82.Murder 4
奴を初めて見たのは、神がキメラ共に共通言語を与え、束ねだしてから10年ほど経過してからだ。
武装したキメラ。それだけだと思っていた。だが、奴の戦いを一目見てから、それだけではないと実感した。どんな兵士、英雄であろうが、奴の前では戦いにすらならなかった。
バーサーカーが甲羅から伸ばしたガンキャノンはULのエネルギー弾を放出する。速度も威力も奴次第だが、一番の特徴は無音であることと、気配を感じさせないこと。どんな強者でも遠方から放出されたら終わりだ。
弾は俺と達人の横に立っていた兵士二人の胸を貫き、そのまま街を囲む壁を破壊し、家屋に当たって爆発を起こした。兵士が纏う薄いシールドなど無意味だ。再び起こる火の手は周囲に飛び散り、火事を広めていく。
「武器を使うキメラなんて!」
兵士の一人が叫びながら狙撃銃を撃つ。無駄だ。奴の鎧にその程度の弾丸は聞かない。あの銀の鎧は、機械人間を構成している金属よりも更に頑強で、尚且つULの気配を完全に消去する。
兵士達が銃弾をばらまく。拳銃、狙撃銃、散弾銃、マシンガン。バーサーカーは避ける気にもならないらしい。ゆっくりと近付いてくる。見兼ねた俺は兵士に告げた。
「無駄だぁ。撃つのを止めろ」
「何故です!」
「奴には効かない。足止めにもならん」
俺は自分の武器である片手撃ち散弾銃を手に持ち、達人に話しかける。彼は座禅して目を瞑っていた。
「おい、準備は良いかぁ?」
彼は目をすっと開き、立ち上がる。
「ああ、女王様とは長く語らった」
意味は分からないが、この状態の達人の戦闘力は俺ですら手を焼くレベルだった。
達人は兵士に大声で告げる。
「オアシスにいる全兵士に連絡しろ! 実力のある者だけでいい! この場に集めるんだ! 覚悟のない者はここから去れ! 目の前にいるのは人類最大の敵だ!」
バーサーカーは街の前まで来て、立ち止まった。奴の噂は常々聞いていたことだろう。多くの兵士は恐怖で身体が震え、逃げ出すことすらできないようだ。
「おい、達人。少なくとも奴とまともに戦えるのは俺達だけだぁ」
「分かっているさ」
達人は自嘲するように笑う。そして、「行くぞ!」と叫んだ。
俺はさっそく散弾銃を奴に目掛けて撃つ。鎧に弾は弾かれるが、衝撃で若干の後退を見せた。どうだ? バーサーカー。そこらの兵士とは威力が違うだろう。
僅かにできた隙を見逃さず、達人はバーサーカーに近付く。その身長差は二倍ほどだ。恐れず近付く達人の精神力の強さは見事だ。
「はい! はい! はいぃ!!」
達人の連撃が始まる。あの攻撃は体の芯まで響く。拳が当たるたびにバーサーカーは僅かずつ後退していく。
「女王様ァ!!!」
奇声と共に最後の攻撃が繰り出される。バーサーカーは初めて両腕でその攻撃をガードした。2、3メートルは後退しただろう。続いて、俺は近付きながら散弾銃を撃ち、フルスイングした右腕で奴を殴りつけた。金属音が鳴り響く。だが、奴は体勢すら崩さない。
続けざまに殴り続ける。俺のパンチ力は当然、人間のそれを遥かに上回る。速度も、威力もだ。常人ならば捉えることすら不可能なはずの俺の拳を、奴は片手で掴んだ。動かない。何という力。
「なんだとっ」
バーサーカーは俺を観察するように眺める。俺はもう一方の手に持つショットガンを近距離で仮面に向ける。撃った瞬間、俺の片腕が奴の握力で潰された。馬鹿な。機械人間のメタルを力だけで潰すなど。
達人の拳が奴を吹っ飛ばすが、バーサーカーはそれを片腕でガードしていた。
「大丈夫か!」
「あぁ~全く驚かせてくれる」
右肘から前を持っていかれた。コードと青い液体が垂れる。達人は目を一瞬大きく開き、前に向き直る。
「今は何も言うまい!」
「あぁ、助かる。バーサーカーを倒すには、人間の振りをしたままじゃぁ無理だ」
戦闘装置を起動する。身体の各部から蒸気が漏れ出る。人間の外装を模した肉の革袋が所々消滅し、メタルのボディが露出する。理論通りならば、この状態の俺はバーサーカーの腕力に匹敵する。
「達人! 巻き込まれるなよ!」
散弾銃を放り投げて、加速装置を起動して走り出し、バーサーカーを殴りつけるように振りかぶる。拳が奴の鎧に届く。そう確信した瞬間、拳が空ぶった。
避けた? この速度に対応したのか。
俺の身体の側面から強い衝撃が走り、俺は砂漠の上を転がった。凄まじい勢いで止めることする難しかった。俺の身体はそのまま街の壁を破壊して隊舎に突っ込んだ。
ただ殴られただけで、超重量級の俺の身体がぶっ飛んだ。
「マスク! おのれぇ!!」
達人の声が聞こえた。まずい、優秀な英雄といえど、一対一で奴に敵う筈がない。
俺は立ち上がり、進もうとした。そこで、自分が飛ばされた場所が自分の一室だったことに気付く。用意していた最強の武器が、まだ残っている。
俺はそれを抱え、加速装置を起動して全力で走る。たどり着くと、達人はバーサーカーと応戦していた。彼の掛け声がリズミカルに響いた。
「女王様! 女王様! 女王様ぁ!」
バーサーカーはそれを全て片腕でガードする。
「女王様ぁ!!!」
その叫びは、兵士の悲鳴でかき消された。
達人の攻撃を全ていなしていたバーサーカーが突然戦闘態勢に入り、達人の身体をブレイドで貫いたのだ。ブレイドは彼の腹部を貫通していた。速すぎる突きだった。
だが、達人は「うぉぉぉ!!」と叫び、腹部を刺されたまま拳を振るおうとした。瞬間、達人の腹部が爆発した。突っ立ている兵士達はその光景に膝を折った。
「チューブガン……」
達人の上半身と下半身は分かれ、凄まじい血液が砂漠の乾いた砂に吸い込まれていく。彼は自分の身に起きたことを理解した後、静かに目を閉じた。
「"達人"ジェット。よく戦った。貴様は確かに英雄としての、いやそれ以上の力をもっていた」
俺は抱えていた武器を下ろし、装置を起動する。装置は自動的に組みあがっていき、一丁の巨大な重火器が出来上がる。
「バーサーカー……これが避けられるかぁ!!!」
俺はトリガーを引く。ガトリングガンが起動し、バーサーカーに向けて連射される。達人の相手をし終えたばかりのバーサーカーは反応に送れ、銃弾の雨を浴びる結果となった。
このガトリングガンの威力は今更語る必要はないだろう。例え、どれほど強靭な鎧であろうと、弾の嵐は確実に命を奪う。バーサーカーであろうと、所詮は命。限界があるのだ。
瞬間、バーサーカーは武器を取り出した。電撃の走る長い金属。鞭だ。防御不可能の絶対的攻撃力を持つ兵器。しかし、それでどうするというのだ。
奴は鞭を動かし、自分の身体を覆った。それで防ぐつもりなのか。いいだろう。戦って見せよう。俺の最強の武器が直撃して生きていられた生物などいやしないのだ。
俺は叫び、ガトリングガンを撃ち続けた。ULが完全に底をつくまで撃ち続けてやる。だが、連射の途中で光が見えた。電撃の光だった。
ガトリングガンの連射のほんのわずかな隙を見つけ、バーサーカーは防御を解いて、鞭を振るったのだ。
「ここまで、やるとはなぁ」
ガトリングガンは切断され、俺の身体ごと二つに分かれた。
俺の身体は肩口から脇腹まで斬られており、下半身から上半身がずれ落ちた。残ったのは頭と左腕がくっついた胸だけ。何もできやしない。
バーサーカーは無力な兵士を殺めながら俺に近付いてくる。そして、目の前に立った。
『久しぶりだなぁ』
俺の共通言語を無視し、バーサーカーは甲羅からガンキャノンを一丁伸ばし、俺の頭部に向ける。凄まじいULが砲身に集まっていく。
「容赦がないぃ。流石だぁ」
弾が俺に発射される間際、巨大な衝撃がバーサーカーに直撃した。砂が舞い、あのバーサーカーが数十メートル吹っ飛んで行った。
「死体を撃つなんて真似をするやつぁ、俺ぁ許せねぇ」
槌を持った巨大な男が立っていた。
「あの達人と、評判の高かったマスクが倒されるとはね」
「ああ……最初から本気で行く必要があるな」
正装の男と、対照的な軍服を着た巨大な銃を背負う男。
南の英雄が到着したのだ。




