79.Revenge
ヴェロニカの先導で見慣れた道を歩く。グレートウォールから中央都市やショットタウンへ向かうルートだ。つまり、西へと進んでいる。
「で、ギークはどこにいるんだ?」
俺が尋ねると、ヴェロニカは突然振り返り、その間にナイフを投げてきた。俺は、そのナイフが俺を狙っているわけではないと気付いたから無視をする。ナイフは俺の顔の数センチ横を通り、樹木に止まっている毒虫に刺さった。
「詳しくは知らないのです」
「そりゃ困るな」
俺がナイフを引き抜き投げ返してやると、ヴェロニカは刃を指の間に受け止め、鞘に仕舞う。
「わたしが知っているのは、博士の場所へ続くテレポート装置の場所なのです。そこからどこへ飛ぶのかは……」
彼女はそう言って顔を横に振る。「知らない」ってか。
「じゃあ、そのテレポート装置はどこに……」
「もう!!」
ヴェロニカはまたナイフを投げた。問題は、切っ先が今度は俺を狙っていたことだ。全く、これだからこいつは嫌なんだ。俺は飛んでくるナイフの鞘を掴み、ため息を吐く。
「何が気に入らなかったんだ」
「せっかく二人きりなのに、博士のことばかり。つまんないです! つまんない」
つまらない、か。楽しい旅にでもなると思っていたのだろうか。
だが、ギークの場所を知るのはヴェロニカただ一人。ヴェロニカの機嫌を損ねると面倒な展開になる。ただでさえ厄介なこの状況が、だ。仕方ない。俺が「すまなかった」と素直に謝ると、「わかればいいんです」と彼女は笑顔を見せた。
俺は彼女のご機嫌取りに、さして興味もない話題を口にした。
「ヴェロニカは、前世でどんな人生を歩んでいたんだ?」
「あれぇ? わたしに興味があるのですか~?」
ヴェロニカはくすくすと笑い、
「しろさんに言っちゃいますよ? 浮気してるって」
と言った。こいつは、こんな面倒な絡み方をするのかと意外だった。
「で、どうなんだよ」
「なんにもないです」
「なんにもないってことはないだろ?」
ヴェロニカはへらへらと笑いながら続ける。
「本当に何にもないです。ずっと閉じ込められてました。おとーさんとおかーさんに。最後は、二人にぐさーと。この辺を」
ヴェロニカは自分の胸を愉快そうに指さした。ああ、全然愉快じゃない。聞かなきゃよかったと後悔した。詳しくは分からなくても、いや、分からないからこそ、怖い話でも聞かされたような感情が湧いてきた。
「秋也くんはぁ? どうなんですかぁ」
「俺? 俺は普通だよ」
「またまたぁ。秋也くんなら、さぞかし凄い最期だったでしょ~? 内臓は? 内臓は飛び出ましたか?」
なんなんだこの会話は。
「俺は自分の死に方を知らない。覚えてない。多分、突発的な事故か病気だと思う」
「ふ~ん。つま~んない」
彼女は急に無表情になった。だが、また途端に笑顔を見せた。
「ううん。きっと、秋也くんならバラバラのぐちゃぐちゃです。うん。決まってる」
「そう思うでしょ?」と尋ねられた。俺も「ああ、そう思う」と返した。しかし、自分が凄惨な死に方をしたであろうと勝手に想像されるのは、気分のいい話ではない。
目的の場所は、中央都市とグレートウォールの中間地点より北へ数キロずれた密林地帯にあった。特に変わった目印もなく、何を導にここまでたどり着けたのか不思議だった。いくら考えても分からなかったので、テレポーターに乗る前にヴェロニカに尋ねた。答えは、
「こんなに解体に適した場所はないですよ!」
だった。当然、俺には理解不能だ。ギークとヴェロニカという異常者二人の狂った共通感覚が為した奇跡の隠れ家だ。
ヴェロニカはテレポーターに乗ろうとしなかった。
「なんだ? お前は来ないのか?」
「あれぇ? 来てほしいのぉ?」
「しろさんに言い付けちゃおうかなぁ」と続き、そこでテレポーターが起動した。結局、彼女が来なかった理由は不明だ。本当に道案内だけしてくれたのか。果たして彼女が、それだけで満足するだろうか。考えても仕方がない。余計なことは頭から消しておこう。何より大事な邂逅が今からあるのだから。
テレポートされた先は薄暗い空間だった。ろうそくが灯された光の刺さない場所。風の流れ、音の反響から洞窟だと推測できる。ギークが暮らすには少し刺激が足りないだろう。
道は前後にあったが、どちらに進むのが正解かはわからない。共通感覚を研ぎ澄まし、生物の気配を感じとる。前だ。奴はこの先にいる。
歩き、曲がり角を曲がると、広めの空間があった。机を挟み、椅子が二つ対面に置かれている。その一つに、奴が座っていた。
「やぁ、久しぶりだねぇ」
相変わらずの、余裕に満ちた口調と態度。
俺は銃を引き抜き、銃口を奴に向ける。それでも、彼は笑っていた。
「なんだい? 私を殺しに来たのかい?」
「殺されないと思ったのか?」
俺は奴の瞳を睨み続けた。お前のおかげで大事な仲間を失った。偉大な師を亡くした。
「ふ~ん。まぁ、いいけどね。やるならどうぞ。ご自由にしなよ。今の君に抵抗しても無駄だろうし」
ああ、撃ち殺してやりたいよ。
勿論、そんなことはできない。俺は銃をホルスターに仕舞い、椅子に音を立てて座った。ギークはにやついた表情を変えない。これも予想通り、か?
「無駄な話はいらない。わかってるよな」
「ああ、今回は、ふざける気はないよ」
ギークは両手で顔を隠す。そして、長いこと息を吸い、吐き出すと、覆った手を顔から避けた。そこにはいつもの表情がなかった。笑いのない、真剣な顔だ。
「そんな顔ができるのか」
「まぁね。こっちの方が真剣みが増すだろう?」
「演技かよ。余計に腹が立つ」
「演技じゃあないさ」
ギークは机の上に白い塊を転がした。俺は一目でそれが何なのか理解する。
「骨か」
「ご名答」
「誰のだ」と尋ねると、「仲間だよ」と帰ってくる。
「お前に仲間がいたのか。ヴェロニカ以外に」
「何を言うんだい。知っているはずさ。君とは彼を通じて知り合ったんだから」
風上隊長? 何故今彼が出てくる。
「私の当初の目論見では、今の君の立場に風上隊長がいた。多くのキメラを倒し、戦争を人間優位に進め、アニマル側を追い詰める。これは私の目的の大前提だからね。それを成しえる人間が必要だった。ところが、風上隊長は敗れ、この有り様さ」
ギークは骨を指で転がす。
「趣味が悪いぞ。俺を怒らせたいのか」
「違うよ。彼は同志さ。だからこうして遺体の一部を持ち歩いているんだよ。彼がいなければこのプランを思いつくこともなかった。そのお礼の代わりさ」
「なんだと」
そこで俺は思いつく。遺体の一部を持っていれば、ULを使って人間の再生が可能……だが、この島でそれは不可能。機材も技術もない。それができてしまえば、この代理戦争が成り立たなくなる。それだけは未来人が阻止したいこと、決して可能にはさせやしないこと。
ならば、ギークの狙いはなんだ。この戦争自体に大した興味を持たず、人間を窮地に陥らせた罪がありながら、人間を救おうとしている。
「お前の目的はなんなんだ」
ギークは簡潔に答えた。
「復讐」




