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74.Marionette 2

 遥か昔から感じていたことだが、同じ相手をぶつけてこれほど違いが出るとは、やはり英雄と呼ばれる者達とそれ以前の兵士との差は凄まじい。

 ギャンブラーといい、南の英雄といい、英雄候補が苦戦していたキメラ軍を次々と打ち砕いていく。ただのキメラでは奴等相手の足止めにもならないようだ。だが、遅れて登場したというのに、南の英雄は全員が残りの兵士を置いて前へ前へと進んでいった。三人だけが、島の中央へ進行してきたのだ。その結果、奴等は上陸して数分で合流した。


『なんだ、てめぇらか』

『軍曹こそ、兵士達はどうしたのです』

『あんな鈍い馬鹿どもに合わせて歩いてられるか』

『右に同じ』


 軍曹と執事の会話だ。言葉の意味は分からない。理解する必要もない。


『あ~つまんねぇな』


 そういって槌を振り回す名前のない怪物。お暇なようだ。いいだろう。英雄様にはそれ相応の相手を用意している。

 奴等のもとへ向かわせたキメラは直ぐに到着した。その気配に早々気付いたことは流石だが、気付いたからと言って自体は好転しない。お前達は私の奴隷となる、その運命は変えられない。


『おい、こいつは厄介だぜ』

『成る程、成る程。全身が赤い』

『へぇ、強そうじゃねぇか』


 百獣軍団合成獣。本土で回収した百獣軍団の死体をかき集めて作ったキメラだ。奴等の目の前に姿を現したのは、ワニの頭を持ち、グリズリーの身体に、昆虫の甲殻を装備させたキメラ。

 軍曹が試し撃ちと言わんばかりに巨大な銃をキメラに向けて撃った。威力の高い銃だ。ワニの頭は消し飛んだ。


『なんだ、大したことねぇ……』

『いや、見てください!』


 百獣軍団合成獣の最大の利点は、もともとの素体に備わっていた強力な耐久力と回復力だ。その特性を更に強化させたこのキメラは、頭が吹き飛んでも倒れることがなく、新しい頭を生やした。


『有り得ねぇだろ』

『弱点が他にある筈』

『いいじゃぁねぇか!』


 名前のない怪物は叫びながら飛び出した。


『面白い戦いになりそうだぜ!』


 振り回した槌がキメラの甲殻に当たると、甲殻は粉々になり、キメラは吹っ飛んだ。重量級のキメラを吹き飛ばすとは大したパワーだが、隙だらけだ。名前のない怪物が地面に着地する瞬間を狙い、別に待機させておいた百獣軍団合成獣が奴を襲う。そいつは猿の身体を持ち、四足獣の下肢を付け、サイの牙を腕に生やしたキメラだ。その速度は随一。名前のない怪物はサイの牙を腹にくらう。


『おぉう……そうこなくちゃいけねぇ』


 名前のない怪物は怯まず、槌を振るう。猿型キメラはそれを避け、後退する。後退した直後に、軍曹と執事の遠距離攻撃が飛んでくるも、新たなキメラ、サイの体躯に、サソリの甲殻と毒を付属させたキメラを走らせ、盾に使う。


『おい、フランケン。お前……』

『ああ~あの牙は丈夫だな。おれの腹筋を破るとは。もう治ったが』

『今までの相手とは勝手が違うようですね。全く、我々は病み上がりだというのに』


 名前のない怪物に吹き飛ばされたグリズリー型キメラが戻ってきた。既に回復済みだ。さて、英雄諸君。我が軍団とどう戦ってみせる。

 軍曹が巨大な銃のマガジンを変える。弾を必要としない銃のはず。つまり銃のスタイルを変えたのだ。そして、彼は叫んだ。


『本気で行くぞ!』


 三人は別方向に走り出した。名前のない怪物には猿型、軍曹にはグリズリー型、執事にはサイ型のキメラをあてがう。

 猿型の速度に、名前のない怪物は苦戦していた。槌を振り回しても当たらない。そして、その一撃は貫通力の強い牙。

 軍曹は巨大な銃を肩に背負いながら見事な速度を保っていたが、やがてグリズリーに追いつかれ、飛び掛かられた。軍曹は伏せ、直ぐ傍にあった樹木がグリズリーの腕によって砕かれる。

 執事の攻撃はサイの体躯と甲殻を傷付けることができなかった。当然だ。小さなナイフやフォークなどでは百獣軍団の表皮を裂くことなどできない。

 さて、奴等をどんなキメラに合成させてやろうかと思いを巡らせたとき、叫び声が聞こえた。


『めんどくせぇ!! もういいだろうが!!』

『ああ!! 充分離れた!!』

『やれやれ、やっとですか』


 なんだ。何を言っている。

 背後を樹木で追い詰められた形の執事。サイ型は最後の突進をする。執事はふ~と息を吐き、その突進をジャンプして避けた。そして、空中で


『動けなくしてさしあげましょう』


 例の、嵐のような攻撃だった。凄まじい勢いでナイフやフォークを投げまくる。何処に装備していたのかと問いたくなる数だった。泥の地面はみるみる銀色の鈍い光に包まれ、その範囲一帯が埋め尽くされた。当然、その下にいた筈のサイ型キメラは銀色の下にいるはずだが、見えない。

 グリズリーの攻撃を避け続けた軍曹は、大型の銃をキメラに構えた。長距離を走ったにも関わらず、軍曹の呼吸は乱れていなかった。他方、グリズリー型キメラの動きは若干鈍っている。キメラはワニの口を開き、軍曹に飛び掛かった。


『鍛え方が足りん』


 軍曹が引き金を引くと、銃弾が発射される。私は、キメラを操作してその弾丸をワニの口でかみ砕いてやるつもりだった。だが、奴の銃弾は想定以上に早く、また巨大だった。その弾丸を受けたキメラの身体は縦に二つに引き裂かれ、おびただしい出血とともに動かなくなった。その余波で、周囲の密林はなぎ倒され、弾丸が当たったと思われる樹木は根元から引っこ抜かれた。

 最後に、名前のない怪物だ。最初は当たっていた猿型の攻撃も段々と躱すようになっていた。


『もう慣れたよ』


 奴は攻撃してきた猿の腕を掴み、めんどくさそうに空中へぶん投げた。そして、奴自身もジャンプすると、空中で槌を構える。


『じゃあな』


 槌は猿型に直撃。衝撃で辺りの木々がへし折れる。空中から猿型の肉片が地面へ散らばった。

 奴等が三方向へ散ったのは、自分達の攻撃に巻き添えにならないようにするためだったらしい。生意気な連中だ。

 再び、奴等は同じ場所に集合した。


『なかなかやる奴だったぜ』


 名前のない怪物は上機嫌に猿の腕をぶんぶん振り回している。


『置いてきた連中には荷が重い相手でしたね。結果的に我々は彼等を救ったということですな』

『かっ、反吐が出るね』


 楽しそうにして、感想でも言い合っているのか。反吐が出そうだ。実に愚かしい。滑稽でもある。

 これで終わりだと思っている貴様らがな。

 樹木をへし折って奴等の前に現れたのは、巨大なマンモスの体格を持ち、昆虫の装甲を施したキメラ。蛇とムカデを組み合わせたキメラ。北のウルフを三体合成させたキメラ。ボアとグリズリーを合成させたキメラ。他多数、計九体の百獣軍団合成獣だ。

 即座に構える三人だが、遅すぎだ。既に走り始めていたボア型の突進で三人とも吹き飛び、吹き飛んだ先でそれぞれ三体のキメラを相手取る。

 だが、流石に分が悪かったようだ。徐々に徐々に、彼等は追い詰められていった。再生能力を極めたキメラを同時に三体相手取るのは、流石に英雄にも厳しいようだ。


『冗談じゃねえぞ! くそマリオネット!!』

『命運尽きる……ですかね』

『はっ、いいじゃねぇかぁ。かかって来い!!」


 ウルフが三つの口を避けた直後、執事がため息を吐く。


『せめて、病み上がりじゃなければねぇ』


 それが、お前の最期のセリフだ。大口を開けた大蛇が執事を飲み込む……瞬間、大蛇の頭が消し飛んだ。なんだ? 軍曹が援護射撃をしたのか……いや、奴は自分の相手で手一杯。それ以前に、奴の武器なら巻き沿いで執事も吹き飛んでいるはずだ。だが、それもない。発砲音も小さかった。まるで、拳銃のようだ。有り得るはずもない。拳銃で百獣軍団を仕留めるなど。


『諦めを口にするな』


 おかしな格好をした男がいた。手にはやはり、小さな拳銃。


『死ぬまで戦え』


 私は、目を見開いた。

 知っているぞ。お前を、知っている! 私達の最大の敵だ!

 私の興奮がキメラに伝わり、名前のない怪物や軍曹を相手にしていたキメラも含め、周辺一帯にいたキメラを呼び寄せ、その男に襲わせた。


『うるさいぞ』


 男は一瞬で全てのキメラを仕留めた。

 視界の外にいた筈のキメラも、巨大なキメラも、甲殻を持ったキメラも、全て一発の弾丸で行動不能になった。

 間違いない。

 ここまで私に気付かれることもなく侵攻し、英雄すら超える百獣軍団合成獣をものともしない。こんな人間はこの百年間一人しかいない。


「"伝説のガンマン"……歓迎するぞ」



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