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 俺と北の英雄3人は雪山を登った。目的地は山脈の中腹付近。ノーマン曰く、ある日突然大きな洞窟が現れ、洞窟の付近に点在していた山小屋が全て崩壊したらしい。山小屋と言っても、実体は先端技術を駆使して建てられた秘密基地。そう易々と崩れることはない。


「調査に向かわせた兵士とは連絡がつかない。早急に解決するべきだ」


 ノーマンの言葉は吹雪の中でもよく通った。ギャンブラーはふっときざな笑い方をする。


「だからと言って、俺達全員が向かうような事態ですかね。ホワイトフットもいないこの山で」

「油断するな。ホワイトフットがいなくとも、この山は十分危険だ」


 何もない空間から低い声が聞こえた。透明眼(ステルスアイ)。ステルススーツを着て、変声器で声を変えた彼女は堂々と喋れるようだ。


「ギャンブラーさん……」

「マシューでいいですよ、葉鳥秋也」

「マシューさん、あなた武器は?」


 彼はフォーマルなスーツの上にコートを着ていたが、何も携えていなかった。彼は両手をポケットから出して、細く器用そうな両手の指を見せる。全ての指には高価そうな指輪が嵌められていた。


「これが武器。この繊細な指が芸術を作り出す」

「つまり、イカサマ野郎ということだ」


 ノーマンの言葉に、彼は即座に反応し、「イカサマじゃあない。芸術を作り出し、運を掴み取る」と言い切った。ギャンブラー、つまりギャンブルが大好きなこの英雄は、その界隈では伝説的なイカサマ師らしい。ギャンブルとは無縁の俺にはなんの関係もないが、結局、彼の武器が何なのかは不明だ。


「さて、着いたぞ。ここだ」


 山の壁に空いた大きな穴。暗闇で奥は何も見えないが、相当奥まで続いている。


「コンタクトの暗視機能をONにしろ。警戒しつつ潜入するぞ」


 洞窟の中にできた道は舗装したように平らだった。上下左右全て氷でできており、外よりも気温が低い。


「こんな洞窟が突然できたんですか?」

「ああ、巡回兵が見回りをしていた際に発見した。3日前まではただの壁だったという」


 ギャンブラーは壁に手をついて「ほう」と感嘆の息を上げる。氷に囲まれた空間で、俺達の足音だけが響く。進めば進むほど気温が下がっていく。ふと、透明眼ステルスアイの声が上がる。


「明らかに人工的なものだ」


 確かに、そうとしか思えない。だが、一瞬で深い洞窟を作り出す技術など、機械人間の技術を流用した今の人間達にもできない。

 しばらく歩いて、目の前に大きな空間を見つけた。山の内側を削り取って作った巨大な空間。問題なのは、その空間には部屋のような仕切りが幾つもあり、全てに金属の柵が仕掛けられていたこと。部屋は全て無人で、メタルグリズリーがすっぽり入る程度の大きさがあること。


「まるで監獄ですね」

「確かに、懐かしい気分になる」


 俺の言葉に反応したギャンブラー。なんだって? こいつは囚人だったのか? 俺が彼の顔をじっと見ていると、「冗談ですよ」と笑顔を見せた。


「監獄だとして、何故何も入っていない」


 ノーマンが斧を下ろして警戒態勢をとり、部屋に近付く。俺も周囲を確認しながら部屋に近付く。部屋の中を柵越しに覗き見ると、驚いた。


「見てください。引っかき傷だらけだ」

「フローリング代がかさむ」


 ギャンブラーがせせら笑う。

 その時、上空から派手な音が鳴った。見上げると、天から鉄の棒が降ってきた。棒は氷の床に派手に着地し、ひびを入れた。


「なんだ……」

「なにか落ちてくるぞ!」


 ノーマンの声が響き、俺は黄金の槍を片手に戦闘態勢をとる。落ちてきた物体は、先に落下していた鉄の棒の上に着地し、床のひびを更に深めた。

 それは、赤い塊だった。グルグルとうなり声をあげて、俺達に視線を向けた。


「メタルグリズリー……か?」


 俺はそう口にしながら、釈然としなかった。確かに熊。メタルグリズリーに似ている。だが、顔が違う。形相が尋常ではない。鼻づらの皺、見開き血走った黄色い瞳、傷だらけの身体、赤黒い爪と歯。白い息を吐き、唾液を絶え間なく流している。

 檻の中に残っていた化け物が襲い掛かってきたようだ。ということは、この監獄は動物(アニマル)の監獄か?

 その熊は叫び声を上げてノーマンの方向へ走って行った。


「ノーマンさん!」

「大丈夫だ! メタルグリズリー程度なら問題にはならん!」


 確かにそうだろう。彼の戦闘力に疑問をさしはさむ余地はない。だが、果たしてあれはメタルグリズリーなのか。

 ノーマンの斧は熊の脳天を割るようにヒットした。終わった、と俺も北の英雄達も思った。だが、その熊はノーマンの斧を弾いた。


「傷一つ……!」


 付いていない、と言い終える前に、ノーマンは熊の腕の一撃を食らい、部屋の一つに吹っ飛ばされた。ホワイトフットとも押し合いを演じた巨体の彼を一撃で吹き飛ばすだと?

 次に、熊は何もない空間に向かって突進を始めた。だが、俺はそこに透明眼(ステルスアイ)がいることを感覚で察知していた。だから、黄金の槍から氷伝いに寄生植物パラサイトプラントの蔓を伸ばし、熊にリードを着けるように絡めとった。熊の速度は落ちたが、完全に止めきれない。ずるずると引っ張られる。


「葉鳥くん! そのまま抑えてて!!」


 変声期の声が響く。透明眼ステルスアイがいる場所から衝撃波が発せられる。衝撃波は地面の氷を剥がし、巨大な熊を上空に吹き飛ばした。強大音波発射装置。透明眼ステルスアイの専用武器。


「流石カティアさん。容赦がない」

「本名で呼ぶな!」


 ギャンブラーと透明眼ステルスアイのやり取りが終わった直後、吹っ飛ばされた熊が音も立てずに着地した。身体をぶるぶると震わし、何事もなかったように今度は俺に向かって走り出した。


「……出力は8……大抵の動物(アニマル)は即死するんだけど」


 つまり、普通の動物アニマルではない。

 俺が構える前に、復活したノーマンが熊の側面から斧を振り上げて熊を吹き飛ばした。熊は飛び、壁に叩き付けられたが、まだまだ元気そうだ。

 耐久力が尋常ではない。加えて、力も速度もある。場所も悪い。広いが、密閉された空間。無茶をすれば生き埋めになるだろう。


「皆さん、俺の芸術で撹乱します。隙を突いて下さい」


 ギャンブラーが指揮者のように構えた。彼が戦うところがさっそく見れるのか。俺達が先ほど歩いてきた氷の道から何かが駆け抜けていった。


「この繊細な指が芸術を作り出す」


 その物体は鳥のようだった。鳥のように両翼を広げたドローン。ギャンブラーは全ての指に指輪をはめており、彼の指の動きに合わせて鳥型のドローンは空中を駆けていた。


「ドローン兵器・ホーク。指に着けたリングがコントローラーだ。僅かな動きも感知するため、常人には操作できない。手先の器用な奴だけが扱える武器だ」


 ドローンは華麗に空を舞いながら銃撃を熊に向かって放った。銃弾の威力は大きくはないが、熊は鬱陶しがってドローンに向かって腕を振るう。ドローンは見事にそれを避けて、ヒット&アウェイを繰り返す。


「成る程、隙だな」


 俺、ノーマン、透明眼(ステルスアイ)は走り、三方向に分かれて熊を取り囲んだ。


「とどめは俺に任せろ。今度は本気で叩き込む」


 ノーマンが叫んだ。信用するとしよう。

 透明眼ステルスアイは音波装置で、先ほどとは違い熊の動きを留める威力の音波を放った。ところが、まだ熊は抵抗するので、俺が寄生植物(パラサイトプラント)の蔓で動きを止めた。


「よし……」


 ノーマンは飛び上がり、斧を両手で持って振りかぶる。よく見ると、斧の切っ先が白く光っていた。斧は熊の脳天にぶつかり、今度は熊の頭を両断し、そのまま氷の地面に振り落とされ、洞窟全体に亀裂が走った。


「……やりすぎた」


 ああ、やりすぎだな。

 氷の洞窟は斧による亀裂でひびが入り、それが全体に広がっていった。側面の壁から氷の破片が落ちてくる。地震のように地面が割れた。


「急いで出るぞ!!」


 俺達は来た道を急いで戻った。道は天井が崩落し何度か塞がっていたが、俺達の前では大した足止めにもならない。結果、全員が脱出できたが、氷の洞窟は崩壊した。



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