65.Desert
南へ歩を進めると、少しずつ密林は枯れていき、ジャングルとは異なる乾燥した暑さが増していく。泥の地面は砂へと移り変わり、気が付けば砂漠に足を踏み入れていた。
太陽が肌を焼くように照り付ける。北とは異なる意味で、ULの量が豊富でなければ生存が難しい地域だ。俺は軍服で歩いていても日本の初夏程度の感覚で問題はなかったが、しろは違った。しろはフル充電された兵士用の薄い盾を全身に纏い、日光と熱から身体を守っていた。
「しろ、大丈夫か」
「大丈夫。でも、暑いですね」
額に汗を浮かべて笑顔を見せ、小まめに水分補給をする。冗談めいた口調で、本音で弱音は吐かない。彼女の根気にはいつも頭が下がる。
「兵士の皆さんはこの盾を使っているのに、秋也さんは使わないんですね」
マーダーが作り、耐久性は劣るが量産に成功したシールド。確かに便利なアイテムだ。
「盾があると、盾があると思って油断する。一発で死ぬと思うから避けられる、一発で死ぬから生き残れる。俺の考えだけどな。賛同する人は少ない」
実際、この盾の開発から兵士の死傷率は激減。ただの動物に殺される兵士は今やほとんどいない。
「強い人の理論ですよ」
「そう言われるのは悪い気はしないな。英雄のほとんどは使ってないし。例外として、マッチョナース隊長やジェットさんみたいな、肉弾戦専門家は使ってるみたいだけど」
歩いても歩いても景色に変化がない。肉体的疲労はないが、精神的に疲れてくる。道はしろが腕輪型のデバイスを使って案内してくれているので迷子の心配はないが、果たしていつになったら着くのやら。
「あ、秋也さん。レーダーに反応です」
「動物か?」
「はい。近付いてきます」
反応は近いが、姿は見えない。
「どこだ?」
「もうすぐそこなんですけれど」
「見当たらないな」
と、足元を見ると、黒い虫がいた。尻尾の針が怪しく光る黒い昆虫。初めて見たが、サソリか。小さい。
「この子に反応していたんですね」
「しろ、離れてろ」
俺は拳銃を抜いて、サソリを撃った。可哀想だとは思わない。僅かな危険でも排除する必要がある。
その後も、様々な生物が俺達を狙って近付いてきた。ジャッカル、オオトカゲ、ヘビに、蜘蛛。どれもジャングルで遭遇した生物と比べて小さい。小さいが故に対応が遅れて危険だった。
「よく遭遇するな」
「噂通りですね」
道中、ゆっくり移動する亀を見かけた。砂漠にも亀がいるのかと眺めながら無事にスルーし、オアシスへと進む。
休憩を挟んで歩いていると、ミイラ化した人間の遺体を見つけた。五人分。恰好からして軍人だ。水分を完全に失っており、思い思いの格好で討ち捨てられていた。
「街の外へ出ると、いつも見かけますね」
「ああ、ここが戦場だってことを思い出すよ」
そして、レーダーに反応。
「秋也さん! 凄い数です」
「おお、これは中々だな」
画面上を覆いつくすレーダーの反応。その一団が目の前に迫ってくると正体が分かった。黒い蟻。それも視界を覆いつくし、砂漠の赤い地面を隠すほどだ。俺達に向かって近付いてくる。
俺は黄金の槍を地面に刺し、巨大な植物の蔓を出現させ、迫ってくる蟻をまとめて潰した。レーダーの反応は一瞬で消滅する。
「さ、流石」
「まぁ、蟻だからな」
動物との戦いはすっかり慣れた。
オアシスが見えてきた。レンガの壁が築かれ、辺りには巡回兵と思わしきガラの悪い連中が銃を持って警備していた。俺としろはまっすぐ歩き、変に疑われないように堂々と姿を見せた。巡回兵は俺達に銃を向けるでもなく、興味なさそうに視線を向ける。彼等の目は濁っていた。
「グレートウォール第10班隊長、葉鳥秋也だ。オアシスに用があって参った」
「へぇ、ああ、英雄殿ですか。どうぞどうぞ」
うすら笑いを浮かべて、あっさりと街を通された。逆に不気味だ。
街は酷い有り様だった。建物が立ち並び、人々は生活してはいるが、グレートウォールのような勤勉さも、ショットタウンのような活気も、スノーヴィレッジのような統率感もない。兵士か住民か分からない連中は好き勝手な格好をし、ごみは散乱。道の真ん中で寝ているのか死んでいるのか横になっている奴等や、怪しげな吸引機で何かを吸っている男達。服をほっぽり出して怪しげな店に誘おうとする女達。まさに堕落した世界。
街が酷い状態でもどこかに兵士の基地がある筈だ。それを探す為に俺はしろを連れて歩いていた。途中、上半身裸の女性に「お兄さん、どう?」と意味の分からないおすすめをされた。面食らった俺を、しろが手を引っ張って進ませてくれる。
基地が見つからない。どこも同じような町並みで、変化が見られない。その時、今度はしろが妙な男達に絡まれた。
「嬢ちゃんどこから来たの?」
「商品?」
「おい、兄ちゃん。売ってくれよ。いくらだしゃいい?」
なんだこいつら。なんにせよ、不愉快なことだけは確かだ。
「悪いが、この子は商品じゃない。俺達は軍の基地を探してるんだ」
「あ? そんな所に行ったてしょうがねぇよ。嬢ちゃん、こっち来て楽しもうぜ」
「ほら、いい薬があるんだ。直ぐにハッピーさ」
無視して前に進もうとするも、しろの足が止まっていた。どうしたのかと見ると、小さく震えている。自分の意志では動けないほどに。そこにあった彼女の感情は、大きな恐怖、トラウマ。かつて、前世で受けた苦しみを思い出している。
「おら、こっち来いよ」
と、しろの手を掴もうとした腕を、俺が掴む。「あ?」と間の抜けた顔をする男を、俺は睨んだ。
「今からあんたをぶっ飛ばす。死にたくなけりゃ必死で受け身をとれ」
俺の拳が男の顔面をヒットし、家の扉を突き破って吹っ飛んで行った。
「な、なんだてめ」
騒ぎを起こしてしまった。だが、後悔などするわけがない。俺は残り二人も同じようにぶっ飛ばして、しろの肩を掴んだ。小さな身体はまだ震えている。
「大丈夫だ。しろ、落ち着いて。深く息を吸って、長く吐くんだ」
暫くして、しろは落ち着きを取り戻し、「ごめんなさい」と謝った。謝る必要なんてないのに。
すると、どしんどしん、と思い足音が聞こえた。見ると、妙にデカい狙撃銃を肩に背負った黒人が、デカい葉巻を口に咥えたまま現れた。ベレー帽をかぶり、軍服をノースリーブにして着こなしている。
「いつも言ってるだろう。俺の街で騒ぎを起こした奴は罪人。即死刑だ……うん?」
男は俺達を見ると首を傾げ、せせら笑った。
「お前ら、この街の人間じゃねぇな。目が輝いてら。関係ねぇけどな」
巨大な狙撃銃を俺達に向ける。俺は黄金の槍を構え、しろを背に追いやる。その時、左から、この街に似つかわしくない落ち着いた声が聞こえた。屋根の上に、燕尾服を着た老紳士が立っていた。
「軍曹、彼は葉鳥秋也。グレートウォールの英雄です」
「へぇ、英雄か。英雄を殺すのはいつ以来かな」
英雄と分かってもなお殺すつもりなのか。警戒を強めると、黒人兵士はまたせせら笑い、構えを解いた。なんだ、考え直したのか? まぁ、そんな期待はほとんどしていなかったが。
「俺が手を出す必要なくなっちまった。お前ら、怪物を怒らせたな」
どういう意味だ? 考える前に、先ほど男たちをぶっ飛ばした方向から別の男が現れた。ロングコートを着た巨大な体格。ごつごつした顔は確かに怪物のようだった。
「どこのどいつだ? 俺のお楽しみを奪いやがった奴は」
見ると、男は右腕に割れた酒瓶を持っていた。
「そいつだよ、フランケン! 特別だ。好きに殺して良い!」
「あ? ああ? ガキ、てめぇか? 女もいるな。俺は女は殴らねぇ。男だけ殺す」
成る程。つまり、こいつらが南の英雄か。わかりやすくて助かる。最初の男が"軍曹"、次の紳士が"執事"、最後の巨漢が"名前のない怪物"ってわけか。
「しろ、離れろ」
「で、でも!」
「こいつら、人の話を聞くタイプじゃない」
俺は地面を踏み鳴らし、長く息を吸った。
「拳で分からせてやる」
「へっへっへっ、面白れぇガキだ」




