8.Reinforcements
白い壁を見つけるまでは順調だったんだが……
入り口が見当たらなかった。俺達はしばらく壁に沿って歩いた。凹凸も何もない。延々と聳え立つ巨大な壁。グレートウォールとはよく言ったものだ。
俺は壁を見つけた喜びと焦りで忘れていた。この内側には人間が大勢いるということと、油断こそ大敵だということ。
いくら歩いても変わらない景色に飽きていた。慣れていたと言い換えてもいい。そこに油断が生まれた。俺達が入り口探しに躍起になっている間に、メタルグリズリーが近づいていた。
この熊さんは壁の向こうにいる人間を常に狙っているらしく、壁の周囲に縄張りを張っていた。この大きな壁の外周は広く、そこをブラブラと歩いている間に、熊さんの縄張りを3匹分乗り越えていたらしい。
回りくどいか。ようは俺達を狙って三匹の熊さんが現れたってことだ。
「ルール違反だ」
思わず、引きつった笑顔を浮かべる。
「一匹ずつだろ。せめて、一匹ずつだ。なぁ、君達。そう思うだろ」
フーフーという息遣いが聞こえる。獣臭さが鼻をつんざく。
壁に追い込まれた俺達を三匹の熊が囲い込む。どうやら、俺の言葉は通じなかったようだ。
「しろ、ここにいてくれ」
俺は背後のしろに小さな声で呼びかけた。しろは首を横に振る。心配そうな顔で。
「大丈夫だ。なんとかしてやるさ」
策はないが、怯えていても始まらない。そういう踏ん切りをつけるのは得意だ。
俺は壁を蹴って走り始めた。中央突破だ。真ん中の一匹の腕払いを姿勢を低くして避けて、そのまま密林へ走った。アニマルは走る物を優先して追いかける特徴がある。だから、俺はしろを置いて走った。熊が諦めない程度に速力を落として。
狙い通り三匹とも釣れたが、「一件落着」とはいかない。
適当なところで止まって、銃を構える。走っている間に引き金を引き続けていた。相当、パワーを秘めている筈だ。
追いかけてくる一匹に狙いを定める。敵は一直線に走って来る。
「取り合えず、一匹」
引き金を離す。
弾は一匹の肩に当たった。瞬間、破裂する。熊は叫び声を上げた。右腕を吹っ飛ばしたが生きている。
俺は破裂と同時に走り出し、右腕のない熊の身体に潜り込み、リストブレイドで顎から脳天にかけて貫いた。熊の身体から力が抜ける。熊が倒れる前にリストブレイドを収納し、遺体から離れる。
と、同時に引き金を引き、左から追いついてきた熊の腕を上体そらしで避ける。
続く連撃を避け続け、そのうちの一つを選んでカウンターの要領で熊の心臓付近で引き金を離す。上手く急所に当たったようで、二匹目も死んだ。
三匹目は右から現れたが、その出現にまで対応できなかった。三匹目の腕払いは俺が持っていたハンドガンに当たり、その勢いで銃は俺の手を離れて吹っ飛んだ。俺はその勢いを利用し、回転の最中でリストブレイドを起動、熊の胸に切り傷を入れる。三匹目は声を上げて俺から距離をとる。
「逃げるなら今のうちだぞ」
俺は睨みを利かして凄んだ。といっても、実際の俺に余裕はなかった。銃は手を離れたし、その時の衝撃で銃を持っていた左手は痺れている。右腕もリストブレイドの酷使で疲労が溜まっていた。
だが、俺の睨みは凄みを持っていないようで、熊はじりじりと近付いてくる。当然だ。俺の睨みは野良犬にだって効かない。逆に襲ってくる。そんな過去を持つ男だ。
熊は俺の目の前で、二足で立ち上がった。ふーふーと息をしている。
「なんだ。どういう意味だ、それは」
熊の真意を測りかねている隙に、背後から音が聞こえた。重い足音だ。
神様は俺のことが嫌いらしい。四匹目の登場だ。
感想は思い浮かばなかった。すぐさまに行動を起こさなければ死ぬのだ。
俺は三匹目に向かってリストブレイドで攻撃を仕掛けた。が、対面すると浮き彫りになるのがリーチの差だ。熊の腕の方が俺の腕より長い、その攻撃をかいくぐって傷を負わせるのは難しかった。手をこまねいている間に、四匹目が近づいてくる。
四匹目と戦える気はしない。それも二匹同時に相手取れば、確実にやられる。
仕方ない。綺麗に勝つのは諦めよう。
リストブレイドにはギミックがあった。師匠が知っていたかどうかは知らないが、俺は偶々気が付いた。刃を飛び出させる人指し指に引っかけているリングを限界まで引っ張り続ける。約10秒間。すると、刃が腕を離れて飛び出す。かなりの勢いで。
刃は三匹目の眼球に刺さった。刺さるように狙ったのだが、上手くいってよかったと心から思う。生じた隙の間に、落ちたハンドガンを拾い上げてすぐさま引き金を引き、四匹目が走り寄って来るまで待ち、引き金を離す。四匹目は頭部を破裂させて死んだ。
俺は苦しんで暴れ回っている三匹目に銃口を向ける。
リストブレイドのギミックを発動させたくなかった理由は、飛んで行った刃を回収して、再び腕にセッティングする手間が惜しかったからだ。その間は隙だらけになるし。良いことがない。
「面倒かけさせるなよ」
俺は格好をつけて引き金を離した。
ぱす
という音がして、銃口から煙が上がる。
「ん?」
銃が急激に熱を持ちだしたので慌てて手を離す。
地面に落ちた銃はカタカタと振動すると、小さく爆発した。
派手に壊れた。
「おい……待ってくれよ」
俺には武器がない。暴れ回る熊の目玉に刺さっている刃が、残された武器だ。
その熊は訳も分からず辺りを攻撃しまくっている。そして、何故か当たりを付けたように俺に向かって襲い掛かって来た。
「待て、おいおい!」
俺は熊の腕を避ける。避けることしかできない。
走って逃げるか? 入口のない壁まで? 武器も持たずに?
戦えない、逃げられない、俺に何ができる。
答えのない問題に悩みすぎた。これも油断か。
俺はついに熊の腕に当たった。吹っ飛ばされ、木にたたきつけられる。
咳が止まらない。意識は鮮明で傷は特にないが、動けない。
三匹目は暴れながら近づいてくる。
本当に死ぬ、と思った刹那、短い風切り音が聞こえた。
そして、三匹目の頭が胴体から離れた。
「メタルグリズリーを三匹も仕留めるとは、新人とは思えないな!」
声が聞こえた。はつらつとした元気のある声だ。
姿を現した男は、二本の刀を両手に携えていた。顔立ちはアジア系で、短い髪に黒い軍服を纏っている。二十代か三十代で、ともかく、俺が久しぶりに見た若い男だった。
「期待の新人だ。全く、よく辿り着いてくれた」
堂々とした声、振る舞い。頼りがいのありそうないい男だ。隣には、しろが驚いた顔で立っていた。更にその奥には、四匹目のグリズリーが真っ二つに斬り倒されていた。
「この子に言われて救助しに来たよ、立てるか?」
手を差し出され、俺は困惑しながら手を取った。
「あなたは……ごほ……誰」
男は満面の笑顔で答える。
「グレートウォール戦闘部隊第5班隊長、風上隼人。安心しろ。人類の味方さ」




