69.Riedel 2
こいつは、俺の攻撃をまるで事前に知っているかのようにするすると避けている。俺の尾も、爪も、毒の散布の液体も気体も打ち合わせたように避けて、攻撃を仕掛ける。
しかも、奴のリストブレイド、段々と威力を増している。最初のラッシュがお試しであったかのように、俺の身体を段々と刻んでいく。
「なんで、俺がお前みたいなやつと戦わなくちゃいけないんだ」
俺は殺傷能力は高い。だが戦闘力は並なんだ。
その時、毒の霧ゾーンから抜けてきた名前のない怪物が、飛び上がって俺の身体に鎚を振り下ろした。威力が凄まじく、俺は強制的に伏せの姿勢をとらされる。
俺は叫び、尾を振るう。名前のない怪物は最初の時と同じようにそれを受け止め、鎚を振り上げた。
また、砕かれる。そう予感した俺は、再び地面に潜ろうとする。だが、動かない。尾が引っ張られて、進まない。
『俺ぁ、力には自信がある』
「この化け物がっ!!」
尾にひびを入れられ、再びそれを狙撃され、砕かれた。
『この隙です! 再び霧を散布される前に総攻撃するのです!』
ああ、ここからは、ただ俺が殺されていくだけの物語だ。
名前のない怪物は俺の鎧を砕き、軍曹がそこにダメージを与え、執事が全身の動きを止める。無表情は、何もしていなかった。何もせず、俺を見ていた。
俺は全身を砕かれ、動けなくなった。
『ああ~実に大したことのない奴だった』
『いいや、私達だからこそですよ』
俺は、誰に殺されるのだろう。
「ああ、怖いなぁ。俺は……俺は」
その共通言語は誰に届けるつもりもない言葉だった。だが、ただ一人、それに反応した者がいた。仲間ではない、敵であるはずの男に。彼は通り名の無表情を崩し、目を開いて俺を見ていた。
「お前……」
共通言語。人間から。あり得ない。
「何故、人間が、俺達の、共通言語を……」
彼は、俺の問いに困惑していた。その戸惑いが、こんなことは今までなかったと示していた。
その時、彼の頭に銃口が向いた。
『お疲れだったな葉鳥秋也。最期はこの虫と一緒にくたばれ』
『お供の娘の心配は結構です。我々が手厚くサポートしますので』
仲間割れ、か? 当の本人は冷めきった眼を軍曹と執事に向けている。
「お前も、殺されるのか」
「俺が?」
彼は笑った。
「冗談じゃない」
巨大な、天まで立ち上る蔓が、彼と南の英雄三人の間を隔てた。砂漠にできた巨大な壁はそのままドーム状に広がり、南の英雄を全員閉じ込めた。中から発砲音と怒声が聞こえたが、壁はびくともしない。
「いつの間に……」
「最初から。お前との戦いが終われば殺すと言われてたからな。力を温存しておいたんだよ。それより……」
「お前が特別なのか? 俺がおかしくなったのか」、彼はそう問うた。
「俺は人間の言葉なんて分からないし話せない。お前がおかしいんだ」
素直に答えると、彼は「そうかよ」と吐き捨てるように言った。
人間がキメラとコミュニケーションが取れる。これは戦争の根幹に関わる事態ではないのか。唯一マーダーのみがその能力を有していたが、彼はもともと人間で、人間の敵として全てを諦め、人を殺していた。戦闘力が高いとはいえ、一人の人間が共通言語を理解するなどあり得ない。そもそも、これは神が作った言語で、神が与えた武器の一つだ。神を介さなければ得られないものなのだ。
彼は思案し、言葉を発した。
「リデル、もしお前がこれ以上人を傷付けないというのなら命まではとらない」
信じられない台詞だった。
「本気で言っているのか?」
「ああ、本気だ。キメラは人間を殺人衝動だけで襲っているんだろ? 人を食料にしなければいけない訳でもない。なら、人と距離をおけば抑えも効くだろ」
この人間、何故キメラについて詳しい。キメラの内情など、人間が知る術はない筈だ。
「俺も、ただ敵を殺し続けるこの戦争にうんざりしている。会話ができるなら、交渉の余地があるなら、お互い争い続ける必要はないんじゃないか? このことを、お前らの神に伝えろ。俺達の戦争は、ここらで終わりに……」
そこからの彼の言葉は俺に届かなかった。俺が、気をとられたから。
そうだ。神。俺は貴方に導かれて、この百年生きてきた。最近、神は言っていた。
「この戦争も、私達も、人間が作ったものだ。皆も気付いているだろう。私達キメラが円滑にコミュニケーションを、言語を使えるのは、私達の中に混在された生物の中に人間がいたからだ」
それは皆察していても言葉にしなかった台詞だった。だから、それを誰であろう神が口にしたのは衝撃だった。
「私達は人間でありながら、人間を殺す。そのように作られた。だが、人間の支配は、もう終わる。私達はこの戦争を終わらせ、未来人からの手を逃れ、自由になる。そこでは……キング、もう同胞の死を嘆く必要がなくなる。リズ、過去の記憶に悩む必要はなくなる。ブラック、無理に笑う必要はなくなる。リデル、恐怖に慄く日々は終わる」
自由への道。そうだ。俺はそれを求めていた。何より、神、あなたの理想の為に、人間を殺す。
「……おい、聞いてるか? 今、俺良いこと言ったと思うんだけどな」
顔を赤らめている英雄は呟いた。悪いが、聞いていなかったよ。それより……
「英雄・無表情。人間には名があるだろう。教えてくれないか?」
「なんだよ、キメラの界隈でも俺そんな呼び名なのか? 葉鳥秋也だ」
「葉鳥か、君は良い人間なのだろう」
「んなことはねぇよ」
「いいや。和解を、平和を求める良い人間だ。けどな、俺は、俺達は」
止まらない。例え全てを踏みつぶしても進み続ける。未来のために。
俺は全身を一斉に再生させた。こんなことは覚悟を決める前の俺ならば不可能だった。そして、毒の尾で葉鳥を貫こうと攻撃を仕掛けた。虚を突いたはずだが、彼はそれを簡単に避けた。だが、表情は驚いていた。
「どうした葉鳥!? 無表情の名が泣くぞ。俺を殺してみろ!」
先程よりも速度が上がる。自分でも驚く。バッドの速度に匹敵するほどの素早さが再現できる。攻撃を繰り返す度、速くなる。
砂が舞い、風を切り、生涯最高の攻撃を続ける。だが、当たらない。かすることすら、できない。
「なんでだ。お前は、死ぬのが怖いんだろう?」
低い声が聞こえた。この猛攻の中で、焦りのない声だった。
「俺は全てが怖かった! 死ぬことも、生きることもだ! だが、それ以上に神の目指す道の妨げになることが怖い!」
俺は自らの尾を切り、広範囲の毒霧を発生させた。
「全てそうだ、葉鳥秋也! 俺が死ぬか、君が死ぬか! 道は一つ! 通れるものは一人! 俺は神を道に通す! 君の目指す平和に俺達はいない! 人間は、ここで終わりだ!」
毒の霧に消える前、葉鳥は目を閉じ、ゆっくりと目を開けた。ああ、良い顔だ。悩みの消えた、覚悟を決めた顔だ。
彼は鞘から剣を引き抜いた斬撃で霧を消し飛ばした。そして、速度を上げる。速いな。俺の攻撃が止まっているように錯覚するほど。俺の全ての足、腕、尾で攻撃を仕掛けるが、彼はそれを腕のブレイドで次から次に斬り飛ばしていく。大した芸当だ。
彼は、そのまま空中を走り、剣の柄に手をかける。
「負けたよ。完敗だ」
斬撃が俺の身体を二つに分ける。俺の装甲すら簡単に切断して見せるとはな。最初から、彼は随分と手加減をしていたらしい。
全く、怖いものだらけだ。この世界は




