63.Guard
油断している訳ではないが、目の前のワニの戦闘力は脅威とは言えない。だから、俺はワニと戦いながらジェットとヴェロニカの戦闘を見ていた。各々の戦いを見たことはあったが、どちらも半年前の話で、当時は俺も必死だった。
戦闘スタイルは知っている。ジェットは拳法、ヴェロニカはナイフ。その点に変化はないようだ。四本腕の赤い猿の猛攻を、ジェットが腕で捌いていた。その動きはなんとも美しい。拳を受け止めるのではなく、受け流す。そうして出来た隙に、ジェットの拳が赤い猿を打ち抜く。猿は吹き飛ぶが、受け身をとって立ち上がる。赤い猿の腹はめり込み、致死的な損傷を受けているように見えたが、それらは直ぐに回復した。
同じ格闘スタイルの英雄、マッチョナース隊長以上の速度、だが破壊力は彼に劣る。ジェットの評価はそんな所だろうか。ヴェロニカはと言えば、ナイフをくるくると回すだけで何もしていない。
「ヴェロニカ、やる気を出せ」
「出そうと思っても出ないです」
「……仕方ない。今度……」
今度、なんだ。聞こえない。その時、ワニが口を開いて飛んできた。俺はジャンプして避け、剣の斬撃を胴体へ入れた。ワニは二つに分かれたが、下半身を失ったワニはまだ生きていて、更に速度を上げて飛び掛かってきた。
「どんな身体してんだよ」
ワニの口を避け様、俺は剣を鞘に戻し、トリガーを引きながら斬撃を繰り出す。ワニは水平に分割され、今度こそ動かなくなった。
ジェットとヴェロニカに目を向ける。何故か元気を取り戻したヴェロニカがナイフを手に赤い猿と対峙していた。ヴェロニカのナイフ捌きは鋭い。常に急所を狙う。だが、赤い猿も負けていない。身体能力ならば猿の方が優れている。四本腕を駆使し、少しずつヴェロニカをおし始めた。
「う~普通の子ならもうバラバラにしてるのに~」
独特の表現で悔しさを表現している。
一方、ジェットはというと、胡坐を組んで目を閉じ、呼吸を整えていた。瞑想という奴だろうか。何故戦いの最中にリラックスしているんだ。そして突然目を限界まで開き、首にかけていたペンダントをパカッと開けた。
「女王様、いくよ」
優しい声音だ。察するに、あのペンダントには女王の写真でも張り付けてあるのだろう。そして、
ヴェロニカに退くように指示すると、すーと長く息を吸い、「ああ!!」と奇声を上げた。随分高い声だった。
それからのジェットは強かった。一瞬で猿の懐に飛び込むと、「はい! はい! はい!!」とリズミカルに攻撃を繰り出した。赤い猿の拳は受け流し、体勢を崩したところを連撃、一撃一撃で猿の体形が崩れていく。
「女王様!!!」
最後の叫びと同時に、掌底を猿に食らわせた。驚いた。その格好悪い掛け声とは異なり、最後の一撃で吹き飛んだ猿は川の水を吹き飛ばしながら崖にめり込んで血の霧となり、霧散した。凄まじい威力。人間が素手で発揮できる限界を超えている。
彼は振り返り、「待たせた」と低い声で笑顔を見せた。ああ、まともな人間に見えるな。そのペンダントさえなければ、俺は風上隊長以来の立派な英雄だと称えたことだろう。
「隊長~ぅ。せっかくの玩具だったのにぃ。粉々にするなんてぇ」
「ああ、悪い、ついな。まぁいいじゃないか。葉鳥もいるし」
「そうだけどぉ」
突然俺の名が飛び出してきて驚いた。なんだ、その会話は。まるで、俺がヴェロニカの玩具のような言い方だ。嫌な流れだ。話を変えなければ。
「ジェット隊長、あなたは瞑想をすると……」
「ああ、葉鳥は知らなかったか。そうだ。俺は瞑想をして、女王様に会うと拳法の神髄を発揮できる。女王様がこちらにいた時はそんなことをせずとも全力を出せたんだが……憎むべきはギークだ」
意味はぼんやりと分かるが理解はできない。いつものことかと諦めよう。「大変ですね」とだけ言っておいた。ふとヴェロニカの姿が消えたことに気が付いて俺が殺したワニを見ると、彼女はぶつぶつと独り言を繰り返しながら解体を始めていた。
血塗れのヴェロニカが川で身体を洗ってから、俺達は再び進み始めた。海岸に近付くにつれ、ギークの足跡を見つけるために観察と警戒を強めた。道中、巨大なムカデが頭を破裂させた状態で死んでいた。
「これは……」
「ふわぁぁぁ、きれいぃ。死んでから、3日ぐらいかなぁ」
ああ、そんなことがわかるのか。偶には役に立つな。
「葉鳥、確かギークは拳銃を持っていたそうだな」
「ええ、俺と同じ標準的な拳銃です。あいつにしては何の変哲もない装備で、意外だったので覚えています」
「ここまで東に兵士が訪れることは珍しい。これをやったのは野盗か、ギークだろう」
辺りに戦闘の跡はない。巨大ムカデは一瞬で撃ち殺されたのだ。相当腕の立つ者の仕業。
海岸が見えてきた。風が強く、木々が激しく揺れている。広い海に青い空。この景色は昔と変わらない。水平線まで見えるが、当然のように船はなく、波も穏やかだ。
「綺麗な場所ですね」
「ああ、女王様見えるかい?」
「わたしはもっと凄いのが見たいのです」
二人に目を向けると、ジェットはペンダントを開いて中の写真に海を見せ、ヴェロニカは欠伸をしていた。全く、こんな反応をされては俺の心も冷める。
海岸から遠くの海で、青空を白鳥が飛んでいた。平和の象徴だ。昔、家族で海に訪れた時も白鳥を見かけた。ああ、今更こんなことを思うのも変だろうが、俺の両親は俺がいなくなった後も元気で生きて、幸せにやれたのだろうか。
その時、白鳥の真下の海面が奇妙に揺れた。なんだと目を向けていると、とんでもなく巨大な何かが、海面から飛び上がってきて白鳥を捕食した。相当距離が離れているはずなのに、その巨大さは圧巻だった。グリズリーや北のマンモスの比ではない。中央都市の大型マシンと同等か、さらに上のサイズだ。
「な、なんですか、ありゃ」
「……あれがこの島の生物が外へ出れない理由だよ。おそらく鮫の仲間だが、詳しくは分からない。規格外のサイズと凶暴性。文献では戦争開始当初から島を取り囲むように何匹も配置されていて、島を出ようとした人間、および海を渡ろうとした動物を食らう」
「いいなぁ。あれをバラバラにできたら、もう死んでもいいのになぁ」
俺達を囚人とするならば、あれは看守だという。戦争の枠組みを超えた怪物。未来人の手先だ。
海岸沿いを調べていると、巨大な鉄の塊が砂浜に打ち上げられているのを見つけた。武器を装備した人型の機械。外見からマーダーが開発した大型マシンだと分かった。ただしボロボロで、所々食いちぎられた痕跡がある。操縦席は開いており、中は空だ。
「何故こんなところに」
「葉鳥、これを作れる機械人間のボスは……」
「間違いなく俺が倒しました。中央都市にあった大型マシンはアーサー隊長が破壊している」
「ならば、これを作ったのは……」
ギークだ。彼しかいない。中央都市にある技術を盗み、自分で大型マシンを作った。これに乗車し海を飛び出したが、看守に襲われたのだろう。大型マシンすら食い破るとは恐ろしい看守だが、今はそれよりも……
「すると、奴の狙いはこの島を脱出することか。そんなことをして何になるというんだ」
「あいつの狙いは考えても分かりません」
手分けして大型マシンを調べて回っていると、ヴェロニカが興味なさそうに俺達を呼び出した。なんだとみてみると、大型マシンの破壊された脚元に文字が刻まれていた。ご丁寧に日本語で書かれている。
「葉鳥、読めるのか?」
「ええ、あいつ……」
誰に宛てたメッセージなのか、なんとなくわかる。俺だ。俺が来ることを予測したんだ。もしくは、そうなるようにあいつが仕組んだのか。
「南で待つ、か」
正確には、「君が訪れたことのない唯一の場所で隠れているから、頑張って探しにおいでよ。ただし、お土産を忘れないようにね。PS.君の為に作っておいた装置は役に立ったかい? 天才の私の設計だから当然うまくいったことだろう。恋人に宜しく」とあった。
お変わりないようで何よりだ。




