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70.Master

 南の英雄を閉じ込めている間にオアシスへ向かい、しろと共にグレートウォールへ帰還する。

 砂漠の帰路を歩いている間に、色々と考えた。キメラと意思疎通をはかれたことや、その説得に失敗したこと。何故、突如としてそんな能力が目覚めたのか。俺だけに備わったことを考えると、俺の共通感覚が更に磨かれた結果なのでないか。共通感覚は極めれば相手の意志すら読み取れるというが、その領域に近い技を身に着けたのだろうか。

 それに、あのキメラ。南の3英雄に打ち倒されて、完全に気が凪いでいた。もはや戦闘以前に生きることすら諦めていたが、「神」の単語に尋常なく反応した。それからのキメラは戦闘力がみるみる上昇していき、動きが別物にまで磨かれていた。命を救うという提案も、和平への語りも、キメラの頭の中から消えていた。どうやら、俺が思っていた以上に、キメラ達の中で「神」は特別らしい。マーダーの説明では精々キメラのボスという認識だったが、彼らの中では「神」は文字通り神なんだろう。


「裏切るなんて、酷い人達です」


 しろが口をとがらせて言った。俺は思考を中断し、「ん? ああ」と曖昧な返事をする。裏切る? なんのことだったか。ああ、南の英雄の奴らか。


「気を落とさず、頑張りましょう。砂漠の案内ができる人は、きっとまだいますよ」


 しろは両手をぐっと握った。俺がずっと考え込んでいたから、しろは元気づけようとして応援してくれているらしい。実のところ、あの3馬鹿に騙されたことは何とも思っていなかった。最初から信用していなかったからだ。ギーク探しを初めからスタートしなければならない点だけ厄介だが、地道に行くしか方法がない。

 グレートウォールに帰還して数日、南のいざこざが広まり始めた。キメラ・リデルは南の英雄三人が仕留めたことになっており、そこに俺の名前は記されていない。しろは怒っていたが、俺はそうだろうなと納得できた。実際、逃走の準備をしていたおかげで第一幕で俺はほとんど戦っていない。フランケンの異常な強さで常に戦闘は優勢だったし、サポートの必要も感じなかった。まぁ、仮に劣勢でもサポートする気は起きなかっただろうが。

 隊舎で寛いでいると、珍しい客人がやって来た。ショットタウンのマッチョナース隊と、ヤクザ隊長だ。それぞれ別の任務でグレートウォールに用があり、南の件で事前に相談していたことも含めて、俺達の様子を見に来たらしい。


「リデル討伐の件だけど、あんたも関わっているでしょ?」

「ばれてましたか」

「当然よ。あんたが向かう先では常に大事件が起きるからね」


 今回はただ巻き込まれた。より正確に言えば南の軍に利用されただけだ。


「軍曹はどうやった? 元気にしとったか」

「ええ、とても元気そうでしたよ」


 皮肉を込めて言った。あの軍曹は、狂った三人組の中でも特に嫌いだ。目論んで人を陥れようとするからだ。ヤクザ隊長は「そうか」と嬉しそうだったが、この二人の師弟関係というのはよくわからない。あれが師匠なら、俺はぐれているだろう。はっきりしているのは軍曹にしろヤクザ隊長にしろ滅茶苦茶ということだけだ。

 パーカーが彼らしく「これからどうするのか」尋ねた。俺は首を横に振る。


「北にも連絡しましたが、野人、透明目(ステルスアイ)、ギャンブラー、全員南とは接点がない、あったとしても関わりたくないという返事でした」


 当然だろう。彼等と関わりたい人間などいない。話も道理も通じない。俺も、もうこれ以上彼等と連絡を取りたくない。寄生植物(パラサイトプラント)で閉じ込めた件で、軍曹辺りは俺への恨みをヒートアップさせているだろうから。


「なら、最初からだな。南の案内人探しから始めなければ」

「あの科学者も厄介な場所に逃げ込んだもんねぇ」

「そういや、キャサリン。お前、南の孤島の件は聞いたか」


 ヤクザ隊長の言葉に、マッチョナース隊長は「ああ」と思い当たったようだ。


「マリオネット討伐の話でしょ。南の連中、リデルを倒して勢いづいて、そのまま孤島に進攻しようって。随分元気がいいのね」

「リデルは秋也さんが倒したんです」


 しろが珍しく口を挟んだ。一瞬、奇妙な間が流れて、笑いが起こる。 


「しろちゃん、わかってるわよ。奴ら調子にのってるわね」


 子をあやすようにマッチョナース隊長が話す。普段見られない姿は中々面白い。パーカーが話を繋いだ。


「マリオネットは三害の中でも特別でしょう」

「そうなんですか?」

「そうよ、葉鳥。だって、あんたが大好きな二刀流の風上も、かつてマリオネットに敗北して隊員全員やられてるし」


 そうだ。かつて風上隊長は言っていた。まだ自分が隊長になる前、キメラに部隊を全滅させられたと。


「何年か前に南の孤島に進攻する作戦があったんや。全街から兵士を集めてな。大規模な作戦やったが、結果は失敗。英雄二人と隊員150名を失った。人間としては大損失や。以後、誰も島に近付かんようになった。」


 150名以上の死人が出た任務など、そうそうある話ではない。マリオネットもリデルも死んだ今、残る三害は一匹だが、確かに厄介な相手だ。だが、南には認めたくないが、実力者が揃っている。


「噂では、南のほとんど全兵士を集めて行われるらしいわよ」

「他の街からもちょくちょく引き抜いとる。やけど、上手くいくかはわからん」

「そんなにですか?」


 南の兵士総動員で戦って勝てるかどうか分からない? フランケンもいるのにか。


「マリオネットはバーサーカーの次に有名よ。しかも住処の判明している三害の一匹」

「最悪、南は……」

「機能しなくなるやろうな」


 とんでもない前評判だ。マッチョナース隊長とヤクザ隊長か深刻な面持ちをするなんて。部屋の中に緊張が走った。


「そうだ。だから私が来た」


 戸が開く音が聞こえた。誰だ。勝手に人の隊舎に上がり込んできたのは。鍵はかけた筈だが。

 部屋に入って来た男の姿を見て、全員が固まった。


「どうした? 亡霊でも見ているような目だな。小僧共」


 そういう気分にもなるさ。

 古臭い1800年代のカウボーイの格好。銃をホルスターにさげ、ハットをかぶり、鋭い眼光を向ける。


「……なんや、嘘やろ?」

「う、噂どおりなら、あんた……」


 ショットタウンの二大英雄が驚いている。パーカーやフィリップは身体を固めていた。


「師匠。無事でしたか……」

「誰に向かって言っている」


 相変わらず、可愛げのない反応だ。だが、あんたと別れて色々経験した俺は、成る程、あんたが"伝説のガンマン"なんて持て囃されている理由がよくわかったよ。70代を超えてなお街のどの英雄よりも強い圧を放つあんたは、確かに伝説だ。



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