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68.Riedel 1

 怖い。

 生きることも、死ぬことも。傷付けることも、傷付けられることも。人間も、アニマルも、キメラも、俺自身ですらも、怖い。

 俺のように世界の何もかもが怖いと、何もすることはできない。動き回ることだって本当はしたくない。そうやって一所に留まっている内に、俺を狙って人間が集まってきた。彼等がもつ武器は俺を傷付けることはできないが、俺を殺すことを目的にしている生物なんて、怖い以外の感想をどうやって抱けばいい? だから、嫌でもそんな人間を殺しているうちに三害なんて呼ばれるようになったんだ。俺は、ホワイトフットさんのように賢くも、マリオネットさんのように強くもないのに。

 先日も、俺を殺しに兵士達がやって来た。ホワイトフットさんが死んでからというもの、俺を狙う人間は増えた。マーダーさんが死んでからというもの、人間の装備は強くなった。多少厄介だが、俺は全員を殺した。そして、その死体が干からびていくのを眺めて、また恐怖しているうちに、ブラックがやって来た。


「かはは、流石だなぁ、リデル。お前に殺された人間は気の毒だぜ。毒だけにな。かはは」


 俺の攻撃を受けた人間は、苦しみ、のたうち回り、ほっておくと5倍以上も膨らんで、死ぬ。現に、俺の目の前に兵士たちはもう元が人間だったとは思えない有り様だ。俺は、俺の力も怖い。


「ブラック。君が砂漠に来るなんて珍しい」

「まぁ、戦況報告さ。百獣軍団はそれなりに成果を上げている。一般兵は良い餌だ。英雄クラスになるとやられっちまうが、それは想定内。マリオネットは着々と準備を進めている。全体の状況は五分五分かな」


 五分。俺達の圧勝だった筈なのに。


「リズさんはどうしてる?」

「あ~あいつは、まぁ元気がねぇな。そこらへんは神に任せてる」

「キングさんは? バーサーカーは!?」

「おいおい、落ち着けよ」


 恐怖が俺を支配する。この苦しみは果てしない。


「リデル、結局、人間は負ける。マリオネットも、キングだっているんだぜ。あいつらが何人の英雄を始末した? 何より、バーサーカー。奴が街を潰した数は、今残ってる数より多いんだぞ。神が本当に心配してるのは、この戦争が終わったその後だ」

「わかってる……わかってるんだ」


 違うんだ、ブラック。俺は、戦争とか、それが終わった先のこととかを恐怖しているんじゃない。生も死も、全てが怖いんだ。この永遠に続く道のすべてが恐ろしいんだ。

 ブラックが去った後、俺は地中に潜って目を閉じた。全ての情報を遮断すると、暗闇の中へ落ちていける。何もない世界が、俺にとって唯一の救いだ。

 そこで、心地よく響く共通言語が俺に届いた。この声は、神だ。


「どうされたのです。まさか、また仲間が……」

「いいや、違うよリデル。ブラックから話を聞いてね。心配になったんだ。君がいつもより、不安を感じている、と」


 ブラックは気をまわしてくれたのだ。神は、それに答えてくれた。なんと、有り難い。


「神、俺は怖い。全てが、怖い。この恐怖は生まれた時より続いておりましたが、最近は特に強くなる。何故だろう」

「それは、きっと仲間が死んでいくからだ。100年共にした戦友を失っているからだ。消失は、孤独を強める。君のすべてに対する恐怖は、仲間の存在によってのみ薄れる。にも関わらず、君の手の届かぬところで、仲間たちが死んでいる」

「神よ、俺はどうすればいいんですか」

「いつもと同じだ、リデル。恐怖を消すには、君が強くなるしかない。身体ではない。君の身体は既に強い。君は心を強くし、恐怖を作り出す敵を討つんだ」


 神よ。貴方の言葉はいつも心に響く。

 さぁ、この広大な砂漠で、砂を踏む感覚が届いた。俺が普段行動している範囲を外れるが、偶にはいいだろう。そう、俺の身体は強い。自らも恐れるほどに強い。

 俺は振動のもとへ向かった。砂をかき分け、奴らの真下から外へ飛び出す。黒い装甲で、鉤爪とサソリの尾で、奴らに突進したが全員避けた。中々やるようだが、俺は強い。問題はない。


『こいつは…』…

『けっ、お目当てのリデルだ』

『装甲車のような全身の鎧。サソリの尾に、ムカデのような百の足。まさしくキメラ』

『面倒くせぇことは抜きだ。こいつをぶっ壊せばいいんだろう?』


 巨大な狙撃銃、変幻自在のシルバー、大きな鎚、それに複数の武器を所持した若い男。全員が英雄。俺を殺すために本気をだしてきたらしい。

 俺は黒い尾を振るった。巨大だが、速度には自信がある。ちなみに、先の針で刺された人間は前述の症状を表して死ぬ。例え盾をしていても関係なく串刺しだ。執事、軍曹、そして無表情(ポーカーフェイス)、奴らは避けたが、大柄の男、名前のない怪物などと呼ばれている男はそれを避けずに、片手で受け止めた。なんという力。人間の体格で扱える限界値を軽く超えている。


『俺ぁ避けるのは苦手だ』


 鎚を振り下ろして、俺の尾を叩く。衝撃が伝わり、鈍い音が響く。俺の尾にはひびが入っていた。信じられない。


『よくやったフランケン』


 続いて、巨大な狙撃銃を構えた軍曹が狙いを定め、俺の尾を撃ち抜いた。ただのライフルと威力は段違いだ。俺の尾が砕かれた。針先が地面に落ち、体液が砂にまかれる。


「さて、私の出番ですかね」


 執事がシルバーを投げまくる。どこに用意していたのかというほどの猛攻。しかし、狙いは滅茶苦茶で俺の装甲に弾かれる。無駄な攻撃に思えたが、気が付けば、俺の身体が動かなくなっていた。これは……


「耐久強度の優れた糸を束ね、シルバーに形を整えた武器。糸はULに反応し、その対象物を絡めとる」


 成る程、シルバーの正体は糸。それが俺に絡まっている。


『捉えました』

『ご苦労。後はなぶり放題だ』

『……煙』

『ああ?』


 辺りの様子の変化に気が付いたか? 遅い。

 俺の尾を切断したのは驚きだが、そこで終わりではない。切断面から垂れた液体は気化し、その量を徐々に増やす。この毒の霧は威力は高くないが確実に体を蝕む。


「英雄ならこの程度やるとは思っていたよ。俺は怖がりなんでな」


 怖がりだから、どんな状況でも武器は残してある。武器の数に比例して戦略は増える。

 気化した煙の量を一気に増加させた。奴らの視界は無となる。俺にだけ見える世界が気付かれた。


『ぶはっ、見えねぇ』

『Mr.フランケン! 大きく息を吸ってはいけない! 毒です』

『黙ってろてめぇら! 俺の耳で……』


 騒いでいる間に尾を再生させ、糸を切り取っていく。その時、赤い残像が見えた。なんだ……気付いた時には、俺の装甲に傷がついた。

 赤い残像が霧の中で滅茶苦茶に動いている。空中も地面も関係ない。残像が通る度、俺の装甲に傷がつく。なんだ。何も捉えられない。何が起こっているんだ。

 俺は叫び、地面に潜った。攻撃は止んだが、俺の頭は混乱してる。傷は深くはないが、確実に刻まれていて、その傷は再生しにくかった。


「一瞬……そうだ。一瞬見えた」


 あれは、無表情(ポーカーフェイス)。奴だ。とんでもない速度で動き回っていた。何故かそれまで傍観していた奴が、煙を蒔いた途端動き出した。

 不意に、俺の身体が引っ張られた。何かが俺を掴み、外へ引きずり出そうとしている。なんて力だ。抗えない。俺は地面から放り出された。見ると、蔓が、俺の身体に巻かれている。寄生植物(パラサイトプラント)の蔓に似ている。その先には、派手な槍を持った若い男がいた。


「悪いな。逃がせねぇんだ」


 ああ、こいつは気付いているのか。自分の持っている力の恐ろしさに。

 全く、怖いな。こいつは、この圧迫感は、とっくに英雄なんて超えている。まるで、


「バーサーカーみたいじゃないか……」


 俺にバーサーカーと戦えというのか。恐怖という奴は、底が知れない。



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