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81.Murder 3

 オアシス。腐った街だ。少なくとも俺は、こんな機会がなければ近付く気にもならなかった。かつて襲撃に来た際はこの街の英雄と戦い二人を殺したが、もう80年前のことになる。当時はゴミの掃きだめのような街だったが、流石に幾分か改善されたようだ。


「本気で改革したんですね」


 葉鳥お気に入りの小娘が呟いた。確かに、かつての荒廃ぶりからは考えられない町並みだ。家々には豪華な装飾が施され、勿論浮浪者は見当たらない。

 俺達"英雄"はオアシスの軍基地である施設に向かった。案内された部屋に入ると、その光景に衝撃を受けた。現英雄が揃っている。

 北の"野人"、"透明眼ステルスアイ"、"ギャンブラー"。

 西の"おかま"、"ヤクザ"、"盗賊王"。

 南の"軍曹"、"執事"、"名前のない怪物"。

 そして我ら東の"マスク"と"達人"。

 俺が敵の立場ならば、流石に居合わせたくない空間だ。英雄が全員揃っている状況など、どんなキメラであっても無事では済まないだろう。

 俺達が入って来るなり、ヤクザが叫んだ。


「なんや! ほんまに葉鳥来てへんやんけ」


 そうだ。空席は二つ、に見える。葉鳥と、姿を隠している透明眼ステルスアイだ。


「彼は忙しい身だ。仕方あるまい」


 盗賊王が残念そうな口調で言った。ヤクザは直ぐに反論する。


「俺かて忙しいわ。帰っていいなら帰るで!」

「忙しい? 帰ったって寝るだけでしょ」


 おかまは心底呆れていた。

 突然「おい!」とデカい声が上がる。全員にピリッとした空気が流れた。声の主は軍曹だった。


「北の連中。ここは武器の持ち込みは禁止だ」

「武器? 誰も持っていないだろう」


 野人が尋ねると、執事が馬鹿にしたようにため息を吐く。


「どうやら、我々は生まれながらの透明人間に遭遇したようだ」


 成る程、そういうことか。野人も納得したようだ。南の連中は透明眼(ステルスアイ)のステルス装置が気に食わなかったらしい。

 野人は仕方ない、といった様子で空席に話しかけた。


「おい、機能をオフにしろ」

「断る」

「なんだと?」

「冗談じゃない。断る!」


 ギャンブラーがやれやれと大げさに首を振る。


「いいんじゃない? 透明が彼の売りなんだから」

「そうだぞ。無理強いすることはない」

「どうでもええわ」


 という西の声援と、


「ふざけるな」

「ルールも守れない英雄がいたとは」

「俺ぁ興味がねぇな」


 という南の意見がぶつかる。北の連中はどうにか透明眼ステルスアイを説得しようと努力していた。


「おいグレートウォールの英雄! お前らはどっちの味方だ!」


 軍曹が叫んだ。

 どっちの味方? 笑わせる。俺はお前達の敵だ。殺人衝動スイッチを葉鳥に破壊されたが故にお前達に対して何の感情もないが、俺を不快にさせれば当然の報いを受けることになる。

 俺の隣に座る達人が「待てっ」と叫び、一時騒ぎは収まった。彼は首のペンダントを手に持って示した。


女王様(ママ)に聞いてみよう」


 ペンダントが開くと、グレートウォールの女王の遺影が張り付けられていた。俺の視界に入る全員がひきつった表情を浮かべた。


「わかったよぉ」


 と声が聞こえた。透明眼ステルスアイの声だ。なんだ? 随分と弱弱しい口調だった。

 ステルス機能がオフになり、透明眼ステルスアイが姿を現すと、北の人間以外全員驚いた。女だ。ボディラインに沿ったスーツを着込んだ女。


「俺ぁ女は好きだ」

「ほう、興味深い」

「おいっこっちに来て座れや」


 南の英雄の下卑たヤジが飛ぶ。透明眼ステルスアイの顔がみるみる真っ赤に染まり、両手で顔を隠して机に突っ伏した。


「もう!! だから嫌だったのにぃ!! だから目立ちたくなかったの!!! ノーマンの馬鹿馬鹿馬鹿!! 大馬鹿!!」

「なんで俺なんだ……」

「やれやれ」


 透明眼ステルスアイの嗚咽が聞こえる。そんな中、おかまが優しい声音で言った。


「わかるわ」


 全員の視線……いや、ペンダントの遺影を凝視している達人を除いた全員の視線がおかまに集まる。


「私もむさくるしい男に囲まれてずっと気分が悪かったのよ。みんなやらしい目で見てくるしね。私達は同志よ」


 葉鳥が来なかった理由がよくわかった。

 扉が開き、礼服を着た男が入ってきた。見たことのない男だ。


「英雄の諸君。よく集まってくれた。一人欠席者が出たのは残念だが仕方あるまい」

「お前は誰やねん」


 ヤクザが睨みながら叫んだ。よく間髪入れずに話に割って入れるものだ。


「失礼。私はニック・ベリー。南の軍で教官をしている」

「俺ぁお前みたいな奴は知らねぇ」

「知ってるか執事ぃ」

「存じ上げませんねぇ。雑魚のことなど」


 無礼千万な態度にも奴は動じなかった。そういう連中だと理解しているからだろう。実際、この教官の戦闘力は大したことはない。一目でわかるレベルだ。


「今、街はお祭り騒ぎだ。君達もこの三日間存分に楽しんでほしい。取り敢えず、今日は顔合わせだけだ。それぞれの待機場所に戻って休んでくれ。わかりやすいようにオアシスの東西南北に基地を作っておいた。北は北、西は西、東は東に向かってほしい」


 女王の遺影に集中している達人の肩を叩き、「行くぞ」と声を掛けた。だが、彼は中々写真から目を離さない。全く、なんだというんだ。俺はこんな奴をずっと世話しなくてはならないのか。すると、彼はようやく口を開いた。


「おかしい。女王様(ママ)が悲しんでいる。マスク、どう思う?」


 くそが。知るか馬鹿野郎。

 南の基地から離れる間際、おかまとその部下らしき男、そして葉鳥お気に入りの小娘が話している状況を見かけた。


「すっかり元気になったみたいで良かったわ」

「はい、キャサリンさん、パーカーさん。あの時はお世話になりました」

「葉鳥も嬉しいはずだ」

「よろしく伝えといてくれ、って言われてます。ここには皆さん来ておられるのですか?」


 おかまが指折り数える。


「フィリップは来ているわ。ただ、セシリアは来てない」

「彼女はショットタウンの警備任務だ。君に会いたがっていたけどね」

「そうですか……残念です」


 そこに盗賊王が訪れた。


「あ、アーサーさん」

「おお、しろちゃん。元気か」

「ええ、アーサーさんこそ」

「ああ、本当は全裸で挨拶したいところだが、それだけは止めろと色々な人に止められているので、この格好で失礼するよ」

「え、ええ。勿論です」


 奇妙な会話をしている。「全裸」と聞こえたのは気のせいか? 先の会議でもこの男は割とまともな方だと認識していたのだが。

 東に用意された隊舎の一室で、俺はあれこれと考えた。おかしな状況だ。機械軍を率い、多くの人間を虐殺してきたこの俺が英雄と呼ばれていることも、こんな場所で時間を潰していることも。

 すべては葉鳥秋也、奴の気まぐれか。奴が俺を倒した時、とどめをさしていれば全て終わっていたというのに。俺はギークを探し出し、始末した後、どうやって生きていこうか。この未来のない戦場で。

 立ち上がり、外に出る。日は落ち、夜となっても街の中心からは祭りの光が見えていた。そこに偶然達人が立っており、俺はしまったと思うが遅かった。彼は俺に気付いて近付いてくる。


「オアシスの夜は初めてだが、案外悪くないな」


 確かに、悪くはない。


「マスク、いつも思っていたが、君はどんな人間なんだ?」

「どういう意味だ?」

「突然葉鳥が軍に紹介し、あっという間に英雄になった。だが、俺にはどうも君という人間が見えない」


 勿論そうだろう。そもそも俺は人間ではない。お前に一度ぶっ飛ばされたことのある機械だ。


「君は何のために戦っているんだ?」


 ギークを殺すため……本当にそうだろうか。本当にその為だけに戦っているのか。かつての同胞と。


「なら、あんたはどうなんだ?」

「俺? 俺は勿論、女王様(ママ)のため……」

「待て」


 達人の演説を遮って悪いが、それどころではなかった。

 街と砂漠の境目あたりか。東の方から突然火の手が上がった。続いて、凄まじい衝撃が襲い掛かった。


「なんだ!?」


 俺と達人はアイコンタクトをして走り出した。道中見つけた困惑する兵士達数名を引き連れ、街の境目に辿り着く。街を囲むブロックが粉々に砕けており、周辺の家々から火の手が上がっていた。警備をしていたと思われる兵士二人は俯けに倒れている。


「おい、しっかりしろ!」


 ジェットが声を掛けて近付く。無駄だ。明らかに死んでいる。しかし、俺はその遺体を見て大きく目を開けた。

 胸に風穴が空いていた。

 まるで、エネルギーの塊が通り抜けたような穴。

 見覚えのある傷。

 俺は急いで周囲を見渡す。

 ああ、そうだ。

 砂漠の奥から近付いてくる影があった。背の高い人間のようなシルエット。銀の鎧を装着し、背中に甲羅のような武器を背負い、肩で呼吸をする怪物。この戦場で最強の生物。


「バーサーカーだ!!!」


 俺が叫ぶと同時に、奴は甲羅からガンキャノンを二丁解放し、オアシスに向けて放った。



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