67.Deceive
軍曹から伝えられた集合場所は薄汚い路地裏だった。無造作に散らばった人々が何やら煙を吸っている。彼等は俺が近づいても無関心だった。
当たり前のように予定時刻から遅れてやって来た軍曹、執事、フランケンは、各々面倒くさそうに俺に目を向けると、短く「行くぞ」と呟いた。俺は昨日、一番話が通じると判断したフランケンに言葉をかけた。
「英雄三人で向かうんですか? 随分と好待遇ですね」
南の人間ですら、それほどギークのことを脅威と判断しているということか。しかし、街の戦力は手薄になるがそれでいいのだろか。その疑問も交えた上での問いだった。ところが、フランケンは反応を示さない。改めて「あの……」と問いかけると、彼から強烈な殺意を感じ、すぐさま俺は刀を抜いた。
フランケンは背負っていた鎚を手に持つと俺に向けて思いっきり振るってきた。あり得ない状況だが考えている暇はない。俺は刀でそれを受け止めたが衝撃で吹き飛ばされ街の家に突っ込んでいった。
汚い家具を散乱させ、驚いている住人に謝りながら家の外へ出ると、いきり立つフランケンの横で軍曹と執事が爆笑していた。フランケンは唸るように声を上げた。
「誰だてめぇは。俺ぁ、お前みたいなガキは知らねぇ」
何言ってやがる。昨日話しただろうが。困惑しながら戦闘態勢をとっていると、笑うことに飽きた二人の英雄がフランケンを収めた。その後で説明をされた。
「こいつは一日寝たら大抵のことは忘れっちまうのさ。しかも、朝はたいてい機嫌が悪いからな。見覚えのあるやつ以外は大抵殺しっちまう。お前も今ので死んでたらよかったんだがな」
つまり、まともな奴などいない、ということだ。散々学んできたことだが、つい油断してしまう。
街の外に出て、広大な砂漠を移動する。案内係は執事だ。会話もしたくないが、状況が分からないので尋ねるほかなかった。
「どこに向かっているんですか」
「つい先日、新人を保護したのですが、その彼が、君のおっしゃっていた科学者と似た人物を見かけたと発言したそうです。まぁ、薬漬けになってうわ言のように繰り返した言葉の一つですが、取りあえずは目撃された地点へ向かいます」
新人を保護しているのか。意外だな。まぁ、それはともかく、前回の任務と似た状況。これは、ギークが意図的に俺達を、俺を誘導している? 何のために?
頭の中で思考を繰り返していると、軍曹の声で遮られた。
「昨日連れてた女はどうした? 街に置いてきたのか? 俺の街で女一人置いてどうなるかねぇ」
「ご心配なく。安全な場所で支援してくれますので」
「安全? そんな場所はねぇよ」
しろは宿の一室で遠隔支援を行っている。その部屋には、昨晩俺がグレートウォールのトラップの達人である兵士から教わった技術を用いた仕掛けを施し、寄生植物と盾の充電池を繋げた壁を部屋の全面に敷き詰めて徹底的に防護策を作った。少なくともただの兵士に破られるようなレベルではない。
「なんにせよ、あの子に指一本でも触れたら全員まとめて……おっと失礼」
つい口走ってしまった。
「かっ、結構なことだが、見たところお前ら大人の関係ってわけでもねぇだろ。うぶな臭いがするからな」
「おやおや、お嬢さんはULも少ないように見受けられましたが」
「強くもねぇ、抱きもしねぇ、なんでもねぇ。そんな女連れてる意味が分からねぇ」
下品な連中だが、会話の中で疑問が生じた。
「ULの多寡がわかるんですか? どうやって……」
「おやおや、逆に、わからないのですか? 英雄クラスになれば、戦闘経験や感覚でなんとなくわかるものですが……」
「そうだな、クソガキ。じゃあ、問題を出してやろう。英雄の中で一番ULの量が多い人間は誰だと思う?」
考える必要はなさそうだ。
「アーサー隊長でしょう。元盗賊王の……」
軍曹と執事は爆笑した。一々腹が立つ反応をしてくれる。
「ざ~んねん。クソガキ。狭い世界で生きやがって」
「その盗賊王は二度敗北をしています。一人は虐殺魔人オットー隊長。この戦いで彼は改心したそうですが、それ以前に一度、ここにいるフランケンが彼を打ち倒しています」
「こいつの頑丈な身体、再生能力、純粋なパワー、全てが全英雄の中でトップ。つまり、こいつが最もULの豊富な兵士であり、現状人間側の最強の男」
そうとは知らなかった。事の真偽はともかく、確かに、同じ人間とは思えない身体を彼はもっている。当の本人は話を聞いているのかいないのか、茫然としたり、時たま一人で笑ったりと、やはり正気ではない言動が目につく。
砂漠の景色に変化はない。その時、しろから連絡が入った。
「秋也さん、聞こえますか」
「ああ、若干ノイズっぽいけど」
「今からの会話は、そちらにいる他の英雄に悟られないようにしてください」
間をおいて、俺は返事をした。
「秋也さん達が進んでいる方向、奇妙なんです。情報にあった新人を保護した場所とは違う……少しずつずれ始めています。それに……」
「ああ」
「そのままずれ続けた先には、三害の一匹が潜んでいるとされる区域があります」
三害。かつてのホワイトフットのような、生息地域が判明しているのにもかかわらず討伐できていないキメラ。
執事は迷いなく進んでいる、ように見える。問題もなく、正確な道を歩んでいるような素振り。これで道を間違えているのならばある意味大したものだが、そうではないと何となく察しがついた。共通感覚でより深く相手の思考に潜り込もうとすると、その目論見が徐々に解けていった。
そこで、再び敵意。俺の後ろを歩いていた軍曹が、俺の後頭部に巨大な狙撃銃を向けた。俺は思いっきり溜息を吐く。
「なんのつもりですか」
「気付いたろ? 俺は耳がよくてね。無線の音も拾えるんだよ」
しろが「そんな! ごめんなさい!」と謝ったが、謝罪の必要はない。気付かず進み続ける方が危険だった。
執事は足を止めて興味深そうに「ほう」と呟いた。
「この砂漠地帯のルートで進行方向のずれに気付くとは、素人とは思えませんな」
「ああ? 何の話してやがる?」
フランケンの反応、彼は知らされていないらしい。
「ギークのもとへは向かわず、俺と三害の一匹を戦わせるつもりですか」
「そうだ。てめぇはホワイトフット討伐にも参加していたんだろう」
「君と私達三人でリデルを討伐する。君には偶然遭遇したように見せるつもりでしたが」
「そして、厄介なリデルを殺し、そのどさくさでてめぇも死んだように見せる。今回の作戦さ」
三害は、英雄三人がかりでも難しい相手とされている。ホワイトフットを討てたのは、拷問官との戦いの直後で、俺とノーマンが協力して崖から奴を突き落とし、負傷した奴をノーマンとアーサー班で追い撃ったからなした出来事だ。三害を倒す万全の対策としては、四人の英雄で戦うというのは悪くない。
「で、気付いた俺にどうしろと?」
「作戦通りに行動してもらう」
「後で殺されるとわかってるのに、俺が従うと?」
「今苦しんで死ぬか、後で楽に死ぬか、ですよ」
フランケンは「くだらねぇ」と砂を蹴り上げた。俺も同意だ。
その時だ。執事の持つレーダーが突然反応した。かなり大きな反応だった。
「これは……キメラですね」
「ああ? 馬鹿な、まだ奴のテリトリーに入ってねぇぞ」
フランケンが鎚を手に持ち「どこだ?」と尋ねると、執事は首を傾げた。
「ふ~む。かなりの速度で進んで、今、私達の直ぐ傍にいるはずですが……」
そして、地響き。砂の地面が揺れ、砂の凸凹が波のように揺れる。俺は地面を見下げた。
「下か」
俺達は一斉に飛び上がった。地面から、巨大な黒い昆虫が姿を現した。




