 残念ながら、ブラックの聞きたい言葉は、俺の感情にはない。

 俺の小さなチップの中には、ギークを殺せなかった悔しさも、バーサーカーに対する恐怖もない。

 ブラック、てめぇは知らねぇだろう。あの男の存在を。


「お前達は負けるぜ」


 キメラだろうが、バーサーカーだろうが、神だろうが。あいつには勝てねぇ。あいつの執念は異常だ。狂ってやがる。狂気の戦士さ。この島の誰よりもな。多分、本人は「俺はまともだ」なんて笑えるセリフで誤魔化すだろうが。

 ブラックが俺の頭をチップごと砕く、その瞬間だろうか。俺の頭にはイメージが流れた。遠い遠い、昔の話。俺が馬鹿やって死刑台送りになる前の記憶。

 俺にも家族がいたんだ。

 くそ、今更思い出しやがって。

 どうしようもねぇな、俺はよぉ。



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