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73.Marionette 1

 人間は実に愚かだ。

 数十年前に私の力を思い知らせてやったのに、わざわざまたやって来るとは。永遠に同じ過ちを繰り返す。その命が尽きるまで。それが人間だ。

 前回の襲撃と異なり、今回は趣味のお許しが出ている。私の趣味とは、単にキメラを制作することではない。同族すら正確に把握していないその実態は、キメラを作る際、その素体に苦しみを与えること。地獄すら生ぬるいその苦痛が、完成したキメラの戦闘力を引き上げるのだ。原理は不明だが、苦しみを与えた際の憎悪や怨嗟がキメラに力を与えるのだと解釈している。

 私は捕獲用のキメラが連れてきた人間を一体掴み、製作用の台に置いた。意識をなくした若い兵士。こいつを今から作るキメラの核にする。私が人間にULを少量送り込むと、彼女は目覚めた。


『な、なに? なんだよ! お前!』


 困惑しているが、恐怖に圧倒されないだけまだ強い。彼女は腰の小銃を私に向けて引き金を引いた。全く、武器は回収しておけと命じておいたのに、我がキメラながら使えない奴だ。


『なんで効かねぇんだよ!』


 このマリオネットにその程度の矮小な武器が通じると思うな。私は銃を握った腕を身体から引きちぎった。血が飛び散り、叫びをあげる。ああ、聞くに堪えない叫びだ。品性の欠片もない。だが、この苦しみがキメラを強くする。


「頑張れ。負けるな。より強い兵士になるんだ」


 私は人間の医療パックから奪った器材を用意した。メスや注射器。リデルから回収した毒薬を薄めた液体を暴れ回る人間に注射する。短時間で高熱を引き起こす薬剤。あの臆病者も偶には役に立つ。

 すっかり元気をなくした人間の指を一本ずつ落としていく。片手と両足。これが終われば残る腕と脚を引きちぎる……つもりだったが、人間の様子がおかしい。どうやら、もう死にかけているようだ。ULの量が想定よりも少なかった。

 仕方がない。私は力を失った彼女を樽に入れ、私の身体で合成した薬品でドロドロに溶かした。頭は溶かさないのがコツだ。そして、同じように甚振っておいた人間を数体樽に入れ、私自身のULを送り込む。しばらくして樽から起き上がった肉の塊は捕獲用のキメラだ。


「人間を捕まえてこい」


 私が命じると、それは動き出した。

 さてと、島の戦況はどうなっているか。私が作り出したキメラは、念じればその五感をジャックすることができる。島の4方向から攻めてきた兵士の集団をそれぞれ見てみよう。

 まず、北。オアシスから最も近距離。やはり、一番進行されている。ギャンブラーが操るドローン兵器が厄介だ。通常のキメラでは相手にならない。


『すげぇ! うぜぇけどすげぇ』

『流石は北の英雄様だぜ!」


 ギャンブラー、奴が指を動かすたびに、空を駆け抜ける鳥、地上で俊敏に動く狼、地面を掘って飛び出してくる土竜のドローンが重火器を繰り出す。その火力が異常だ。キメラはギャンブラーを中心とした兵士の一団に近付くこともできない。北から一体も捕縛キメラが戻ってこない理由がわかった。


『これが芸術だ。君達のような品のない連中でもよくわかるだろう』


 奴がウインクをすると、黄色い感性が上がる。女の兵士が喚いている。ふざけた有り様だ。

 次に、東。戦局は拮抗している。兵士の集団の中に、際立って腕の立つ者がいた。噂で聞いたことがある。確か"忍者"と"大統領"。

 忍者は古臭い格好で古臭い武器を操りながらキメラを淡々と仕留めていた。苦無、手裏剣、刀、火薬での目くらまし。速度も中々。バランスがとれた戦闘力だ。

 次に大統領。太った身体で大きなハンマーを振り回し、遠くの敵にはロケットガンを撃ち込んでいる。鈍いが破壊力がある。


『がはははっ、脆いぞ君達っ! もっと鍛えろ!』


 よく響く声で叫ぶ大統領と、無言で屠る忍者。この二人が要だ。他の兵士の戦闘力は知れている。

 西も東と同じような状況だ。頭一つ抜けた戦闘力を持つ英雄候補の"双子"と"主婦"が周りをフォローしつつ敵を砕いていた。

 双子は、文字通り双子だ。よく似た顔の人間が、コンビネーションを駆使してキメラを殺している。小柄な兄妹は、ジャングルを身軽に飛び回りながら、お互いをフォローしている。武器はそれぞれが持つ拳銃と、二人がお互いの腕につないでいる糸。糸を利用して予測の取れない動きをしつつ、拳銃で正確に殺す。

 主婦は、中年の女だ。片手に鉈、片手に料理道具であるはずのフライパンをもって派手に戦っている。キメラの攻撃を全てフライパンで受け止め、鉈で叩き切っている。


『おばちゃん! 手を貸そうか?』

『僕ら余裕出てきたし』

『大丈夫だよ! 他の子を助けてやりな!』


 そういいつつグリズリーの首を斬り飛ばす主婦。双子は同時に「ひゅー」と口笛を吹いた。

 そして、南。最も、キメラ軍が押している地帯だ。ここには"風使い"がいる。鬼のような強さを誇ると聞いていたが、噂程の切れがない。そうして出来た隙に隊員の一人が捕獲用キメラに捉えられ、更に動揺が強くなったようだ。


『隊長ぉ! 美香が、美香がぁ……』

『集中しなさい!』


 風使いはブーメランを投げた。見事な命中率と威力を誇る。しかし、彼女はキメラを仕留めても、むしろ苦しそうな顔をする。こういった人間は昔からいた。つまり、人間の外観をした敵を、敵として斬り捨てることができない兵士だ。


「そんなお前達にプレゼントだ」


 先ほど作り上げたキメラが、彼女たちのもとへ到着する。その姿を見て、風使いとその周りにいた兵士は絶望の表情を浮かべた。


『そんな!!』

『美香!!!』


 ああ、お前達の仲間だ。生まれ変わった姿はどうだ?

 それから、風使いは明らかに動揺した。戦闘の要が鈍ると、隊全体の戦闘力が劇的に低下する。


『タイ……チョ、コロ、シテ』


 風使いはブーメランを投げることをためらった。時期に、彼女たちは私のもとでキメラの材料となるだろう。

 さてと、様子見は終わりだ。中々腕のいい材料も確認できたことだし、ここからパーティといこう。各地に投入していたキメラの量を三倍にする。もともとストックは準備していた。資源はいくらでもあるのだ。

 キメラの量を増やすと、各地の進行は鈍った。それどころか、押され始めた。唯一ギャンブラーのいる北

だけは止められなかったが、奴には別の手段を用意しているから問題はない。

 東では、忍者が数体のボア型キメラに取り囲まれ、大統領は巨大なアイアンスネーク三体と対峙した。西では双子と主婦にスクリームビーとイエロースパイダーを合成させたキメラ数百体。南には捕縛用キメラを増員。それぞれの戦力を抑えている間に、雑魚兵士を殺し、捕まえ、私の戦力にする。


『…………っ!』

『マジか。お前ら、鍛えすぎだろ』

『うぇぇぇ、きもい!!』

『きもいね!』

『きもくても戦う! このままじゃまずいよ!』

『隊長! どうします!』


 風使いは歯を食いしばり、ブーメランを投げた。威力のないブーメランは元部下の肉の塊に当たって地面に落ちる。戦えないか。覚悟もなくこの島に足を踏み入れた、代償を払うがいい。

 次の瞬間、風使いは背中からいくつものブーメランを取り出し、投げまくった。投げやりになったのか、そう思ったが、ブーメランは見事に捕獲用キメラを次々と切り裂き、元部下の合成された一体も切り裂いた。


『タイ……』

『ごめんっ、ごめんね、美香!』

『隊長』


 時間差で戻ってきたブーメランを見事にキャッチし、背中に仕舞う。風使いは泣いていたが、その表情から闘気は消えていなかった。


『みんな! 仲間と戦うのはつらいけど! 腹を決めて!』

『セシリアさん……』

『セシリア隊長』


 風使いは、次から次へとブーメランを取り出し、投げてはキャッチし、その場を圧倒した。ああ、噂に聞いた通りの実力だ。何が彼女の覚悟を決めたのか、ぜひ聞いてみたいものだ。

 南に増員。グリズリー型キメラを百体送り込む。流石の風使いも、無数の強靭なキメラを前に押され始める。これで、残りは北だけだと、そう思った瞬間だった。


『この程度の敵に負けるなんて、お前ら後で全員銃殺刑だぞ』


 銃声一発で忍者を取り囲んでいたボアの集団がまとめて吹き飛び、巨大なアイアンスネークが銃声三つで沈められた。


『我々の到着を待たないからそういう目に合うんですよ』


 嵐のような攻撃。無数の銀の破片が、昆虫型キメラをくし刺しにした。


『ああ~後は任せておけ』


 風使いの頭にポンっと手を置いた巨大な男。見覚えがある。こいつは……


『俺ぁ、女と強い奴は好きだ』


 巨大な男はジャンプして飛び上がり、振り上げた槌を地面にぶつけた。凄まじい衝撃で、メタルグリズリーを素体としたキメラは紙切れのように吹き飛ばされた。

 南の英雄のご到着だ。



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