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71.Island

 師匠は言った。「支援もいらない。増援もいらない。お前と二人で向かう」と。その理由は、孤島への道中、砂漠を歩いている際に教えられた。


「マリオネットの能力を知っているか?」

「能力?」

「マリオネットは自ら生成した化学物質を使い、死んだ生物の肉体を結合させる。そして、同じく自ら生成した菌を使って、その身体を操作する。非常に特殊なキメラだ」

「自分でキメラを作ることができる、という訳ですか。死んだ生き物を操るという意味では寄生植物(パラサイトプラント)と似ていますね」

「そうだ。未来人間に送られた純粋なキメラほど戦闘力は高くないが、多くの生物の利点だけを集めた合成獣という意味では十分に厄介な存在だ。その上、このキメラは人間の肉体も利用できる」


 面倒なのは、孤島へ送り込んだ兵士が殺され、敵の手に落ちることだという。この連鎖が始まると、戦いに終わりがなくなる。永遠にキメラ軍団の相手をする羽目になり、人間の兵士は疲弊するのみ。その結果、前回の戦いではマリオネットのもとへ誰一人辿り着く間もなく人間は破れた。


「愚かな話だ。過去と同じことが繰り返されようとしている」

「そこで、あなたが立ち上がったという訳ですか」


 瞬間、茶色い蛇が砂の中から襲い掛かってきた。俺が銃を抜く前に、茶色い蛇は頭を撃ち抜かれ、飛び出した勢いでそのまま砂漠へ崩れ落ちた。師匠を見ると、既に銃はホルスターに仕舞われている。相変わらずの早業だ。


「俺も速度には自信が付いていきたんですがね……」

「反応は悪くない」


 叱咤激励をされると思っていたから、この反応は意外だった。


「オットーさんの最期に居合わせたそうだな」


 師匠の口から"虐殺魔人"の名前が出てくるとは予想外だった。


「ええ、まぁ。正確に言えば、最期には立ち会えませんでしたが」

「彼は私が新人の頃から既にショットタウンの英雄だった。何度も任務を共にしたが、彼は私と同じ世界を見れる唯一の兵士だった」

「同じ世界?」


 一考して、同じ速度に反応できるという意味だと思い当たる。確かに、オットー爺さんの速度は異質だった。現役を退いて何年も経っているというのに、明らかに自分の体格に合わない大剣を手にしながら、俺のジェットブーツと同等の速度で動き回っていた。


「集中を極限まで高めろ。あるラインを超えたところで、自分の感覚と世界の時間にずれが生じる。その瞬間、時間はお前の味方になる」


 あんたって奴は、どこまで言っても師匠だな。

 オアシスをスルーし、更に南へ向かう。その途中で、アニマルを発見した。全身が赤い甲殻に包まれたサソリ。百獣軍団の一匹だ。そのサイズは、俺と同じぐらいだろう。尾で刺されればくし刺しにされるだろうが、その傍にはすでに犠牲者がいた。腹や顔に風穴を開けた兵士の死体が三人。


「百獣軍団には一般兵では敵わないみたいですね」

「装備が向上されても、兵士自体の質を上げねば意味をなさない」


 サソリが襲い掛かってくる。師匠は銃を抜き、一発目で尾を吹き飛ばし、二発目で脚を崩し、三発目で頭を消し飛ばした。凝視してようやく捉えられる速度だった。

 俺は瞬殺されたサソリの甲殻に向けて自分の銃を撃つ。サソリの甲殻には銃弾が通らなかった。リデルほどではないだろうが強力な甲殻だ。それを大してチャージしていない拳銃で……そこで気が付く。


「師匠、その銃は……」


 拳銃だが、俺や他の兵士が持つオートマチックタイプの形状ではない。リボルバーだ。つまり弾薬を込める必要がある。そんな武器は見たことがない。


「私にはこのフォルムが使い慣れている」

「同じ原理なんですか?」

「若干異なる。お前達が持つタイプと比べて6発毎のリロードが必要だ。勿論実弾ではない。ULのチャージ時間だ。その際にULへの供給をコントロールすることで様々な種類の弾を作ることができる」


 標準的な武器は一発ごとにチャージ時間を調整することで貫通力と破裂の威力をコントロールできる。師匠の持つリボルバーは6発毎のチャージ時間と、さらに細かいULの調整で多くの種類の弾丸を生成する。確かに特殊で多くの事柄に対応できるだろう。が、如何せんややこしい。


「使い易くはないでしょう」

「慣れてしまえばこれほど便利な武器はない。速度で私に勝る敵などそういない。故に、常に先手は取れる」


 そう言うと、師匠は装備していた投げ縄を手にした。それを素早く投げると、死体の胸に装備されていたデバイスに引っ掛け、手元に引き戻した。


「シールドですね。最近の流行りって奴ですよ」

「お前は装備していないのだな」

「必要ないです。むしろ、あると油断する」

「油断大敵。しっかりと身に着けたようで何よりだ」


 ええ、それはもう。

 師匠はデバイスを握りつぶすと砂漠に放り投げた。

 海が見え始めた。この世界に来てからの、二度目の海だ。東の海と異なる点といえば、海原に島が一つ浮かんでいることと、海岸に用意された木製のボートだ。


「あの島に着くまでに看守に食われたりしないですよね?」

「ああ、どうやらそういうルールになっているらしい。海の看守は、あの孤島より更に奥から出現する」


 それは良かった。こんな可愛らしいボートで看守と鉢合わせてしまえば、あっという間に丸呑みされるだろう。俺と師匠は向かい合わせに座り、俺がオールを漕ぎ始めると、ボートは進み始めた。


「中々うまいじゃないか」


 何を褒められたのかと思えば、ボートの漕ぎ方のようだ。あまり嬉しくもないが。


「小学生の頃によく遊びで乗っていたんですよ」

「小学生?」

「ああ、すみません。小さい頃って意味です」

「ほう……」


 話の流れで「師匠の小さい頃は?」と尋ねた。


「なに?」

「師匠の小さい頃。どんな生活をされていたんですか?」

「興味があるのか? 今から1100年以上前の話だぞ」

「俺も1000年以上前の話をしましたよ」


 師匠は短く笑い、「それもそうか」と呟いた。


「旅をしていた。両親に連れられて、馬車を引きながら」

「へぇ、いいですね」

「懐かしい話だ。荒野の中を家族三人で何年も移動していた。どうやって生活していたのか、もう思い出せないがな。野盗に両親を殺されるまで、その生活は続いた」


 「へぇ、いいですね」とは決して言えない話が叩き付けられた。その後は、荒野の中の小さな町で用心棒を始めた。その結末は、既に聞いている。


「お前は思い出せたのか? 自分の中の、一つの結末を」

「それがね、さっぱりなんですよ」

「そうか。それは、寂しいな」

「まぁねぇ。知り合いにでも会えれば何か分かったんでしょうが。未だに前世の知り合いとは会えてませんし」

「1000年間の世界中の人間が集められているんだぞ。知り合いに会えた人間など聞いたことはない」

「でも、期待するのはいいでしょ」

「ふむ、まぁ、そうかもな」


 オールで水を漕いでいる最中、不意に、マーダーの言葉が思い出された。


「無駄だと思いますか?」

「何をだ」

「俺達の前世の記憶や、体験してきたこと。俺達が蘇って、戦っていること」

「無駄か必要かを決めるのは他人ではない。自分だ」


 あなたならそういうだろうと分かっていた。何故だろう。あなたの教えが俺に生きているからだろうか。

 ボートが孤島へ近付くにつれて、銃声や叫ぶ声が聞こえ始めた。無数の無人の小舟が島の周りを覆っている。


「一体、何人が参加しているんですかね」

「南を中心に各街の精鋭。大規模な戦いだ」


 次第にはっきりと耳に届き始める戦いの音、人の声。成る程な。この光景は、まさに戦争だ。


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