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78.Preparation

 師匠の亡骸は島の戦闘で死亡した他の隊員と共にオアシスで火葬され、グレートウォールに返された。伝説のガンマンの墓地はその功績とは裏腹に質素で、他の墓と区別がつかない。もともと、生死不明の男だった。グレートウォールの住人とも言い難い。俺が進言すれば立派な墓を立ててもらえたかもしれないが、あの男がそれを望むとも思えない。だから、俺は黙って見送った。

 しろは師匠の訃報を聞いても涙を見せなかった。ただ悲しそうに目を伏せ、墓石に向かって「お疲れさまでした」と声を掛けた。


「きっと、クリケッツさんは、秋也さんのことを誇りに思っています」


 師匠の墓に二人で花を供えた時、しろが発した言葉だ。


「訓練していた時、毎日気絶した秋也さんを抱えて来ては、『こいつ、今日はこんなことができるようになりおった』って嬉しそうに話しておられました」


 初耳だ。「そうか」と短く返すしかできなかった。

 師匠が死ぬなんて考えたこともなかった。最低でもオットー爺さんの年齢までは生きるだろうと思っていた。だから、俺は伝説のガンマンとしての師匠の話は本人に尋ねなかった。昔の仲間や、倒したキメラのこと。栄光や挫折も。島の騒動が終わればいつでも聞けると思っていたからだ。

 墓の帰りに、マスクことマーダーに呼び止められ、彼の隊舎に向かった。何もない部屋だった。


「マリオネットを倒したそうだな。やるじゃねぇか」


 否定も肯定もできない。マリオネットを倒したのは俺じゃない。師匠だ。俺はマリオネットの分身体を倒しただけだ。プラントの時もそうだったが、分身体の戦闘力は本体より大幅に低い。分身当初なら猶更だ。だから、俺はその言葉に返答しなかった。


「お前が俺を褒めるために呼び止めるわけねぇよな」

「はっ、まぁそうだ。俺はキメラとしての話をするつもりで呼んだんだ」


 キメラとしての話? どういうことだ。


「三害が滅び、有力なキメラもほとんど狩られた。戦争開始以来、俺達側がここまで追い詰められたことはねぇ。この事態にキメラがどう動くか、予測がつかねぇ」

「追い詰められた? 予測が付かない? 本心じゃねぇだろ」


 マーダーはすんなりと頷いた。


「ああ、バーサーカーがいる限り、人間の敗北は変わらねぇだろう」

「ったく。奴の前評判は嫌って程聞いてる。お前に言われなくても分かってるよ」


 つい先日、ULの第一人者に「ごみ」扱いされたんだ。タイムリーな話さ。その話をマーダーにするつもりはない。してしまえば、マーダーはヴェロニカから何としてでも情報を聞き出し、ギークを殺そうとするだろう。ギークには恨みはあるが、奴の目的には興味がある。話を聞く間もなく殺されては困る。


「バーサーカーは自分の興味のある場所にしか姿を現さない。キメラ会議にだってほとんど姿を見せたことはねぇ。ふらっと出て来ては名のある英雄や街を滅ぼす。かと思えば数十年音沙汰がない時期もある。神の言うことも聞きやしねぇ。だからこそ危険なんだ。言っとくが、人間側の誰だって奴には勝てねぇぞ。俺もこの立場で奴と会うことだけは避けたい」

「なんだ、随分と弱気だな」

「はっ、お前も奴と会ったならわかってるはずだ」


 ああ、そうだ。わかってる。

 その時、隊舎の戸がノックされた。マーダーが英雄として扉を開けると、兵士が立っていた。


「葉鳥隊長もおられましたか。これは都合がいい」

「なんだ?」


 兵士は随分と嬉しそうだった。まるで、お祭り前の子供みたいだ。


「各街のトップが決定されたことですが、初の英雄会議を開くそうです!」


 なんのことだか分からない。さっぱりだ。落ち着いて、順序だてて話すように促すと、隊員は笑顔のまま早口で説明した。


「東西南北、全ての英雄が集まって話をする場を設けるということです! 今まで各街の関係や戦力のバランスなどを考えて不可能でしたが、三害も滅び、残るキメラも少ないということで、このような機会が設計されたんです!」


 成る程。よくわかった。


「断っていいか?」


 隊員は「ええっ」と大きな声を出す。


「そんな、歴史的瞬間ですよ!」


 あの異常者達が全員集まるだって? さぞ楽しいパーティだろうな。死人が出るぞ。

 隊員を強引に帰らせた後、マーダーが俺の方を睨んだ。


「なんだよ?」

「ノリの悪い奴め」

「なんだって?」

「人間側の歴史的瞬間なんだろ? 兵士や住民の希望だ、お祭りだぁ。それを示してやるのが英雄ってもんだろうが」


 そんな馬鹿な。過去にその英雄を二人まとめてぶっ殺したと自慢していたお前にそんな説教を食らうなんて考えられない。

 だが、英雄達と顔を合わせたくないという以外にも、そのお祭りに参加できない理由はある。ギークに接触するためだ。島での一件が落ち着いて、ようやくヴェロニカに会いに行こうと思っていたところなのだ。

 それ以後、あの手この手でグレートウォール中の人間、兵士が俺にその会議に参加するよう迫ったが、全て断った。そして、会議の日が近付き、そのパンフレット(10か国語対応)が、隊舎に送られ、しろが中身を眺めていて驚きの声を上げた。


「どうした?」

「わたしも付添人として名前が書かれてます」


 そこには当然のように俺の名前も書かれていた。


「俺はいかないぞ……というか、いけない」

「そうですよね……」

「ああ、そうだ」

「ですよね……」


 しろは残念そうな顔をしていた。ええっ……と俺は思った。


「行きたいのか?」

「え……まさかっ……そんなこと……ねぇ、ないですよ?」


 語尾が疑問形だ。


「わかった。俺は行けないが、ショットタウンやスノーヴィレッジの知人も大勢参加するみたいだから大丈夫だろう。しろも参加してこい」

「え、いいんですか? でも、秋也さんは……」

「俺は無理だ。ギークの件がある。ま、気にするな。ギークも俺を殺す気はないだろうし、俺も取り敢えずは、喧嘩する気もない。平和的に話し合ってくるさ。その日は、平和な日だな」


 俺は作り笑いを浮かべるが、平和的になるだなんて思ってもいなかった。

 その日は直ぐにやって来た。英雄会議が行われるのはオアシスだ。この時点で碌な展開にならないだろうと予測できたが、どうも、例の島での一件以来、伝説のガンマンの生きざまに惚れ込んだ南の英雄が改革を行い、オアシスは変わったらしい。という訳で、そのお披露目も兼ねて、会議はオアシスで開かれる。

 会議に参加する英雄、兵士、そしてお祭りに参加する住民も含めて出発する前、ジェットに声を掛けられた。


「君は参加しないんだな。残念だよ」

「ええ、すみません、しろのこと頼みます」

「ああ、任せておけ。俺と女王様(ママ)が全力で守る。ね~女王様(ママ)ぁ」


 悪化してないか?

 しろに手を振り、別れた後、俺はヴェロニカのもとへ向かった。彼女はグエン隊長亡き後の隊舎に一人で住んでいた。

 隊舎の戸をノックする前に、どんな状況でも驚かないように覚悟をしてから戸を叩いた。しばらくしてから、戸はゆっくりと開いた。異臭がする。化学薬品と血の匂い。彼女らしいといえばそれまでだが……


「やっと来たねぇ。遅いよぉ」


 いつ尋ねるかは事前に連絡していた筈だがな。手紙で。


「ふざけるのはなしだぞ。こっちはこの日の為に町中の嫌味攻撃に耐えてきたんだ」

「だ~いじょうぶ。さ、行こう。博士のもとへ」


 ヴェロニカが手を差し出す。仕方がない。少なくともギークのもとへたどり着くまでは彼女の機嫌を損ねてはならない。街の中で大泣きされて目立つのも簡便だ。またノリ悪無表情と罵倒される。俺はヴェロニカの手を取った。ゾッとするほど冷たかった。



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