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77.Pain

 ヴェロニカの攻撃は全て急所を狙っていた。本気で俺を殺す気だった。

 彼女の表情はまさに恍惚。恋が叶った少女のような顔で、ひたすらナイフを振り回してきた。腹が立つが、彼女の戦闘力は優秀だ。油断すると殺されていただろう。

 俺はヒートブレイドを起動させ、ヴェロニカのナイフを両断した。ヴェロニカは驚きの表情を浮かべた後、「まだ駄目だよぉ」と言って新たなナイフを引き抜いた。俺はそれも切り飛ばし、ヴェロニカの脚を蹴っ飛ばして仰向けに倒し、首元にブレイドを当てた。


「勝負ありだろ。もうやめろ」

「う~ぅぅ」


 ヴェロニカは唸った後、涙を一筋こぼした。俺は面食らった。


「なんだ? そんなに痛かったのか?」

「酷いです。約束したのに。秋也くんの中身も見せてくれるって」


 心配して損した。いつものことだ。呆れた視線を送ると、ヴェロニカは珍しく叫んだ。


「だって、だってだって、わたしの中身みたもん!! ずるいよ!! ずるいです!! 秋也くん!!」


 「わたしもうお嫁に行けない……」としくしく泣いている。意味が分からない。俺はため息を吐いた。


「こんなところで号泣するなよ」

「女の子なんです! 私は女の子です! 泣きたいときもあるの!」


 誰か助けてくれ。

 その時、ヴェロニカの無線から音声が鳴った。俺には雑音しか聞こえなかったが、任務を勝手に離脱したヴェロニカが叱られているのかと思った。ところが、ヴェロニカは瞳に涙を溜めたまま、無線のイヤホンを耳から外し、俺に渡した。


「なに? 今度はなんなんだ?」

「秋也くんに代わってって」

「俺に?」


 ヴェロニカは目をぬぐって短く頷いた。なんで俺に? 隙を突いて襲い掛かるつもりか? とにかく、俺はヴェロニカを警戒しつつ、イヤホンを耳に着けた。


「やぁ久しぶりだねぇ」


 声を聴いて、心臓の音が跳ね上がった。頭に血が上り、ヴェロニカのことが頭から消える。


「ギーク……なんでお前が……」

「ミス・ヴェロニカと私は仲が良くてね。私が街から追い出された後も連絡をとっていたんだよ。仲間は大事だからねぇ」


 聞きたいことは腐るほどあるが……落ち着けと自分に言い聞かせる。この男は、何をするにしても理由がある。この島で、このタイミングで俺に連絡をすることにも、よからぬ理由がある筈だ。

 ヴェロニカに目を向けると、微笑みながら俺の瞳をじっと見ていた。なんなんだ。この行動にも意味があるのか。理解不能コンビに挟まれて、俺はどう行動するべきだ。


「長い沈黙だねぇ。いろいろ考えているみたいだけど、これはただの時間つぶしだよ。暇つぶしの連絡さ」

「お前、お前は何がしたいんだ」

「う~ん。まぁ、もうそろそろ説明してもいいかなと思っているんだけどねぇ」


 思わず舌打ちをする。すると、ヴェロニカが突然近付いてきてマイクに向かって話しかけた。


「博士~秋也くん酷いんですよぉ。約束破るんです」

「へぇ、それはいけないねぇ」

「くそっ、無駄話している暇ねぇんだよ!」


 俺はヴェロニカを引き離し、大声で叫んだ。


「ヴェロニカが俺を襲ったのは偶然か!? お前の指示か!?」

「おやおや、そんな大声で話すなんて君らしくないねぇ。怒っているのかい? 無表情ポーカーフェイスの名前が泣いているよ」

「答えになってねぇんだよ!」

「秋也くん、怒ってるの?」


 また近付いてきたヴェロニカが恐る恐るといった様子で尋ねた。今更なんだその態度は。


「ちゃんと答えろ」

「やれやれ、余裕のない男は嫌われるよ? ああ、でも、君には大切な子がいたんだっけね? しろちゃん。彼女は無事治ったかい? 私の装置で」


 俺は思わず言い詰まった。くっ……確かにこの男の開発した技術でしろは助かった。


「おかげさまでな。で、なんなんだ。ヴェロニカは……」

「ああ、そうだったね。まぁ、襲うように指示した記憶はないんだけどね。このイヤホンを君に渡すように頼んだだけなんだけど、ほら、彼女は君が、というか君の内臓なんかに興味津々だから、つい襲っちゃたんだろう」


 つい、で済むか馬鹿野郎。


「で、お前は俺になんの用だよ。東の果てのメッセージと言い、俺に何をさせたい」

「ああ、核心だね。君にしてほしいことは一つだ。バーサーカーを殺してほしい」


 あっさりと言われた。俺は思わず聞き直す。


「なんて言った」

「バーサーカーを殺してほしいって言ったんだ。意味は分かるだろう」


 意味は分かるが目的が分からない。


「言われなくてもやってやる」

「そうだろうね。でも、はっきり言うけど今の君でもバーサーカーには勝てないよ」

「分からねぇだろ」

「分かるさ。瞬殺だよ。相手にもならないね」


 酷い言い草だ。


「俺だって強くなってる」

「ああ、確かにね。でも、バーサーカーには勝てない。蟻が象に勝てないのと同じだよ。その場合身体のサイズが問題だけど、君達の場合はULの量が違う。バーサーカーにしてみれば君はゴミみたいなものだよ」


 酷すぎやしないか。


「で、そのゴミにお前はお願いをしている訳か」

「そう。君に強くなってもらうためにね。その為の連絡さ」

「新しい武器でもくれるのか?」

「ああ、ある意味ではそうだ。今まさにね」


 今まさに?


「どういう意味だ」

「君はULの量を後天的に増加させる方法を知っているかい?」

「知らねぇな」

「いくつかあるんだ。一つは目標を達成すること。本心から願ったことを乗り越えること。二つ目は死に近づくこと。死ぬような目にあうこと。最後は……」


 俺は反射的にヴェロニカを見た。俺を半殺しにするつもりかと考えたからだ。ところが、ヴェロニカは寝っ転がって空を見上げていた。

 ふ~とため息を吐くも、三つ目の方法をいつまで経ってもギークが言わないので「おい」と呼びかけた。

すると、ギークは続けた。


「心の傷。近しい者の死だ」


 無線が突然途切れた。なんだったんだ。

 俺はヴェロニカに無線を渡した。ヴェロニカは俺に視線を向け、ゆっくりと立ち上がった。


「戦いはまだ続いているみたいです」


 確かに、戦闘音はずっと鳴っている。


「ああ、今から俺は向かう。お前はどうする?」

「わたしは帰る、帰ります」


 ヴェロニカは帰り道に向かって歩き始めた。俺は黙って道を開ける。そのまま姿が消えるまで後姿を見ていようと思ったが、ヴェロニカは途中で立ち止まった。


「秋也くん」

「……なんだ」

「戦いが終わったらわたしの所へ来て。博士の基地まで案内してあげます」


 どういう意図があるのか分からない。とにかく、俺は戦闘地帯へ向けて歩き始めた。

 しかし、ギークは一体何が言いたかったんだ。俺に、バーサーカーが強くなるまで鍛えろということか? 目標の達成、死に近づくこと、そして仲間の死。どれも必然的に起こすことなど不可能なはずだ。いや、待て、あいつは今まさに俺にそれを与えている最中だと言った。暇つぶし、時間稼ぎだとも。

 そして、俺は一つの考えに思いつき、戦地に全速力で向かった。

 だが、遅かった。

 師匠は死んだ。

 俺がいれば、結果は変わっていただろう。

 ギークはそれを読んでいた。だから、俺の足を止めるためにヴェロニカを使い、相変わらずの言い回しで長々と話をしていたのだ。

 マリオネットは死に、島は人間のものとなった。続々と負傷者が島から運ばれ、代わりに新しい兵士達が島に立ち入った。死体は最後に本土に運ばれる手はずだった。だから、俺はしばらく島に残った。

 俺は師匠の亡骸を目の前に、丸太の上に座った。誰かが隣に座る、セシリアだった。


「この人、あなたの師匠だったんだね」

「ああ、そうだ」

「凄い人だったよ。酷い怪我を負っても、誰よりも戦った。もし、この人がいなければ私達は負けてた」


 そうだろう。人間は伝説を失ったのだ。


「セシリア、君は大丈夫か」


 包帯を巻いた彼女は、身体の傷以上に心を痛めていた。聞いた話では、一人の部下をキメラにさせられたという。


「葉鳥、戦争は、つらいね」


 俺は彼女の肩に手を置いた。彼女も頭を俺に預ける。彼女は泣いていた。


「痛いほどわかるよ」



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